karma6 小さな作戦会議

「なんか、なめられてない?」


「ぬふふふ、こういう時こそ勝機があるのですよ」


 琴海の背後から藍川が不敵に微笑む。


「そうだといいけど、相手は防雷撃装甲部隊overの主要格メンバーばかりだし、そんな簡単に……てっちかっ!」


 琴海は慌てて藍川から離れる。


「難しいからこそ勝てた時の喜びはひとしおですし、自信もつくじゃないですか」


「藍川のポジティブスキルは嫌いじゃないよ」


 パーマがかかった赤髪を垂らす佐川保勇さがわやすおは、穏和な口調で支持する。


「はぁ……なんでうちの眼鏡オタクどもはやけにポジティブなんだか」


 藍川たちもなんだかんだでだべっており、ずいぶんと余裕があるように氷見野には見えた。

 隊長として現場を指揮する責任は氷見野に焦りを生み、『どうすればいい?』が頭の中で次々と沸いて何も進まなくなっていた。


 周りを見渡せば、他の者はそれぞれ2、3人に分かれていろんな話をしている。大衆——まではいかないまでも、大勢をひきいるなんてやりたいとも思わない。だが先輩となる生島に言われ、今更引き下がれなくなった現状では、どうにかやるしかなそうだった。


 少ない猶予の時が流れていくばかり。心の準備もできぬまま、氷見野は棒立ちになっていた。


「おいおい、とりあえずみんな集まろうぜ」


 上げられた声は御園だった。


「少しくらい動きを確認しておこう」


 興梠もみんなに呼びかける。

 2人の呼びかけで、みんなの意識が1つに集まっていくのを感じた。

 不思議と氷見野の動揺も和らいでいく。


「で、どうする?」


 松下が本題を促す。すると、氷見野に視線が注がれる。

 氷見野は身近にいた見本を思い浮かべ、青い機体スーツの集団と空間に投影された生物に視線を移す。


「ブリーチャーたちと隊員、2つのグループで対応した方がいいと思う」


「速攻でブリーチャーたちを片付けて、劣勢に追いやろうか?」


 攻電即撃部隊ever3の福富愛理ふくとみあいりは不敵に微笑みながら言う。


「旧態のブリーチャーならそれもできんだろうけど、ミミクリーズとかヴィーゴもいるぜ?」


 福富と同部隊所属の狩野かのうは、懸念を示すも余裕の笑みが映えている。


「そこはやってもらうしかないだろうね」


 葛城もこの状況を楽しんでいる様子だった。


「氷見野さん、ブリーチャー殲滅メンバーを決めてくれ。割り当てる人数は任せる」


 御園に促され、氷見野はみんなの顔を見渡す。

 誰もが機体スーツ姿で分かりにくいが、シールドモニターが名前を表記してくれるし、数メートル程度の距離ならば、シールドモニターの向こうの表情が見えることもある。


 隊員たちもだいぶ手強いが、そう簡単にはいかない種類の生物もいる。ヴィーゴだ。あの岩手県の惨劇を招いた生物の一種でもある。だが頼りになる男に氷見野の視線が留まった。


「桶崎君、あなたが先陣を切って」


「了解」


 桶崎は凛々しい顔つきのまま首肯する。

 まだ動いてもないのに口の中が渇く。緊張の名残を感じながらも続ける。


「琴海、ミズ、志部しべ君、松下君、メグ。6人でブリーチャーたちの殲滅を」


「たった6人で30体のブリーチャー属を倒せって?」


 攻電即撃部隊ever6の志部冬樹しべふゆきは、簡単に言ってくれる氷見野の要求に思わず苦笑いで聞く。


「できないことないでしょ」


 高杉恵たかすぎめぐみは勝気に答える。


「血の気の多いこった」


 志部は呆れた様子で肩をすくめる。


防雷撃装甲部隊overの隊員の攻撃方法や動き方、どう出てくるか分からないから、できるだけ人数を割かないと対応できないと思って……。無理そうならもう少し、ブリーチャーの方に人員を割くようにするけど……」


