karma8 戦士は地を濡らす

 ブリーチャーたちは臆する素振りもなく、果敢に向かっていく。

 これは不意の奇襲に冷静さを失い、自棄やけを起こしているからではない。された戦術の1つである。

 地には残骸。ブリーチャーのふんで焦げ茶色に染まる道路に、衝撃で舞った土が被る。グロテスクな姿をするブリーチャーが体をこすりつければ、背景に溶け込める。たとえ妙なピンク色の肌をしたミミクリーズでも。

 待機するミミクリーズはしばらく動きを止めていた。じっと、獲物が近づいてくるのを待っていたのだ。

 ミミクリーズは標的を捉え、機体スーツの背中に向かって細い触手を飛ばした。


 クロスボウの弦により飛んだ矢のように、ミミクリーズの細い触手が機体スーツとARヘルメットの境目を狙って伸ばされた。

 その時、赤い機体スーツを着たアメリカの隊員は、背後で激しい突風を感じる。それ以外にも、鳴り風の中に混じるいびつな音を聞いた。

 碧色へきしょくの瞳が背後に向けられると、ミミクリーズが体液を流しながら地に伏しているのを捉えた。その近くで煌々こうこうとする剣を振り切った日本の機体スーツが、切先を下ろして辺りを気にする。


「Thank you, izuna!」


 いずなは軽く手を挙げて他のブリーチャーの討伐に駆け出した。


 氷見野は四海と藤林と共に多良間島の北西に回り、ブリーチャーの殲滅任務を順調にこなしていた。

 アメリカの赤い機体スーツ軍団や飛行隊の援護射撃により、ブリーチャーは悪戦苦闘している。


 広く平地が続く見晴らしのよい場所なだけに、どこにブリーチャーがいるかも分かりやすい。建物も雑木林も少なく、超高速で走る機体スーツにとっては動きやすい戦場だった。

 速度をもたらす女王がいるのといないとでは大きな違いがある。その違いを実感しながら、それぞれの隊員たちは激烈なまでの雷撃を撒き散らし、ブリーチャーたちに向かっていく。


 光速を翔ける弾は、ブリーチャーの厚く弾力性のある皮を例外なく貫いた。

 機体スーツの特性によりブレを軽減させているが、それでも数ミリ程度のブレを起こしてしまう。

 照準を合わせようとよく狙うよりも、早撃ちの要領で撃った方がブレは少なかった。

 銃撃を苦手としていた氷見野の腕は以前より上がってきたこともあり、レーザー銃を使うことが多くなった。成果を試しつつ、刀と電撃でブリーチャーの攻撃をあしらっていく。


 触手を持つブリーチャー、ベルリースコーピオン、ミミクリーズは氷見野の動きを止めようと触手で捕まえようとするが、細かい動きに素早い華麗な攻撃によりさばかれてしまう。

 すばしっこい機体スーツに夢中になるブリーチャーほど狩りやすい。経験則により知る、濃厚な青で染める機体スーツが激しいレーザー銃を放ち、一網打尽にする。


 一山ひとやま抜けた氷見野は辺りを見渡す。佇んで悠然と見回せるほど、氷見野は少しずつ緊張と冷静のバランスを保てるようになっていた。

 ARヘルメットは辺りに散らばるブリーチャーを数体確認する。氷見野は戦いの激しい場所を見定め、ブーストランで駆け出す。


 けたたましい鳴き声と銃撃音。周辺に漂う爆炎がもたらした、火薬臭と煙をかき消すような稲光があちこちで発現する。かすかに映るは影。死に伏した巨体は地に帰るか。地は体液を吸い続ける。

 良性悪性を問わず、この世の原理に委ねるままに。敗した肉体は何も見ず、眩しい光を浴びる。天道へ通ずる光に誘われ、わずかにある意思は異次元の光海こうかいへ旅立つことだろう。


 戦況は決まったようなものだ。土地を失えど生きることはできる。ブリーチャーは示し合わせたかのように海へ逃げ始めた。もっとも、殲滅を目的とする人間がそれを許すはずもない。恐れをなしたブリーチャーを追いかけ、背後から脅威の元凶を容赦なく抹殺まっさつする。


 晴天から降り注ぐ殺戮の弾丸は海にも注がれ、飛沫を噴き立てる。

 海面は淡く黄緑色へ染まりゆく。海面にできた黄緑色の膜は波に揺られるたびに薄くなり、跡形もなく消えてしまう。


 ブリーチャーの占有下にあったにもかかわらず、立派な生命力で生きながらえてきた緑も、今や戦場の火器に呑まれ、燃え上がっていた。数々の生と死を分かつ。

 退廃か希望か。共存することもできない。それもまたこの世の摂理である。何千何万と築かれた年月は、すでに天文学的数字にまで上っている。


 空と太陽が映し出すのは、事実だけである。誰のためでなく、ただただこの世界にあるシステムが、原因から導き出した結果に過ぎない。


 世界に生まれた者は、システムが導き出した結果を受け入れ、歩み続けた。それが運命であると。そして、今日も原因と結果の中にいる。因果だけが、この世界を映す。だが、因果の中には組み込まれない物は存在している。それらみ取ることができるのは、ある次元を感じ取る能力を持った者だけ。


 ブリーチャーを追い立てること1時間半。多良間島で鳴り響く戦禍の音は収まりつつあった。

 四海は地を這って動くことを特徴とするブリーチャー属の動きを鈍らせた。ブーストランで近づく必要はない。筋肉をことごとくいためつけられたブリーチャーに逃げる力などなかった。


 ムカデを模するブリーチャーディアラスは百にもなる軟性の足をぎこちなく動かしている。移動もままならない状態。ディアラスの後ろ——距離にしておよそ10メートル。

 充分に的を絞ることができる。小さな翼を持つ左腕は真っすぐ伸ばされた。左手の甲の上にある銃口がディアラスの平たい巨体に向いた。


 機体スーツの腕の中にある親指がグリップの上のボタンにかけられた時、四海の耳がか細い声を聞く。ディアラスの鳴き声よりも高い音。風が鳴いたわけではない。

 四海の視線は散らされ、すぐにその音の元を特定する。


 ディアラスの脇で、小さな体を上下させる生物。ブリーチャーだが、あまりに小さい。体長50センチほどだろうか。息をするのもやっとという感じで、苦しそうにか細く鳴いていた。

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