karma18 杞憂であってほしい

 対ブリーチャーを念頭に作製された機体スーツは、ありとあらゆる耐久性を示した優れもの。だが、鋭い爪と腕力とあらば、機体スーツを貫通させることもできた。中身にどんな物体があろうと、貫くことに注力して突き刺した手は、機体スーツ後部から顔を出している。


 司令室は異様な静けさに見舞われていた。情報総括員も、隊員も、オペレーターも、同じ映像に目を奪われている。画面いっぱいにヴィーゴの顔。一切の同情もない、能面の顔が映った画面が傾き、グルグルと回って硬い音を立てた。

 地面に落下した衝撃でノイズが走ると、画面は横向きになって雨が降り注ぐ地面と残骸を映した。


「e9、桶崎隊員の生体反応、消えました……」


 オペレーターの心痛な声は、静寂の中にはっきりと響いた。

 現実は無情だ。

 戦いを目の当たりにしてきた者は、必ずしも戦地にいる者だけではない。モニターを通して隊員をサポートしている者も、同じく誰かが死ぬところを見る。


 決して、目を逸らすことは許されない。目を背けることもできない。隊員をサポートするということは、隊員の死を目にし、聞くことを受託する意味を必然的に持っている。サポートに従事する年数が長ければ長いほど、そういう経験をしてきた数は多くなる。

 それでも、慣れることはない。何度経験しようと、痛みは重さを持って体の奥を沈んでいく。暗い海の底に沈んでいくように。


 斎藤司令官は力なく顔を伏せた。桶崎隊員の視界を映すモニターは、黒く塗りつぶされ、中央に『no signal』との赤い文字だけ。それは、この世に桶崎謙志の存在を感知できないと、知らせるシグナルだった。



 ————雷鳴が夜の雲にくぐもっている。激しい雨に打たれた人型の機械は、頭と体が分離して転がっていた。

 ヴィーゴは佇む。雨に晒され、傷ついた体に入り込む。勝利の余韻に浸るかのように、じっと動かない。そう見えるかもしれない。ただし、頭に剣の形をした青い光が刺さっていれば、別の解釈が生まれる。

 そう、動けなかった。

 機体スーツを離脱していた桶崎が、ヴィーゴの背後で膝を地につけ、後ろにいるヴィーゴに電磁剣を向けていた。


 ヴィーゴの体がグラっと傾く。虚無の瞳が開かれたまま、ヴィーゴは泥を被った地面に倒れた。


 桶崎は電磁剣に流していた電力を低下させる。伸びていた光の刃は消え失せ、辺りは暗さを取り戻す。

 荒い呼吸をしながら、重たい足で立つ。ゆっくりとした足取りで、地に転がっているARヘルメットに近づく。屈んでARヘルメットを拾い、桶崎の体からパチパチと小さな音が鳴り出す。すると、ARヘルメットが低出力モードで作動させた。シールドモニターは視界となるシールドの映像を伝えず、音声機能だけを許可する。


 司令室に現場からの通信が入る。


「こちら桶崎。花巻市エリアK、ヴィーゴの殲滅を確認。機体スーツの著しい損傷を認める。よって戦線を離脱します」


 呼吸いきの音と共に、桶崎の声が届いた。

 斎藤司令官は安堵の間を噛みしめ、返答する。


「了解。初動防戦部隊第十四小隊に保護を依頼する。現場にて待機してくれ」


「了解」


 張りつめた空気が蔓延はびこっていた司令室は、再び息を吹き返したように声という声が行き交っていく。緩和された空気は不安と希望が狭間で揺れる状況へ。


 胸を締めつける不安から解放された観覧席にいる隊員たちは、他人事とは思えない。動揺を隠しながら、一度司令室を出る者、そばに置いていた飲料を飲む者、貧乏ゆすりをする者など、それぞれ不安の表れが出ている。


 観覧席にいたまだ新人隊員と呼べる御園たちも、言葉を交えることもなく、思い思いに司令室の空気感をひしひしと感じていた。

 ヴィーゴの危険性もさることながら、命の危険をこれほどまでに突きつけられ、この状況で何と言葉を交わすのが正しいのか分からず、何も言えずに、ただただ司令室の空気と雑然とする声を耳にするばかりであった。

 そして、案じる。桶崎を苦境に陥らせる力を見せつけた、ヴィーゴと戦っている西松清祐を……。

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