karma5 冥界ディストピア

 攻電即撃部隊ever5は流星ジェットの後部で待機していた。

 悪天候のためか、流星ジェットは時折揺れを起こしている。隊員たちは機体スーツとARヘルメットを装備し、片膝をついて留まっていた。


「これから君たちには岩手県に下りてもらう」


「見回りはどうされるんですか?」


 下田隼しもだしゅん隊員は予想していなかった斎藤司令官の指示に疑問を投げる。


「見回りは攻電即撃部隊ever6に依頼することにした。岩手は攻電即撃部隊everを2部隊で要警戒し、他の見回りは攻電即撃部隊ever6と初動防戦部隊に警戒を促し、協力して巡回にあたってもらう」


「相当な数なのか?」


 斎藤司令官の指示から察せられる切迫感を耳朶じだに受けた蓬鮴ほうごり隊長は、低くくぐもった声で尋ねる。


「いや、いつもの大群の数くらいとはみている。だが、こちらで把握できたのは数だけだ。氾濫した川が街にあふれて、ブリーチャーが泳ぐに足る水位にまで達しているところもある。熱感応レーダーや水中もうレーダーが機能していないところがあれば、すでに陸地へ上がっている可能性を考慮しなければならない。避難所が襲われてしまう最悪の事態を避けるべく、攻電即撃部隊ever9に特に水位が高くなっている避難所の警備に加わってもらい、攻電即撃部隊ever5には街に潜んでいる、もしくは近海にいるブリーチャーを追い払うか、殲滅をしてもらいたい」


「追い払う? おいおい冗談だろ。斎藤さん、俺は殲滅しかやらねえぞ」


 附柴ふしば隊員はニヤリとほくそ笑んでオーダーを出す。


「ならブリーチャーを探し回ってくれ。やることはいつもと変わらん」


 斎藤司令官はため息交じりに答える。


攻電即撃部隊ever5。岩手上空に到着。これよりハッチを開ける」


 操縦士の音声が届くと、ハッチが開き、けたたましい雨と風の音が吹き込んでくる。


「頼んだぞ」


 斎藤司令官との通信が切れる。

 蓬鮴隊長が立ち上がり、各隊員も続く。


 蓬鮴隊長が先頭に立ち、暗がりに落ちた街へ飛び出した。

 後部ハッチから続々と隊員が飛び出す。風雨が舞う街を見下ろせば、一目で水の街へ変貌を遂げているのが分かる。

 街は時間と共に影に染まっていく。もうすぐ、この街にも夜が訪れようとしていた。



 各部隊に司令室からの指示を聞き、初動防戦部隊、特殊機動隊、自衛隊がそれぞれ連携の取れた任務を実行に移していく。

 桶崎謙志も与えられた持ち場につこうと、建物の屋根という屋根を伝い走っていた。雨は少しずつ弱まっている。が、水の量はどんどん増えている。


 すぐ近くに川があるせいか、水の流れも速い。水の量の増え方といい、流れの速まり方といい、変化は歴然であった。

 こうも水位が高いと不用意に道へ下りられない。また水量も相まって足を取られる可能性がある。この状況の中、安否確認をしたり、行方不明者の捜索をするのは骨が折れるだろう。


 ふわりと向かい風が体にぶつかってくる。辺りも暗くなり、気温もだんだん低下してきている。

 攻電即撃部隊ever隊員が機体スーツを着ている状態で、外気の温度が低い場合、機体スーツの感覚受信機能により、肌感覚を感知できる。しかし、ほんのりと冷気が感じられる程度のため、雨に濡れ、風が体を吹きつけようとも、機体スーツ内部の高温多湿の環境に冷気は呑み込まれる。

 防寒に優れている機体スーツのため、寒さによるパフォーマンスの低下は極限まで抑えられていた。


 空がもうすぐ夜を告げようとしていたが、辺りに明かりが灯っている家は少ない。この辺りの住民のほとんどは避難所に向かったのだろう。


 桶崎隊員は横に長い平屋の屋根に着地する。そこで立ち止まり、周辺を見渡す。

 明かりの少ない夜の街。雨が弱まっていくことは良い知らせなのかもしれないが、水に侵された街が余計にさびれているように感じた。

 その時、遠くで雷轟らいごうのような激しい音が聞こえた。視線を振ると、かすかな空の明るさに浮かぶ建物の影の隣に、ゆらゆらと立ち昇る筋が映った。ARヘルメットが透過性視覚機能に切り替わり、ズームする。赤いシルエットで示された対象が1つ。まさしくブリーチャーの姿であった。


 桶崎は発見したブリーチャーの下へ向かう。

 走りながら耳の辺りに手を添える。ARヘルメットのシールドモニターに『e9 KO ▷▷▷ all』と表示される。


「こちら桶崎。花巻市エリアKにブリーチャー属を発見」


「数は?」


 斎藤司令官がかぶりつく勢いで情報を引き出そうとする。


「まだ分かりません。今から確認します」


「確認でき次第報告してくれ」


「了解」


 桶崎は気づかれないよう住宅地を彷徨さまようブリーチャーに接近を試みる。


 桶崎はコンビニの屋根に飛び移ると、ブーストランに制限をかけた。機体スーツの首元の光が消え、薄暗い景色に体を染める。

 桶崎は周りを注意深く観察する。シールドモニターが透過性視覚機能に切り替わる。新築だったであろう住宅はぺしゃんこになり、住宅の瓦礫が山のように積み重なっていた。そのほとんどが水に浸かっている。


 周囲を見回して、住宅を破壊した犯人を探す。すると、すぐ真下の水の中に大きなシルエットを捉えた。

 体をくねらせ、長い触手を広げて泳いでいる影。周辺を物色しを終えたのか、ブリーチャーは迷うことなく、どこかへ向かっているようだ。

 桶崎はブリーチャーの後を追う。


 ブリーチャーの数を把握する方法はいくらでもあるが、ここで戦闘になればそれどころではない。現状、ブリーチャーの大群が迫っていたとの情報が入っている以上、隠密に数を把握した方がいいと桶崎は判断した。


 桶崎は突然追うのをやめた。瞳を開き、真っすぐ見つめる。シールドモニターは画面を引いて街を眺望ちょうぼうする。

 街は。30、いや50はいる。赤いシルエットたちは人気ひとけのないのをいいことに、悠然と街を徘徊していた。

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