karma9 迷える生命の音

 おそらく、このディアラスは子供のブリーチャーを連れて逃げようとしたのだろう。

 いずれ人間を食らう諸悪の子である。ならば、子もろとも葬ってやるのが情け。脅威を根絶やしにしなければ、平和が訪れることはないのだ。


 だが、四海の親指はまだボタンを押せない。機能に異常をきたした。機体スーツではない。生身そのもの————よりも奥にあるもの。また感覚的なものである。四海の胸は鼓動を早めていく。

 心音が脳天にまで届きそうなほど、近くで鳴っている幻覚に囚われ、呼吸が音を奏でる。機体スーツ内は熱がこもって暑いと感じるはずだ。それなのに四海の左手は、指先から肘まで冷感を持ち始めていた。

 目は開かれ、瞳が小刻みに揺れている。それは四海の左腕も同様で、構える機体スーツの左腕も震えが止まらず、照準がブレていた。



 防雷撃装甲部隊over7の古澤照紀ふるさわてるゆきは、仲間と共に対処していたブリーチャー属数体を駆除し終え、次の現場へ向かおうかと辺りに目を散らす。


 ARヘルメットのシールドモニターを通し、視界が捉えた光景。逃げようとするブリーチャー属ではない。古澤が捉えた少しの違和感。

 野垂れたブリーチャー種に銃を向ける攻電即撃部隊ever機体スーツだった。これだけなら特になんとも思わなかっただろう。しかし、四海の機体スーツから一向に射出音が聞こえない。数秒の制動されたがリアルタイムで流される状況というのは、常人の速度で戦うウォーリアには異常な光景に見えたのだ。


 その最中、攻電即撃部隊ever機体スーツの背後へ忍び寄る魔の手。名をソルピード。体長5センチ程度のミミズっぽい外形をしている。どれだけ重いものをせようが死なない水のような動きをする軟体生物だ。

 捕獲方法はいたって単純である。丸のみ。

 ソルピードが気づかれず四海の背後に近づくのはいともたやすい。辺りで耳をつんざくような音がひっきりなしに鳴っており、更に不意に訪れた濃霧が四海の思考を惑わせ、一時的な鈍麻どんまを引き起こしている。


 ソルピードは隙だらけの隊員の背後を的にし、目にも止まらぬ速さで巨大化した。体長5センチから3メートルに急速な巨大化をすれば、いびつな怪音が鳴ってしまう。

 四海は妙な音を感知し、振り返る。が、その時にはソルピードの口腔が頭から降り注いでいた。四海の目は大きく見開かれ、なす術もなく飲まれようとする。


 ARヘルメットに、ソルピードの湿った唇が触れたのと同時。ソルピードの体が横に振られた。ソルピードの巨大化した体が地に横たえる。

 ソルピードの体はみるみる液状化して消滅していく。残ったのは赤く燃え上がった鋭利な針。長さ30センチほどの針は地面に刺さっており、禍々しく赤を灯しながら地面に広がる液体を沸騰させていた。


 四海は少しの間、止めていた息をした。


「四海か」


 四海の視線がゆったりとした歩みで近づいてくる古澤に向けられる。


「あ、ありがとう」


「体調でも悪いのか?」


「いや、そういうわけじゃ……。ごめん、助かったよ」


 古澤はいぶかしみながらも四海から感じ取った異変を口にせず、そばで死傷するもう1組の死体に目を移す。

 大きなムカデと形容するに相応しいその様。まともに百もの足で移動できず、野垂れる生物のかたわらには、赤ん坊のブリーチャーが息もからがらに鳴いている。


「ディアラスにブリーチャー属の赤ん坊か。赤ん坊の方は旧態か?」


 古澤は瀕死のディアラスと赤ん坊に銃口を向ける。

 銃針じゅうしんと呼ばれるウォーリア専用の武器は、爆燃により弾の代わりとなる針を飛ばすと共に、前もって熱せられた合金の針が細胞を焼く。そのためか、銃床となる部位の外被がいひに結露が起きている。

 重厚なデザインと1メートルの長さを誇る黒い銃は、怪物のような声を上げながら発射の時を待ち、そして。


 射出された。ロケットランチャーでも発射したかのような爆音を響かせ、2つの針はディアラスと赤ん坊を絶命させた。


「ほら。さっさと終わりにすっぞ」


 古澤は励ますように四海の背中を軽くはたき、移動していく。だが四海は、その場から動けずにいた。

 ディアラスはまったく動きもしない。赤ん坊も鳴かなくなってしまった。

 四海の心を満たす、やりきれない思い。今までやってきたことすべてを揺るがしていく。細めた目は悲しみを帯びて、数秒の後、四海は2つの死体に背を向けて歩き出した。



 多良間島奪還合同任務は無事完遂に終わった。死者もなく、上出来と言えるだろう。

 隊員の顔にもささやかながら笑顔が見える。成果を上げた隊員たちは本来の持ち場へ帰還するが、防雷撃装甲部隊over7は東防衛軍基地へ向かう流星ジェットに搭乗した。


 機内で話を聞けば、防雷撃装甲部隊over7の隊員たちはこれから休暇に入るらしい。わざわざ部隊の入れ替えまで申請したのは、古巣である東防衛軍で余暇を楽しみたいとの彼らの強い要望があったからである。

 ならば、帰りに同じ訓練に参加する攻電即撃部隊everの流星ジェットに乗った方が効率がいいと、防衛軍上層部の計らいがあって実現に至った。


 流星ジェットが着陸ポートからエレベーターでドデカい格納庫に降りてくる。その遥か下、地下11階の攻電即撃機保管室の別室、機体スーツ脱衣室——通称機脱きだつ室では、隊員たちがぞろぞろと進行していた。


 銀青ぎんじょう色が彩る内部はハイテクな工場然としていた。いつも隊員が任務終わりに見る風景。ノスタルジックにふけ防雷撃装甲部隊over7のメンバーの一部は、まるで遠足に来た子供のように声を高鳴らせている。普段から玲瓏れいろうなる凛々しさを纏う生島の表情も、和らいだ色に染まっている。


「今日もいっぱい働いたわ」


 東郷は喉奥から息を零しながら呟く。


せわしなかったね」


 丹羽は額に光る汗を首にかけた赤いタオルで拭いながらこたえる。


「ほったらかしにしてれば数も多くなる。むしろ2時間で済んだことに驚きだ」


 防雷撃装甲部隊over7の川合雪かわいゆきは、凛々しい顔つきながら少し疲れの見える表情で言った。

 3人が仲良さげに話している後ろでは、氷見野といずな、そして生島がほのぼのとした会話を繰り広げる。そしてまた、その後方を歩く四海と藤林隊長。藤林隊長はジトリと澱んだ視線を生島たちに投げている。


「いいよね~休み。長期の休みなんていつ取らせてもらったか覚えてないや」


 そう言いながら視線を隣に投げるも、四海はこたえてくれない。


「ね、瑛人君」


 四海は下を見ながら歩くだけ。黒い髪から覗く瞳は影をかけている。


「もしもし?」


「え、あはい、なんですか?」


「大丈夫? 古澤からも聞いてたけど」


 四海は薄く笑ってみせる。


「ご心配をおかけしました。僕は、大丈夫ですから」


「そう? ならいいんだけど……」


 藤林隊長の女々しい愚痴やら妬みやらが再開されるが、四海はまた物思いに沈んでいった。

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