 氷見野は冷や汗を滲ませながら言う。


「いや、他の奴らは自信ありありらしいし、その案でいいだろ」


 志部は笑顔をゆがめて顔を横に振る。


「そう。じゃあお願い」


「任せな! あたしらにかかれば大容量のカップ麺ができる前にブリーチャーなんて消えてるから」


 高杉は親指を立てて自信たっぷりに言う。


「こっちには頼もしいもいるしな」


 松下が意味ありげな呼称を口にすると、隊員の視線が桶崎に集まる。

 桶崎は周囲の視線を一度気にする素振りを見せるも、何事もなかったかのように離れた場所で武器の出し入れの確認やらARヘルメットの動作確認、河川敷から少し離れた大きな橋に目を向けたりしていた。


 桶崎は1月に行われた日本とドイツ、カナダによる合同任務で、再びヴィーゴとやり合っていた。


 カナダのハイダ・グワイの近海に位置するソフィアネイル島の岩場に、今までなかった洞穴が発見されていた。自然によるものではないことやソフィアネイル島近海でブリーチャーの目撃、被害報告が多かったことから、ブリーチャーたちのねぐらが近くにある可能性を考慮し、調査が行われた。

 10月1日、ブリーチャー数体が洞穴に入っていく姿を確認。奪還作戦の準備を進め、防衛協定を結ぶドイツと日本に協力を要請。東防衛軍基地から攻電即撃部隊ever8、9が派遣され、1月20日、奪還作戦が決行された。


 ねぐらとしていた数百体ものブリーチャー属の中に、ヴィーゴが15体もいた。事前調査では確認できなかったヴィーゴの出現ではあったが、作戦は継続された。

 赫々爛々かくかくらんらん。断続的な閃光が弾け、穏やかな島はまたたく間に戦場と化した。

 3ヵ国編成防衛部隊による奪還作戦は、思ったより苦戦を強いられたものの成功に終わった。奪還作戦で特に戦果を挙げた日本の部隊は、カナダで時の人となっている。その立役者が桶崎謙志おけざきけんしだった。


 各部隊がヴィーゴに悪戦苦闘する中、桶崎が所属する攻電即撃部隊everが、ヴィーゴの対処にひいでた力を見せたのだった。

 強敵ヴィーゴにおくすることなく、果敢に攻めていく桶崎の姿は、戦場にいた隊員たちの頭に強く衝撃を与えた。

 東防衛軍基地でも話題持ち切りで、先輩に称えられる姿を目にしている人も多く、候補生からも一目を置かれていた。


「じゃ、後は全員隊員対処ね」


 意気込んでいる琴海と同様に多くの隊員がこの訓練に戸惑いを見せていたが、話し合っているうちに突きつけられた状況にのぞめるまで、冷静になれていた。


「おいお前ら、話聞いてたか?」


 声を上げた攻電即撃部隊ever3所属の鳩磨英知はとまえいちの視線を追うと、他の隊員から少し離れたところで3人だけ固まっている攻電即撃部隊ever機体スーツがいた。

 勝谷篤郎と仲の良い江夏源太、町戸昌司、羽紅飛鳥わくあすかだった。江夏源太は舌打ちする。


「聞いてるよ。俺たちも隊員対処だろ」


「やることはやる。あたしらに構うな」


 羽紅はぶっきら棒に言い捨てる。鳩磨は呆れて苦笑する。

 こんな状態で一緒に戦えるのか。わずかな不安を覚える氷見野。代理とはいえ、一応隊長に選ばれたのだからどうにかしたいが、どうしたらいいのか分からなかった。

 すると、1人の新人隊員が江夏たちに近づいていく。ARヘルメットのシールドモニターは、葛城魁の名前を示した。


「なんだ。文句あんのか?」


 江夏は真正面に立つ葛城を睨みつける。

 だが葛城の表情には敵意の欠片もなかった。


「キヨも勝谷君も、心身共にボロボロになった。それでも自分と闘ってる。仲間が傷ついたのは同じじゃないのか?」


 3人の敵対的な態度に陰りが差す。何も言えず、きまりが悪そうに視線を逸らしている。


「僕らの敵はブリーチャーだ。仲違いを続けても意味ないと思うよ?」


「時間だ。両者準備に入ってくれ」


 生島の声が猶予終了を告知した。


「説教はいい……。さっさと終わらせるぞ」


 江夏は防雷撃装甲部隊overの方へ視線を移し、前に向かっていく。2人も江夏に続き、前へ出る。

 攻電即撃部隊ever防雷撃装甲部隊overが数十メートルほど距離を取って、顔を突き合わせる。戦闘態勢に入る両者は互いに見合い、開始の時を待つ。

 観覧室から見下ろす生島は、互いの準備ができたことを悟る。


「特別訓練、開始」

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