karma9 戦略的撤退

 江夏と御園は恐怖に背中を押され、激走を始めた。

 地鳴りと共に小さな揺れが起こる。

 2人の後ろでドタドタと騒がしい音が鳴り、黒い影たちは侵入者を捉えた。標的を捉えたことにより、ブリーチャーたちは自然に湧き上がる力をもって追撃を開始した。


 もはや2人に忍ぶ考えはない。全力で逃げきる。それ以外になかった。

 2人はブーストランを解除し、腕を大きく振って一本道をひたすら走る。


「クッソ! なんでこうなんだよ!」


「目先の手柄につられるからこうなる」


「はあ!? お前も乗り気だったろ」


「お前が勝手に行く気満々だっただけだ。俺は一言も行ってもいいなんて言ってない」


「な、ずるくね!?」


 江夏は突然回し蹴りを繰り出す。

 御園は不意に攻撃を仕掛けられ、頭を下げる。

 御園の頭の上を掠った江夏の蹴りは、御園の背後まで迫っていたカリヴォラに命中した。

 カリヴォラは「グニャッ」と奇怪な声を上げて、吹き飛ばされる。


 妙な声を聞き、御園は後ろへ視線を投げる。

 倒れたカリヴォラはすぐに見えなくなる。代わりに別のブリーチャー種が波のように猛追してくる姿が視界に入ってきた。

 2人の速度に追いつけるスピードスターはカリヴォラとエンプティサイ、そしてヴィーゴくらいなものだ。それら面々が勢ぞろいしている。


「文句言ってる暇があるなら追手をどうにかしろ!」


「無茶言うな!」


 2人は逃げながら喧嘩を始めているが、余裕しゃくしゃくというわけではない。

 暗視機能を備えたARヘルメットにより視界は確保できているものの、入り組んだ迷路のような地下洞窟じゃ地上のようにはいかない。ブーストランを利用したフルスピードで洞窟内を走るのは危険過ぎた。

 ゆえに、速度を落として走るしかないわけだが、カリヴォラやエンプティサイ、ヴィーゴにそういった仕草はなかった。

 地の利によって縮まる差と言えようか。難なく走行し、2人の背中に向かって攻撃態勢を取っている。


 ヴィーゴは空中を飛びながら、銅鐸どうたくのような物を先端につける棒を2人に向ける。

 銅鐸の先が発光した瞬間、光は直線を描いて飛んだ。


 わずかに江夏と御園には当たらず、壁が砕ける。

 崩落の危険もかえりみず、ヴィーゴは次々とレーザーを放っていく。

 御園と江夏は立体的に動きながらレーザーを回避し、うねりくねった道を駆け抜ける。


 ヴィーゴは棒を下ろし、目を細める。

 カタカタと顎を動かすエンプティサイは、徐々に迫る憎き敵を複眼に捉える。隊列を組み、速度を上げる。鋭い鎌が闇を裂いて硬質の体へ向かう。


 振り下ろされた鎌は血を吸おうとした。しかし数多あまたの目に濃厚な香りを放つ液体は確認できず、鎌は味気ない地を食った。

 耳をつんざく一音がわなないたのを皮切りに、幾千の斬撃が襲いかかる。

 2人は弾き返す余裕もない。むやみに攻撃できないもどかしさに耐え、避け続ける。

 反撃の転機はまったく見えない。出口のない暗い迷宮の中で、少しずつ生気を奪っていくようだ。


「っ、このままじゃ、やられるのも時間の問題だぞ!」


 江夏は危機的状況に焦り散らす。

 ブリーチャーを攻撃して奴らの動きを鈍らせたとしても、衝撃は地下道にも伝わってしまう。


 地質の知識などあるわけもない。専門外だ。

 下手に反撃し、自分で逃げ道を塞いでしまえば、助かる見込みは断たれる。2人の武器に標的のみを無力化できる武器は、片手で数えられるほどしかない。仮に頼りない武器で反撃を試みたとして、群れを相手に狭い地下道で戦って生存できる自分を想像できなかった。

 片やブリーチャーたちはどうだろうか。2人を逃がせば、絶好の拠点の情報が洩れるのは必至だ。だが、たかが一拠点に過ぎない。攻め落とす方法ならいくらでもあった。


 ブリーチャーたちに住処すみかを失う恐れは、微塵の欠片もない。自分たちの攻撃で洞窟が崩落し、生き埋めになる心配をするわけもない。また掘ればいいのだから。

 仮に崩落した結果、2人の侵入者を閉じ込めることになったのなら好都合。じっくり敵の体を分解し、捧げることができる。

 たとえ生き埋めになり、仲間が死んだとしても構わなかった。すべては種の意志のため。統率する絶対的あるじがいる限り、彼らが揺らぐことはない。


 道なりにひたすら走る江夏と御園は、息をつく暇もない。

 エンプティサイとカリヴォラ、ヴィーゴによる猛攻を避けつつ、あてのない出口へ向かう。

 どこに出口があるか分からない以上、いつ出口につくかも分からない。息も限界に近かった。完全に振り切れなくとも、少し余裕が欲しい。


「俺が時間を作る」


 江夏は驚きを持った声を漏らす。


「何する気だ、お前」


「へ、こうなったら一か八かだ!」


 御園は走りをやめ、振り返る。


「御園!」


 江夏は動揺のあまり足を止めてしまう。


「さっさと行け!」


 御園は弾けんばかりの電撃を放った。

 いくつものすさまじい光の筋は、荒々しく一方向へ流れていく。

 避ける隙間もないほどの電撃の槍がブリーチャーたちを喰らった。

 しかし防ぐ手立てを持ち合わせる種もいる。ヴィーゴは追撃を止め、電撃に対し、銅鐸どうたくのようなものを先端にあしらった棒を突きつけ、レーザーを放っている。そのレーザー、少々挙動が異質だった。

 棒の先端で膨らんだ光。棒の先端を中心に楕円を描き、ヴィーゴの方へカーブを描いて盾となっている。


 下ごしらえがうまくいき、御園はほくそ笑む。御園の左の前腕ぜんわん側面の蓋が開く。すかさず手を差し入れ、握った物を放った。暗がりに溶け込む黒は緩やかに回転しながらヴィーゴたちへ向かう。

 すると、黒い缶は火花を散らし、上下左右に分かれた。4つに分かれた缶は赤く灯り、形状が変化する。先端が鋭利になり、左右の壁、地面、天井へ向かった。

 缶の中に隠されていた黒いワイヤーが即座に広がり、蜘蛛の巣のように通路を塞いだ。


 エンプティサイ、カリヴォラ、ヴィーゴは鎌で切ったり、唾を吐きかけたり、レーザーで焼こうとするも、黒いワイヤーは強固に行く手を阻んでいた。


「ふん、残念だな。ワイヤー缶は特殊整備室に頼んで改良を施してあるんだよ。ヴィーゴちゃん」


「なに得意ぶってんだ。さっさと行くぞ」


「おうよ!」


 江夏と御園は一寸の光を残して、ヴィーゴたちの前から消えてしまった。

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