karma12 胸の奥で感じる変化の蕾

 部屋が明るくなり、拍手の音が湧き立つ。ロウソクの先から立ち昇るかすかな煙の匂いがいずなの鼻をくすぐった。


「それじゃみんな、思う存分食べてくれ!」


 藤林の号令で室内が一気に賑やかになる。


「あれ、プレゼントはやらないのか?」


 金城は藤林に問いかける。


「プレゼントは後でもいいだろ。早く食べた方がいいぞ。この鍋最高だあ!」


 石赤隊長はお椀にたんまり入れていく。処理したメバルを丸ごと使った鍋には、ネギや豆腐、しいたけ、水菜が色を添えて香りを引き立たせている。


「この鍋、いずなが作ったってほんと?」


 特殊整備士の海堀詩音かいほりしのんは好奇心に満ちた様子で尋ねる。いずなは首肯し、「優に手伝ってもらって、だけど……」とボソリと答える。


「へぇー。あのいずながねぇ……」


 海堀は細めた目をいずなに向けて、ニヤニヤしながら呟く。

 海堀の含みのある言い方に、いずなはふくれっ面になる。


「……なに?」


「いんや、いずなも大人になったなって思っただけ」


 海堀は笑みを浮かべると、いずなの手料理を口にする。


「うん。美味しい」


「……ありがとう」


「いずな、ちゃんと食べろよ。お前の誕生日なんだから」


 同じ机で食事を囲む東郷は、右斜め前にいるいずなに声をかける。


「そんなこと分かってる」


 いずなは目の前に並んだ料理を見下ろし、サラダに箸を伸ばす。エビとふかしたじゃがいも、ブロッコリーとゆで卵に、マヨネーズとケチャップ、少しのオリーブオイルを混ぜたオーロラソースをかけたものだ。


「どうだ。美味しいだろ?」


 藤林は期待を込めた眼差しで感想を欲しがる。咀嚼し、飲み込んだいずなは、藤林に視線を投げる。藤林のドヤ顔が気に食わなかったが、酸味の効いた味付けと海と大地の幸が揃った具材のバランスが絶妙だった。


「……美味しい」


「だろー」


「全部氷見野さんが考えてくれたメニューだけどね」


 丹羽が口を挟んで藤林の手柄に水を差す。


「でも作ったのは俺たちだろ?」


 楽しい誕生日会になって密かに安心した笑みを浮かべる氷見野。心なしか部隊の雰囲気も明るくなったように思う。そう感じながら見回していると、背後を通る葛城が視界に入った。


「葛城君」


「ああ、今日はお招きありがとうございます」


「ううん、来てくれてありがとう」


「テツと御園も来れたらよかったんだけどね」


「巡回じゃしょうがないよ」


 氷見野の表情に影が差し込む。


「西松君、大丈夫そう?」


「あぁ」


 葛城は柔らかく微笑む。


「すっかり元気だよ。意識も取り戻してたし。怪我の回復はかかりそうだけど、さっさと怪我治してやるって息巻いてたよ」


「そっか。とりあえず安心した」


「ああそれと……」


 氷見野は不思議な顔をする。


「ごちそうさま」


「うん、どういたしまして」


 葛城はお椀を持って炊飯器のある机に向っていく。他の隊員も何人か机の周りにいる。

 大勢での食事ともあって、炊飯器を3つ用意しておいた。隊員たちが囲む各机にはたくさんの料理が並んでいたが、食欲旺盛な人が集まればたちまち減っていく。


 いずなは賑やかな食事をしてこなかった。記憶の片隅にすらなかった。いて挙げるとするなら、攻電即撃部隊everに入ってからだった。

 数人で食べることに特別な意味などなかった。ごく日常的に行われているものだ。家族と、友達と、仕事仲間と。ありふれた光景に、特別なんてものがあるわけがない。だがこの賑やかな時間が、いずなの夢の始まりになる。


 失いたくない。うるさいと思えるほどの声があちこちから聞こえてくる。けど、なぜだか安心できる。実感するたびに、1つ1つが大切なものになってしまう。

 こんなに心の内側に優しい熱を感じたことはなかった。心を閉ざして感じないようにした。そうしないと、残酷な現実と向き合えなかった。


 でもあの人が————氷見野優が変えてしまった。氷見野が目の前に現れてからだ。自分だけの願いを持つようになったのは。


 いずなは机の上で拳を握りしめる。熱を持ったいずなの瞳が揺らぎなく一心に注がれる。いずなの視線の先で、氷見野は他の隊員と料理の話で盛り上がっていた。

 特に丹羽や他の女性隊員たちが氷見野の料理に興味を持って、質問を浴びせている。氷見野の得意分野とあって楽しそうだ。

 またこんな風に笑い合える日を。そのためなら、どんな現実とだって戦ってみせる。絶対に、守ってみせる————。


「いずな。17歳になった感想は?」


 隣にいた攻電即撃部隊ever7の牛和田一音うしわだかずねが不敵な笑みを浮かべながら尋ねる。


「……普通」


「面白味に欠ける感想だな」


「身長は伸びたんじゃない?」


 攻電即撃部隊ever6の鹿熊乙美かぐまいつみは左側頭部だけ刈り上げており、右に流した艶やかな短い青髪が印象的な、パンクな女性だった。琴海のようにネイルをしているが、ダーク系の色合いがクールな印象を与えている。


「そうだね。最近伸びた分だけ機体スーツとイオンウェアを調整したし」


 海堀も同意する。


「まだまだ子供みたいなもんだけどな!」


 そう言い捨てると、東郷は瓶のシャンメリーをラッパ飲みする。また喧嘩を売られたと思い、いずなの負けず嫌いのかんさわった。

 それを耳に挟んだ増山は口端を上げる。


「東郷ってさぁ~、結局のところ、いずなが大人になるのが嫌なんでしょ?」


「はぁ? なんでそうなんだよ」


 見透かすような大きな瞳が東郷をまじまじと見つめる。増山が前のめりになると、バイオレットのグラデーションが鮮やかなひし形のショートヘアを、肘をついた手が横髪を掻き上げる。


「だっていずながどんどん成長しちゃったら今よりもっと構えなくなるでしょ? 大人になればなるほど近づきづらくなっちゃうだろうし」


 東郷の顔が渋く強張こわばる。


「んなことねぇよ……」


「へぇ~」


 東郷の動揺を悟りながら多くを語らず、陰気な笑みでこたえる。


「分かりやすいな」


 竹中隊長は素っ気なく反応すると、ケーキを口に含む。


「来次も可愛いいとこあるじゃん」


 攻電即撃部隊ever7の江藤が追い立てるように茶化す。


「ちっげぇッての! 勝手に解釈すんな!」


「あはははははっ! 来次、顔あっかぁー!!」


 海堀が声を上げて笑いながら指を差す。どっと花咲くように笑顔が連鎖する。東郷はもう何を言っても無駄だと察し、気恥ずかしい思いをボリュームのあるサラダと共に口へかきこんだ。

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