karma16 つなぐ未来を

 AIメシアスによる操作があろうが、バーチャルブリーチャーではウォーリアに遠く及ばない。両者の違いは表情から察せられる。残った体力はあきらかに防雷撃装甲部隊overの方が有り余っていた。


「訓練開始から20分。数の上では両軍拮抗している……」


 凛とした声が耳孔じこうを撫でる。

 その音に混じり、足音がかすかに聞こえた。しかし整列している隊員は誰1人動いてない。

 肌が粟立つように妙な感覚が新人隊員に襲う。首筋からツーっと下りてくる鈍い重み。実際に質量はない。現象というのが正しいだろう。

 心臓の脈打つ早さが上がり、全身がこわばっている。


「だが最初の戦力から衰えたうえに、すでに余力も底を尽きかけている」


 攻電即撃部隊everの隊員たちの目が一点に集中する。

 青い機体スーツが並ぶ向こうで、1つの機体スーツが近づいてきていた。


「凶暴な怪物がいる実際の戦場で、無傷でいられるほど易しくできていないが、離脱者の多さは致命的だ」


 防雷撃装甲部隊overの列の真ん中が開き、現れた青い機体スーツが戦列に加わった。


 シールドモニターは突然現れた機体スーツの主が、生島咲耶いくしまさやだと告げていた。女王クイーン防雷撃装甲部隊over側に回るようだ。

 これで両者とも8人となる。


「さて、どうしたもんか……」


 志部はゆがませた笑みを零す。

 生島が機体スーツを着て訓練室に来た理由は考えるまでもない。まず訓練が終了することはないだろう。


 防雷撃装甲部隊over7の女帝。ウォーリアの遺伝子を持ちながら、女王クイーンの力で日本に英気をもたらす。ブリーチャーたちに占領されていた日本の島を2つ取り返す大車輪の活躍により名を轟かせた。

 気高く一閃を咲かせ、枯れることなくそこにあり続ける。完全無欠の防衛機関、防雷撃装甲部隊over7。そのおさに君臨する女王クイーンの実力は、世界屈指の女王クイーンの1人であると言わしめる。


 2年もの間、日本特殊防衛軍にいれば恐れもなす強さを知らないわけがない。いくら気力を尽くせど、ここから勝利を得るのは困難と思うのがまともな思考だ。


「氷見野優」


「は、はい……」


 シールドモニターの奥で突き刺してくる瞳。綺麗な瞳は青い機体スーツをひとたび着ると、刃物のように鋭くなり、見定めた相手を威圧する。


「どう思う? この戦況を」


 三百眼の瞳は氷見野優を映して離さない。


「……実力不足を、感じています」


「それだけか?」


「い、いえ……私に、隊長としてやっていく力は、ないと知りました」


 落胆に沈む氷見野。かける言葉が見つからない攻電即撃部隊everの隊員たちは、無力感に歯がゆい気持ちを抱いてつぐむ。


「実力不足。経験の差。こちらは激しい戦火を乗り越えてきている。だとしても、あなたたちは勝たなければならない」


 静かにとがめる生島に、少なからず不服を感じて表情に出す者もいた。


「お言葉ですが、私たちは訓練があることをさっき知ったんです。でも、防雷撃装甲部隊overのみなさんはもっと前に知っていましたよね? こんな訓練で、先輩方に勝てなんて無謀ですよ!」


 高杉は臆せず生島に意見する。


「そうよ! 氷見野さんに押しつけるように言わないでください!」


 琴海も高杉の胸を借りるように加担する。


 生島は後輩の反発に動揺する素振りもなく、淡々と、それでいてゆっくりとさとすように口を開く。


「巡回だろうが、任務外だろうが、原則として要請が出れば隊員は出動する。ブリーチャーがわざわざ犯行予告をしてくれるとでも?」


「ふッ、違いねえな」


 羽地は鼻で笑う。

 高杉は馬鹿にされたように思い、拳を握って恐い顔をする。


「実力差や経験値、戦場でそんな言い訳は通用しない。負ければ死ぬ。それが戦場のルールだ」


 勇ましく突きつける。有無を言わせないピンと張りつめる空気に気圧けおされる。


「だが逆に言えば、実力差も経験値もすべて跳ね返してでも、勝ちさえすればいい。どれだけ惨めだろうが卑怯だろうが構わない。勝てば未来はつなげることができる。非情なまでに人智を喰らい尽くす奴らに、私たちは負けるわけにはいかない」


