karma17 同情ではなく、結果を求めた

 空で猛烈な爆風と衝撃が伴い、地に響き渡った。

 とてつもない衝撃は、残念ながら桶崎にも牙を剥いた。

 桶崎は立ち上がる。機体スーツのボディは滑らかな質感を失い、機体スーツ内部が露出していた。桶崎の瞳は燃え上がる車を見据える。揺らめく火の向こう。火が桶崎に近づいてくる影を照らしていた。


 オバケのような大きな目は、爆発の影響か、目尻を裂き、大きな眼球が左目だけ少し外に出てきている。また、尻尾も風車のようによく回転していた物がなくなり、今や体内の血液をポタポタと地面に落とすストローになっていた。

 桶崎と同様、体には飛び散った破片による裂傷を思わせる傷跡が刻まれ、皮膚が剥がれ、皮下組織の青っぽい細胞に緑の血液を滲ませている。


 レーザーを放つ武器を失くしたヴィーゴは車の前で止まり、車の底部の端を掴んだ。火を怖がりもせず、片手だけで持ち上げる。ヴィーゴの頭上に掲げられた車は、まるで松明のように空へ火を伸ばす。

 すると、桶崎から電撃が飛んだ。電撃は車を持つ左手にぶつかるが、ヴィーゴの手はブレず、車を体の後方へ逸らした。充分な引き。車は急激に加速する。桶崎が投げた時よりも断然速い。だが、車は雨に打たれる地を跳ねて転がった。


 はっきりと雨の軌道が残る空間では、桶崎が駆けた痕跡が現れる。

 尋常じゃない速度で移動する存在を捕捉し続けるのは、生半可な集中力でどうにかできる次元ではない。優れた能力を担う箇所に致命的な損傷があれば、人類から畏怖いふの名誉を与えられたヴィーゴであろうと、桶崎の動きについていけなかった。


 とはいえ、人類を超越した動体視力を備えるヴィーゴだからこそ、空間を秒速で動く存在を捉える方法をいくつも持てるのも事実。瞬息しゅんそく、刹那、阿魔羅あまら。空間に流れる時間間隔を体得するヴィーゴには、桶崎との数時間に及ぶ戦闘の中で、空間で捉えた桶崎の捕捉地点をつなぎ合わせ、点から点へ移動する時間を割り出せている。

 癖や動きの特徴。それらを判断する機能が捕捉し合い、桶崎が次にどの位置へ現れるかを推測できる。予測にもとづき、結果と照合し、確信した。


 ヴィーゴはゆっくり歩き出す。周囲で神風かみかぜが巻き起ころうと、どこ吹く風と言わんばかりに一寸の動揺は見られない。

 たとえ、背中に埋め込まれた円盤の機械が機能を失った状態であろうと、先端が銅鐸どうたくの形をした、大地を割るほどの兵器が手元になかったとしても、ヴィーゴは桶崎をここで倒す自信があった。


 桶崎はヴィーゴの周りをブーストランで駆け回り、目を散らせると共に、ヴィーゴの様子をうかがっている。あきらかに疲弊している様子ではあったが、放つ雰囲気は闘気の香りを漂わせていた。


 ここから先はなんの作戦も立てていない。どちらが敵を狩るか、瞬間の勝負だ。負傷する敵の出方を見ながら、どうやって攻撃をするか手札を選んでいた。それだけ、桶崎は自分が今優位に立てている手ごたえがあった。


 確実に敵の息の根を止めること。あらゆるシナリオを想定しつつも、時間をかけるのもよくない。せいぜい1分が限界だろう。限られた時間の中で想定しうる状況を頭に留め、対応をシミュレートした。


 ヴィーゴの動きに合わせて間合いを取っていた桶崎は、電撃を辺りに散らしていく。それは攻撃のためではない。ヴィーゴの視界をさえぎるためのもの。閃光が散らばり、ヴィーゴの周りで青の光線が飛び交っていく。

