karma7 戦歴重ねた青と初々しい紫

 開戦の狼煙はバーチャルブリーチャーたちが上げた。

 見た目までリアルに作り上げられた触手が、爆薬によって飛ばされたかのように背中から放たれる。


 前衛に立った紫と白の機体スーツたちへ真っすぐ向かう数十の触手。機体スーツに直撃する寸前、眩しい青い光が機体スーツの姿を隠した。甲高い音を立て、空へ飛び上がった。

 のどかな河川敷に場違いな太い触手は、一瞬にして肉塊に変わる。

 強烈な光と衝撃で芝生が剥げ、クレーターを作った地面にボロボロと断片が落ちていく。


 平和な日常に訪れた衝撃音を聞いた民間人は、幻術であるにもかかわらず避難を始めている。

 その間攻電即撃部隊everは、人の生身では出せない速度で空いた道を突っ切った。

 河川敷の乱闘。やんちゃな男子学生が拳で語る場ではなくなったらしい。今日日きょうび河川敷は、やけにデカいグロテスクな生物と、どこかのSF映画に出てきそうな機械が戦う場所になってしまった。


 激しい銃撃は独特の音を響かせ、たちまち街中へ移っていく。

 誘われている気がするものの、倒すことが目的である以上追いかけないわけにもいかない。桶崎を筆頭に住宅の間を縫って走る攻電即撃部隊everの隊員は、逃亡を図る防雷撃装甲部隊overを追いかける。


 住民の避難が完了していないせいで、下手にブーストランを全開にできない。住宅エリアでは右往左往する住民が行き交っており、煩雑はんざつな状況だった。

 それに追い打ちをかけるように、防雷撃装甲部隊over機体スーツがところ構わず電撃を散らしている。

 当然、民間人に当たれば無事では済まない。機械で現出させている民間人だから気に病まなくていいとはいえ、あまりにリアルな現像と悲痛な音が胸をえぐってくる。


 松下右趙まつしたうちょうは嫌なもの見せるこのST訓練が嫌いと改めて思わされる。さっさと終わらせたいところだが、標的である防雷撃装甲部隊overの移動スキルは雲泥の差があった。

 逃げ惑う民間人の上を飛んで移動していくことは造作もないが、跳躍のタイミングが少しでもずれると、路上に着地する以外に方法がなかった。

 計算通りにいかない跳躍は、民間人との衝突のリスクを高める。それだけは避けなければならないと、緊張感を持って任務にあたるよう言われ続ける隊員は、機体スーツと周辺の環境を利用して磁場を変化させ、空中でも運動ベクトルに変更を与えられた。だがこれには問題がある。


 周辺に存在する電磁石の性質を持つ物質があるとは限らない。

 また、機体スーツと人体の重量が保持するエネルギーの量と向きを変えられるほど、磁力を引き出せないこともある。

 移動の際の衝突リスクを軽減させるスキルを熟知しているせいか、防雷撃装甲部隊overは住宅の壁面や大型トラックのコンテナの上を踏み台にして、さりげなく衝突を避ける走法をしている。


 それに気づいたはいいものの、どうやったらあんなに速度を落とさず走れるのか。ここまで差があると思っていなかった。

 松下右趙は少しずつ広がっていく防雷撃装甲部隊overとの距離に悔しさを覚える。

 その時、松下の背後から刃が迫る。松下の気が散漫になった一瞬の隙を突いて、エンプティサイ単独の急襲が成功しようとした。だが直線的な光が駆け抜ける。

 銃口が放った光はただの光ではない。長さ10センチほどの細い鉄筋と共に光線が飛んでいき、甲高い摩擦音を伴いエンプティサイの体を貫いた。


 エンプティサイは松下の機体スーツに触れる寸前で地に転がり、モザイクとなって消える。細い鉄筋は地面に刺さってアスファルトに残り、1つの影が追い越した。

 近くで異様な音を耳にし、驚いた松下は無意識に体を強張らせた。振り返る間もなく、隣に並んだ機体スーツに視線が移る。


「隙を見せるのはラブゲームだけにしなよ」


 佐川保勇は笑みを含んだ口調でたしなめる。


「わ、悪い……」


 住宅エリアから別エリアへ移動するための道路が整備されている大動脈帯で、攻電即撃部隊everは止まった。機体スーツがいる環状交差点ロータリーでは車が強引に侵入してきたり、Uターンして引き返したりと、民間人が離れていく。

 モダンな建築物と緑で彩られた場所で、高速の鬼ごっこが停戦する。社屋の駐車場で2体の機体スーツが留まり、追いかけてきた攻電即撃部隊everの数を確認する。


 桶崎を始め、他の隊員も違和感を抱く。

 桶崎たちが標的と定めた防雷撃装甲部隊overの数は4人だった。2人はどこにいったのかと疑問が頭を掠める。逃げたか、隠れているか。どちらにせよ、大した問題じゃない。

 新人ではあるが、臨機応変に対処する思考力と判断力をつちかってきた。

 防雷撃装甲部隊overの2人は機体スーツに備えた銃とライトブレードを出し、攻撃態勢に入る。環状交差点ロータリーを挟んで前に2人、左に1人、右に1人。攻電即撃部隊everは青い2体の機体スーツがここで戦闘の意志を示したことを悟り、身構える。



 そこから数十メートル離れた場所では、透過性視覚機能で桶崎たちの動向を観測する志部冬樹しべふゆきがいた。ARヘルメットのシールドモニターが連絡主を示す。


「こちら興梠。志部さん、敵2人を見失った。そちらで確認できないか?」


「こっちでは今のところ確認できない」


「そうですか。気をつけてください。俺たちの作意に気づかれたかもしれません」


「ま、至極単純な作戦だしな。気づかれんのも時間の問題だ。こっちのことは気にしなくてオールオッケーさ。自分のことくらい面倒見れる」


「分かりました。後はお願いします」


 通信が切られ、中型の銃を機体スーツ大腿部だいたいぶから取り出す。銃床と銃身が直線的になるレーザー銃を組み立てた。

 長い銃身を一方向へ向ける。ARヘルメットが手に持った銃をスキャン。照準マークがシールドモニターに小さく表示される。敵を表記する赤いシルエットと照準マークを合わせる。

 2体の機体スーツは止まっている。今なら当てることが可能だ。トリガーに指を添え、意識を集中させる。


 15階建てマンションの屋上で狙いを定める機体スーツの姿。それをしたたかに狙う者が1人。正確には1体だ。

 攻電即撃部隊everには因縁のある姿として現出している。大きな円盤の下から飛び出る柄を引き抜く。

 棒は変形し、長く突出する。先が青く輝くと、銅鐸どうたくを模したものが造られた。


 黒く染まった瞳がマンションの玄関脇で見上げる。すると両肩の裏にある2つの円盤ブースターは中央のライトを赤く光らせた。

 人の外形を模した者はブースターの力を借りて勢いよく飛び上がる。マンションの建物に沿って上に向かう。マンションの屋上へ飛び上がった異形は、背後を見せる標的を確認した。

 銅鐸どうたくが青に照らし、志部冬樹しべふゆきの背後で牙をく。志部の目が捉えた時には、ヴィーゴの必殺が咆哮ほうこうを放っていた。

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