karma17 震え

 ヴィーゴは何度もレーザーを放つも、例外なく反射されてしまう。レオネルズの特異な力に突破口を見いだせず、同じ場所で立ち往生するばかり。


 レオネルズ機体はヴィーゴを殺すために作られた兵器。無力化する術は、ただ手をかざして握るだけ。有効範囲内にいる生命体の適正な体内圧力を乱す。かくして、レオネルズの圧流活性指向界トラスタクティブポイントは、ヴィーゴに致命傷を与える必殺として、その効果を存分に発揮していた。

 20体いたヴィーゴも、残り8体になっている。しかしヴィーゴも粘っていた。開戦序章よりも攻撃の数は減っていたが、撤退する気は更々ないようだ。無人戦闘機やレオネルズに囲まれようとも果敢に攻め入ろうとしている。


 司令部では宙に浮かぶ画面でその様子を見守っていた。誰の顔にも、一片の焦りはない。落ち着いて自身のチームを応援するファンのように、シャル司令官の表情は涼しいものだった。

 シャル司令官の視界の端では、アルコールの匂いを漂わせてデスクに腰かけるゲール技術総官も、苦いビターチョコレートを滑らせるように、テキーラのなくなった口の中の余韻を味わっていた。


「こりゃあ、遂に俺っちの疫病神の名札は取れるかな。ねぇ、シャル君!」


 司令部にガラガラした大声が反響する。シャル司令官は顔をしかめ、めんどくさそうに視線を流す。口は反応するのすら拒んでいるように固く閉じられていた。


 シャル司令官の不満そうな表情は、だいぶ離れたところでだらりと座るゲール技術総官にも充分に伝わった。

 モニターからの白い光に照らされたシャルの顔があまりに正直に訴えてくるもので、ゲール技術総官は堪えきれず噴き出した。


「ぷふッ! ぷはははははは!!!! ……おいおい、お前いつからコメディアンになったんだぁ!?」


 一応厳粛な職場でもある司令部に大きな笑い声が響く。一時的ではあるが、一部のオペレーターと情報分析官の意識を逸らせた。


「ふん、あなたは気ままでいいな」


「なに嫉妬? 疫病神扱いされた慰謝料と勝利の男神おかみに値する報酬が、俺っちに支払われている結果だと考えれば、割に合うと思うんだがね」


「支払った覚えはないですよ」


「神様は見てるのさ」


 シャル司令官はいぶかしげに眉をひそめる。


「そう……。いつだって、神様は見ているだけなんだよ」


 ゲール技術総官はしっとりとした声でそう言うと、テキーラのマイボトル缶で口を塞いだ。深い味をゆっくり浸透させるように、少量のテキーラを喉の奥に放ったゲール。口に運ぶ際に閉じた瞼が開いたのは、喉の奥が熱くなった刹那の後だった。


 童話調に言えば猫と警備員。気ままに侵入する猫と、猫に入られると困る警備員。そんなほのぼのした光景は、自宅警備員の飼い猫がいる部屋か、自分を人間だと勘違いする野良猫に入られようとする美術館くらいなものだ。

 ヴィーゴの背中に掴まっていたミミクリーズは、身投げでもするかのように海に飛び込んだ。


「逃げたのか?」


 幼さの残る顔に疑問を浮かべながら、クランは接近してきたヴィーゴを黒い翼で殴る。


「司令部、ヴィーゴの背中にいたミミクリーズが海に逃げた。捕捉を申請する」


 男性オペレーターがカン隊員の申請に応答する。


「こちら司令部。申請対象のミミクリーズを海中レーダーで観測。海面付近に留まっています」


「ミミクリーズはヘブンエミッサリ共に任せていいか」


 男性オペレーターは前にいるシャル司令官に視線を移す。


「ああ、ジャマイカ内の殲滅はほぼ完了している。すぐに向かわせよう」


「了解」


 その時だった。薄暗い海の向こうで、何かが弾けたような音がとどろいた。


「な、なんだ!?」


 響き渡る鈍い音。同時に、小刻みに揺れ始め、次第に大きくなっていった。

 揺れは遠隔操作室にも届き、レオネルズは自分たちが入っている装置の筒が割れやしないか不安に駆られる。


「俺たちの任務を忘れるなよ。ここが崩れようが、レオネルズ機体につながっている限り、俺たちはレオネルズだ」


 ネタル隊長代理は不安に駆られている隊員たちを律し、目の前で飛び回るヴィーゴに攻撃を仕掛け続ける。隊長代理の言葉に隊員たちは不安を断ち切り、ヴィーゴ殲滅のみに意識を向け、黒い翼をはためかせた。


 地震はジャマイカ全土に及んでいた。

 シャル司令官は膝をついて天井を仰ぐ。司令部の天井にあるライトがガタガタと不気味に音を立てる。


「今の爆発音は?」


 丹羽は不穏な音に視線を弾く。


「それよりニワ! 建物から離れるぞ!」


 テッド隊員は崩れていく家の瓦礫を避けながら走り出す。



 氷見野は大きく震える地面に立っていられず、不安を掻き立てる地鳴りに困惑していた。


「ヒミノ! 平気!?」


「う、うん!」


 ラピも更地となった敷地で屈んでいた。

 近くの森から地震に驚いた熊が飛び出し、畑を右往左往している。小さな納屋は大きな震動に悲鳴を上げながら倒壊していく。

 パキンと乾いた音が近くで聞こえ、ラピは視線を落とした。屈んでいた足元で地面が亀裂を作り、広がっていく。ここも安全じゃないかもしれない。そう思いながらも、山々の間にできた人工的な建造物があることの多い場所で、安全なところを探すのは簡単ではなかった。

 SO部隊も頑丈な建物に避難し、身の安全を確保する。

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