karma4 姿見えず

 ブリーチャー警戒速報が各個人の携帯に送信され、けたたましく鳴り響いた。

 避難所となっている建物では追い打ちをかける不安材料が明示されたこともあり、住民たちは戸惑いに揺れている。


 ブリーチャーの被害から守るべく、建設されたシェルターは主に地下に作られる例が多いため、洪水被害が重なった場合、たいていのシェルターは使い物にならない。ならばブリーチャーから身を守る方法は1つとなる。ブリーチャーの巨体では入れない建物の中に身を隠すしかない。

 しかし、ブリーチャー属も巨体を持つものばかりではない。より一層の警戒をしなければ、甚大じんだいな数の死亡例が出てしまう。岩手県庁は岩手県警察本部に対し、特殊機動隊による避難所の警備を指示した。


 そうなると、ブリーチャー迎撃に割り当てる特殊機動隊の要員は少なくなり、実質初動防戦部隊と攻電即撃部隊everによる迎撃を行うことになる。

 それらのことを各部隊隊員は心に留め、ブリーチャーの大群を迎え撃とうとオペレーター、司令官の指示に従って、目的地へ向かっていた。


 桶崎と同期に当たる攻電即撃部隊ever9の町戸昌司まちどしょうじは、トラックの上に降り立った。

 水没する運送会社の倉庫。どこもかしこも茶色く濁った水が埋め尽くし、降り続く雨が水面に波紋を立てる。倉庫の敷地に並ぶトラックの数々もすっかり水に浸かってしまい、町戸が乗っているトラックも車体の半分が水の中に入っていた。


 町戸は遠方に目を凝らす。漂う流木と家庭ゴミが目立つが、ブリーチャーが迫っている気配は見受けられない。透過性視覚機能で辺りを見回すも、水中にもブリーチャーらしき姿は確認できなかった。

 その時、背後でゴンッと激しい音が1回鳴った。振り返ってその姿を捉えたと同時に、ARヘルメットが反応した。


「町戸!」


 町戸のARヘルメットに通信が入る。倉庫の屋根から見下ろす機体スーツが1体。ARヘルメットのシールドモニターが機体スーツを秒で解析し、金城箕六かねしろみろくであると示す。


「ブリーチャーは?」


「見えません」


 金城隊長も辺りを見回して確認するが。


「ここじゃねぇのか」


 金城隊長はARヘルメットの耳辺りのセンサーに触れる。


「こちら金城。岩手県宮古市、海岸まで2キロ地点の場所にいる。閉伊川へいがわが氾濫した箇所にいるが、ブリーチャーは確認できない」


「先ほど情報が入った。熱感応レーダーと水中網すいちゅうもうレーダーが一部働いてないようだ。もしかしたらブリーチャーは入ってしまっているかもしれん」


 斎藤司令官は苦虫を噛み潰すように口端をゆがめる。


「おいおいマジかよ」


「まだそうと決まったわけじゃない。奴らも警戒しているはずだ。近海でこちらの出方を見ている可能性もある」


「引き続き要警戒ってわけか」


「ああ、大変だろうが頼むぞ」


 金城は通信を切り、町戸に視線を下ろす。


「町戸、行くぞ」


「はい」


 2人はブーストランを発動させ、移動していく。


 周囲の背景は灰色に染まり、時折轟音と共に閃光を伴う。雨音は激しく、視界も霞んでいる。

 桶崎謙志おけざきけんしは水に浸かった足を曲げ、地を蹴った。パチンコ店の屋上に到達し、着地する。1メートルほど滑り、屋上に溜まった水が波打った。小さな波が幾重にも広がる。

 桶崎は背筋を伸ばし、屋上のふちへ寄っていく。人の声を拾った建物の屋上から見下ろせば、多くの人が水没した道路を歩いている。下半身のほとんどを水に浸けながら闊歩かっぽする、迷彩服の上に胴付長靴どうつきながぐつを履いている自衛隊員や銃を携行する特殊機動隊員が、ボートに乗る住民を運んでいた。


 ボートを囲いながら進む自衛隊員の周りを、特殊機動隊員が全方位を守備していた。

 自衛隊員と特殊機動隊員はおのおのゴーグルをつけている。これはARヘルメットに搭載されている透過性視覚機能を備えた特殊なゴーグルで、災害などで停電が起こった時のみ使用されている。だが、生身の人間がブリーチャーに対抗するのは難しい。なおかつ足場が水に浸かっている状態での戦いは劣勢に陥りかねない。


 水の中で圧倒的優位を誇るブリーチャーを水中でも確認できるだけのゴーグルをつけたとて、不利ならば死者が出るのは免れない。これを防ぐには移動式の水誘導みずゆうどう仕切り板を活用するのが効果的だ。

 移動式は携行でき、設置したい場所に設置できるだけでなく、高さも最大3メートルまで伸ばせる。長さも最大10メートルと適時調節が可能で、地形によって設置できないということはほぼない。


 これによりブリーチャーは簡単に侵入できなくなり、安全ルートを確保できる。ただし、移動式の水誘導仕切り板は固定式よりも不安定なため、ブリーチャーの攻撃における耐久性は確実なものとは言えない。あくまでも時間稼ぎのたぐいだ。

 更にブリーチャーの触手は、水誘導仕切り板の高さを軽々越えるため、触手による攻撃を防げるわけではない。それでも目視による攻撃と侵入を防ぐことができる点は有用であるとして、各自治体の警察署に配給されていた。

 ブリーチャー警戒速報が出されたこともあり、自衛隊と特殊機動隊は現状万全の対策を遂行しているようだ。


 桶崎は4メートルの高さの屋上から辺りを見渡す。波は立ってないものの、辺りを埋め尽くす水にはわずかに流れが見て取れる。南へ下れば下るほど流れは強まっているようだが、それにしても先ほどより流れが速くなっている気がした。

 桶崎は眉間に皺を寄せ、普段は車が多く行き交うであろう道路と、のきを連ねる各お店の風景を見つめ、胸の奥でざわめきを感じていた。

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