karma2 異人現る

 宙を舞うモノクロのフラワーシャワーの雨の中を歩く者。自らの手で残骸にした家の敷地を通り、青い電撃の英雄たちに異形の姿をさらした。

 足から手まで滑らかな形状を持つ体。皮膚は灰色を示す。体毛は見られず、カリヴォラやヴィーゴとは違う生物らしいと察する。


 初対面はつたいめんした3人の隊員がそう思うのは、何も肌の色や体毛の有無だけではない。最も特徴的なのは、頭であろう。

 スラリと伸びる首が支える頭は、綺麗な球体をしている。しかし、どこが顔なのか判別できない。耳、目、鼻、口などの、顔を示す印を確認できなかった。見てくれだけを言えば、何もない、ただの綺麗な球体が頭に乗っているだけ。

 それが5メートルの身長で、人の体を思わせる形をして歩いている様は、本当にこれは生物なのかと疑いたくなるくらい奇異の存在だった。


 勝谷がその姿を捉えた時から、身構えるのを間近で見ていれば、それが敵であることは間違いないが、まったく聞いたことも見たこともない生物とどう戦うべきか。ベテランの域に達する蓬鮴ですら知らなかった。


 2人の隊員をほぼ無傷で圧倒する力を秘めていることにしても、慎重にならざるを得ない。下田と木戸崎は臨戦態勢に入っている。

 蓬鮴は何も聞こえなくなった通信を切る。機械の手がだらりと下がると、左手が青白い稲光の籠に包まれていく。左手はみるみる赤く灯り、溶け出した。


 赤く灯った左手の指が長くなり、てのひらは指に同化していく。

 左手首の間から黒い鎖状のロープが出てきた。それと共に蒸気が吹き上がっている。強い粘性を持つ赤い5本の指が鋭さを極めた刃の形を成した。

 赤く灯る刃は、蓬鮴の後ろで幽霊のように浮かぶ。その刃たちは1つ1つ上下に揺れ、ゆっくり近づいてくる異様な生物を威嚇する。


 生物も彼らから放たれる敵意を感じ取る。活きの良い生命の息づかいに神経を研ぎ澄ませ、新たに確認した3つの有機体は同種であると察する。

 綺麗な球体をした頭を持つ生物は攻撃的有機体と認知し、右手で主張する大きな武器を器用に一度回転させ、握り直す。長い柄の両端に半弧を描く刃。それぞれ対称となる美しい弧を描いている。


 これも立派な刃で、身幅は大きく重厚であった。幾多の物を斬ってきたはずの刃は汚れを帯びているが、よく見てみると、しっかり弧に沿った波紋が見受けられ、半端な刃でないと思える。これを生物が造ったにしては出来過ぎている。

 疑問は深まれど、警戒すべきはこの生物の実力が、今まで戦ってきたどんなブリーチャー属よりも、脅威になる可能性が高いということ。それだけで蓬鮴たちの意気は高まるばかりだ。


 分かつ互いの距離が狭まっていくごとに、緊迫が凝縮していくようだった。機体スーツでも2メートルから3メートルの身長があるとはいえ、敵は5メートルの高さがある。物理的な圧迫感もさることながら、醸し出す異界の存在感も、体の強張こわばりを助長させた。

 それでもなお、戦う意思を見せる勝谷は片足を前に出し、走り出す素振りを見せる。すると、蓬鮴隊長は勝谷に視線を投げ、「お前は休んどけ」と命令する。


「まだ、戦える……」


 勝谷の息は先ほどより落ち着いているが、声にぎこちなさが滲み出ている。


「強がりたかったらもっと電力を開放しやがれ。そんな弱々しい電力で苦しそうにされても説得力ねぇんだよ」


 蓬鮴は腰の後ろに手を回し、自動で開いた蓋からタンブラー型の容器を取り出すと、勝谷に投げる。

 勝谷は反射的にキャッチし、蓬鮴に怪訝けげんな顔を向ける。


「それでも飲んで見てろ。こいつは俺たちがけ負う」


 蓬鮴はそう言って、巨体の生物に視線を引き戻す。


 巨体の生物との距離が50メートルを切る。殺意を圧縮したような空気が場に立ち込めていく。そして、3体の機体スーツが同時に消えた。


 光の隆線りゅうせんが湿気を含む宙を駆け抜ける。2つの隆線りゅうせんは生物の数メートル手前で交差し、距離を保ってすれ違う。1つの隆線りゅうせんは最短距離で正面から生物に向かっていく。機体スーツが超加速すれば視認するのは困難だ。

 だが隊員が走り出した瞬間、生物は両端に刃を携える武器の柄を両手で持ち直し、素早く振り切る。弧を描いた刃は赤くちらつく左手の刃の軌道を変えた。


 生物と蓬鮴の距離はわずか2メートル。蓬鮴の左手を弾いたことにより、火の粉が2体の間で舞い踊る。

 一瞬の間。蓬鮴は生物と顔を突き合わせる。近づいても表情をうかがい知ることはできない。頭は完全な球体。顔であることを特徴づけるパーツはどこにもなく、球面は何かを塗布したかのように艶を出している。


 生物が巧みな武器の扱いを魅せようとも、蓬鮴が動じることはない。蓬鮴の左肩からは銃身が飛び出していた。

 機体スーツの左肩から飛び出る銃が火を吹く。咆哮は立て続けに鳴り、銃弾を射出する。銃弾は生物の腹を貫く。複数の穴を空け、緑色の血が散る。

 生物は蓬鮴の赤い爪悪魔の爪を弾いた双端剣デュアルヘッドソードを振り上げる。三日月の刃は空を切った。

 目の前にいたはずの機体スーツは消え、それを合図に、両サイドから光の弾丸が乱射される。夜光虫が乱れ飛び、人型の巨体へぶつかっていく。


 生物の体は衝撃を受けて揺れている。1人舞台で踊るかのように、体をくねらせ、なす術もなく銃撃の的となってしまった。


 何百もの光の弾丸を浴びて、咆哮は止んだ。

 3体の機体スーツは20メートルほどの距離を保ち、生物の様子をうかがう。

 生物の体は銃弾の衝撃に耐えられず、背中を地面に打ちつけていた。

 裂傷による出血は、普段車が通る道路に広がり、道端に溜まっている。後は排水溝に流れるだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る