 桶崎が「リプライスオーダー」と呟くと、シールドモニターの左下隅に『replace order attestation』と数秒表示される。機体スーツの左手首の内側が開いた。装備されていた銃が外れ、地面に落ちる。腰に携行していた小型の銃を持ち、可動するグリップを折って手首の穴に差し込む。

 動きながらであれば、少なからず照準はブレるはずなのだが、人の目には捉えられない程度。経験と訓練に裏打ちされた制動力と空間把握能力により、照準はしっかりヴィーゴを捉えながら射撃された。


 電撃が宙を翔け回る音に混じって、3回の銃声が重なる。電撃の音が混じろうとも、音を弁別できる。音にある違いと発生源との距離と方向。刺激的な重音を認識した瞬間、ヴィーゴは俊足を走らせる。桶崎は反応できず、左腕を掴まれた。


 桶崎は強引に腕を引っ張られ、体がふわりと浮いてしまう。ヴィーゴは桶崎を掴んだ右手をおもいっきり引くと、上へ回し、地面へ叩きつけた。


 桶崎の体は物理的に機体スーツで保護されているものの、感覚補助機能により、生身で受けたように感じてしまう。

 ヴィーゴは更に桶崎を振り回し、5回ほど横に回して手を離す。

 桶崎はなす術もなく吹き飛ばされる。飛ばされながら、ヴィーゴが直進してくるのを視認する。桶崎は電撃を放つ。雨をもろともせず、太い電撃の筋がジグザグに伸びていく。

 加速したヴィーゴには、電撃を避けることなど赤子の手をひねるようなものだ。電撃は行き場を失い、宙で散る。ヴィーゴはまだ宙を飛ばされる桶崎に迫り、横腹を蹴る。桶崎は顔面から地面に打ちつけ、転がっていく。


 桶崎は仰向けで止まった。降りしきる雨。絶えまない雨音が鼓膜を揺らす。

 暗闇から降り注ぐ雨が痛覚に染み込んでいく。冷たく、それでいて後にくる少し温かい感覚。息は掠れ、鈍い痛みが体の奥で蓄積している。鈍い痛みは水を吸って重くなっていくみたいだった。


 ヴィーゴは倒れる桶崎に歩み寄り、首を掴んで持ち上げた。軽々と2メートルの巨体を持ち上げたヴィーゴは、めいいっぱいその体を掲げる。桶崎の顔を見上げ、瞳を交わす。恐れ、悲しみ、憎しみ。負の感情が死の間際に色濃く表れる。


 ヴィーゴにとって、人間の表情は実に興味深いものだ。

 特殊な音波でも発しているのだろうか。そう思えてならないくらい、この地球の生物は情というものを如実に伝えてくる。

 特に人間という知的生命体は顕著だった。それを敵に伝えたところで、なんの実りもないというのに。意思を通わすような関係ではないというのに。それを見れただけで、ヴィーゴは満足した。


 ヴィーゴは空いている左手で、黒い爪のある指を細やかに動かした。先の爆発による衝撃により、ご自慢の黒く長い爪は折れているところもあった。

 それぞれの爪の長さは均一でなく、不格好で締まりがない。はらわたと身をほじくり、存分につまみ食いをした後、捧げるべき神格のあるじへ持ち運ぶならば、魚を綺麗に食べるように、骨以外の物を綺麗に切り分けたかった。

 ヴィーゴはグッと左手を広げた。すると、爪が指から離れ、パラパラと落ちる。爪が剥がれ落ちた指の先は湿り気のある肉厚の細胞がお目見えしている。肉肉しい細胞と皮膚の境目、そこから這い出るように新たな爪が生えてきた。


 桶崎はできる限り動かせる目線で、その様子を視界に捉えた。

 ヴィーゴは桶崎を引き寄せ、狂気的な美しささえ感じさせる、長く生え揃えられた爪を確認し、小さな吐息を零す。そして————ためらいもなく、硬そうな機体スーツに突き刺した。

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