 生島の人差し指が氷見野を差す。


「氷見野隊員、この結果はあなたが生んだ」


 胸を突かれた気分だった。


「離脱者9人。これを戦場で言い換えれば、隊員の死亡者9人とも言える。仲間が9人も死んだ。この重さが分かるか? 氷見野隊員」


 氷見野にだけ責任を追及する生島の言い草に、他の新人隊員も気分はよくない。


「そこまで言わなくたっていいだろ……」


 狩野かのうはボソリと呟き、眉をひそめる。


「勘違いされると困るから言っておく。私は氷見野隊員の隊長の資質を問うているわけじゃない。私が氷見野隊員に問うているのは、女王クイーンの力だ」


 思わぬ答えに氷見野は困惑に揺れる。


女王クイーンの力……?」


「なぜ世界中の国々が、自国に女王クイーンの誕生を待望しているか……。それほどまでに、女王クイーンの力は国の存亡に関わるからだ。女王クイーンが戦場にいるだけで、他のウォーリアに与える影響力は大きい。女王クイーンがいかに力を持ち合わせているかによって、全パラメータに歴然とした差が生まれる。たったそれだけで、生存率は格段に上がるというわけだ」


 黒のかすみがかったシールドモニターから小さく開かれる薄い唇は、しんと氷見野に注がれていくように紡ぐ。


「氷見野優、あなたの力次第で、仲間の生死を分かつかもしれない」


 氷見野はどんどん責務を負わされていくみたいで息が詰まりそうだった。


「これから奴らは力をつけて本気で国を落とす気でいる。そんな中でも、仲間を失わず、地をへだてることのない未来を1人でも多くつなげられるのは、女王クイーンだけだ」


 生島の瞳が細められる。


「何が何でも守りたいものがあるなら、あなたは女王クイーンに留まってはいけない」


 普段と声の大きさは変わらないが、力強い言葉が並べられ、氷見野たちの鼓膜を差してくる。しかし生島の言葉の半分ほどしか分からず、新人隊員は呆然ぼうぜんとしていた。例外なく、氷見野も呆気あっけに取られ、半開きになった口が困惑を表していた。


 生島は氷見野たち新人隊員の反応が鈍いと感じていたが、一から懇切丁寧に教える気はなかった。

 すると、生島が防雷撃装甲部隊overから少し離れて前に出る。氷見野にその凛々しい瞳を向けたまま、生島の体から青い光が弾け飛び、空気が激震する。

 不意に降りかかる重み。それは一瞬にして全身に入り込んでくる。ズキズキと声なき声を漏らす傷口に染みて、攻電即撃部隊ever、また同じ仲間であるはずの防雷撃装甲部隊overの隊員たちにも、謎の重みは降りかかった。

 眩いばかり。光と謎の重み。隊員一同苦悶が刻まれる。ただ1人の女帝を除いては。


 数秒間で正体不明の重圧によって無意識に止められていた喉は、ようやく掠れた息を零す。だが隊員は休まる景色にない。攻電即撃部隊everの隊員は目の前に広がる光景に圧倒されていた。


 氷見野は一度見たことがある。東防衛軍基地の防護性実験室で、あのすさまじい電撃を。

 上る電流の渦は、生島の頭上でリングを形成する。以前見た時よりもリングは小ぶりだが、烈々とうなり声を上げる光の危険度は感覚的に悟っている者が多かった。


「あなたはまだ甘い。氷見野優。救いたければ自分を解き放て。どんな絶望に満ちた世界でも、決して絶望に染まるな」


 立ちはだかるように空気に燦爛さんらんする証。女帝たらしめる威光がまざまざと目の前に存在し、それがすぐにでも一閃を放射しようとしている。

 柳蒼雷飽ディフィールドエレプション。凝縮した電気的エネルギーであるリングが爆散し、周囲にいる敵を的確に撃ち抜く電撃技でんげきわざ。大量のエネルギーを出力できる女王クイーンでなければ扱えない高度な電撃操作。今、それが拍動を刻む。


「みんな、逃げて!」


 周囲に散らばる稲光の音に比べ、頼りない避難信号は遅過ぎた。

 太く育った青白いリングは、主の指示により圧縮されたエネルギーを拡散させた。何も乱暴に放たれたわけではない。指先まで神経を研ぎ澄ませるように、1つ1つの電撃の筋は攻電即撃部隊everの隊員たちを貫いた。

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