karma3 完全再生能力 

 微動だにしなくなって10秒。動く気配もないと思い、下田と木戸崎は構えていた銃を下ろした。


「意外とあっけないな」


 未知の脅威から解放され、何気なく漏れた安堵の言葉だった。


「ええ、そうですね」


 下田は木戸崎が吐露した言葉に同調する。


「まだだ!!」


 切迫感のこもった声が受信した。木戸崎と下田は同じ方向に視線を投げる。

 木戸崎と下田が戦闘終了の空気を察したにもかかわらず、休んでいた勝谷は電磁銃剣を構えている。勝谷は蓬鮴からもらったアルカリイオン水の入ったタンブラー容器を投げ捨て、ぐらつく足で立ち上がった。


「勝谷、説明しろ」


 蓬鮴は重みを持って促す。

 水分を取って少し落ち着いた息づかい。唾を飲み込み、勝谷の震えた唇が言葉を連ねる。


「何度っても生きかえんだよっ!」


 勝谷の怯えにも似た叫びが脳を響いた、その直後。不吉な音がARヘルメットの外で聞こえた。視線を戻すと、生物は大きな武器を持ち直し、上体を起こしている。

 勝谷は力んだ人差し指で引き金を引く。青に輝いた3つの刃が飛行する。

 顔が射出者の方へ向けられることもなかった。両端に弧を持つ剣は青い光を放つ刃を面で振り払った。3つの青い刃は形を失い、散り散りになった。

 反応速度、剣の動き。双方を考慮しても、生物の力が衰えているとは思えない。


 大きな人型の生物はまるで王者のようにゆっくりと立ち上がっていく。

 あまりにゆったりとした生物の動きに、木戸崎と下田は少しの間、気を取られていた。仁王立ちする生物をまじまじと見つめ、いぶかしむ。

 先ほど数多あまたに撃ち込んだ弾丸の痕は見る影もない。皮膚はすっかり同じ色合いと質感を取り戻している。

 そして恐怖する。勝谷の言っていることが本当だとすれば、この生物は不死身であると。自分たちが死ぬまで、この生物は戦いをやめない。


 機体スーツでも身長は3メートル弱はある。それを超える5メートルの巨体が真っすぐ立ったとしても、木戸崎と下田が恐怖心を抱くことはなかっただろう。しかし、勝谷が口にした生物の能力が証明されてしまった。

 長く共に任務をしてきた大森賢英の死体が自分と重なる。生物が放つ異様な雰囲気のせいか、自分が抱く恐怖心からやってくるものなのか、木戸崎と下田はあわ立つ肌の感覚がどこからやってきているのか分からなくなっていた。


 生物は少し顔を下に向け、左右に顔らしき球面を散らす。生物の頭が左右へ振られたのを機に、木戸崎と下田は我に返る。体勢を低くし、いつでも動けるようにした。


 生物は顔らしき箇所を正面に戻すと、肩幅に足を広げる。

 何を始めようというのか。その場にいるすべての隊員が身構えた。


「司令室、この生物についての情報はまだか?」


 蓬鮴は司令室に呼びかける。


 通信はつながったが、プツプツと音が切れてしまい、何を言っているのか聞き取れない。


「干渉されてる」


 蓬鮴は納得した。今まで賢英と連絡が取れなかった理由だ。

 今回はカリヴォラのように物理的な現象によるものではない。電波干渉を受けたと見るのが妥当だろう。その元がどこなのか、超人的なウォーリアの能力や最新鋭の機体スーツでも知りようがない。


 依然として、生物はじっとその場に留まり、武器を構えている。剣士が居合いをするかのように、取り囲む4体の機体スーツの様子をじっとうかがっていた。自分から攻撃を仕掛ける気はないようだ。

 何をしてくるか分からない以上、下手に攻撃できない。だが、このまま敵が動き出すまで待っているわけにもいかない。


 湿り気を帯びたやわらかな風が場を通り抜けていく。

 下田隊員が痺れるような空気を打ち破る。まばたきをする間もなく、電撃が放たれた。たき火から時折聞こえる何かが割れるような音がしたかと思うと、電撃はトルネードしながら生物に向かった。


 生物は即座に攻撃方向を認識し、双端剣デュアルヘッドソードを振った。すると、刃から大きな斬撃が飛び、電撃を切り裂いた。電撃を粉砕した斬撃は、金切り声を上げて下田に迫る。


 下田はあまりに大きな斬撃の形に瞠目どうもくし、反射的にそこから逃げた。斬撃は下田の横を抜け、数十メートル後方にあった直方体の建物にぶつかる。中央からえぐるように、建物は分断された。建物の破片が高く宙を舞い、落下音が辺りに響く。

 綺麗に2つに分かれてしまった建物は、内装をむき出しにしている。数十と離れた場所にあるにもかかわらず、4階建ての建物を真っ二つにした斬撃の鋭さと破壊力は、予想していたよりもすさまじかった。


 生物は攻撃を畳みかけたいところであったが、囲まれている状況ではそうもいかない。生物が下田に攻撃対象を定めたのを悟り、攻撃に移っていた蓬鮴。赤くほとばしる爪が横の太刀筋を見せた。腹から胸にかけ、5本の爪が裁断した。


 筋張った体がボトリと地面に落ちる。切り身となった生物の切断面からほんのりと焼け焦げた臭いが漂い、風に乗って流れていく。


 蓬鮴は綺麗に斬られた肉体を険しい顔で見下ろしている。

 ぱらつく雨が異形の生物の肉片と精巧な武器に降り注いでいく。

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