karma5 出る幕なし

 バースは隣で動揺を隠せない関原を盗み見てしたり顔をする。


「見事な物でしょう? 人間の手をわずらわせず、平和を取り戻してくれるロボット。人間と違って代えが利きますから、いくら負傷しようとも機能が停止するまで戦い続けることができる。動力源である炭化アルミニウムイオン電池による最大利用時間は5年。一戦の間に切れることはまずありません。人を戦地におもむかせる必要もないことも踏まえれば、これほど人道的なアンドロイドはないと思いませんか?」


 バースの皮肉めいた言葉が日本の要職の者たちを黙らせる。関原は厳しい表情で映像をじっと見ていた。


 その時、鬼平の耳かけイヤホンに通信が入る。鬼平はフック上のボタンに触れた。


「鬼平さん、なんか外が騒がしいんだけど、まだ出なくて大丈夫?」


 事情を何も知らない藤林隊長の声が雑音交じりに聞こえてきた。


「ああ、まだ待機だ」


 鬼平の睨みがちな目が窓に投影される映像に向く。


「今日はずっと待機で終わるかもしれないがな」


「は?」


「とにかく、今は待機だ」


「はあ……分かりました」


 藤林隊長は腑に落ちない様子で通信を切る。


「何かあったんですかね?」


 完全装備で待機している四海は疑問を誰ともなく投げかける。


「アメリカの連中がやり合ってんじゃねえのか」


 同じく完全武装の東郷は待ちくたびれた風にしぼんだ声で言う。


「いいじゃん。僕らが出なくていいんなら休めるわけだし」


 丹羽も機体スーツを身に纏い、ARヘルメットをつけて気楽に話す。


「せっかくやる気になってるのに何もせず帰んのもよぅ……」


 東郷はせないと言いたげにぼやく。


「下で何やってんだか……。せめてこっちに情報くれてもいいのにね」


 藤林隊長も同調する。


「じゃあなんでさっき聞かなかったの?」


 いずながすかさず指摘する。


「え、そりゃあれだよ……すごく忙しそうだったし」


「鬼平司令官の気迫に怖気づいたんでしょ」


「そんなことないよ~~もう、人聞き悪いなぁーいずなはぁ」


 藤林隊長はだらしない声で言い訳臭くおどけるも、床に取りつけられた同じベンチに座る氷見野の耳に、いずなの嘆息がわずかに聞こえた。


 その間も、外では激しい銃撃音と遠雷が鳴り響いている。流星ジェットのハッチで待機する氷見野たちの鼓膜をも震わせる。氷見野はこのまま終わってくれても、という淡い期待を抱きつつ、藤林隊長が言うように外の様子を少し見たい願望も沸いてしまい、こもって聞こえてくる外の音に耳を傾けてしまう。

 氷見野は座っていられず、ベンチを立った。


「どうかしました?」


 四海が不思議そうに尋ねる。


「あ、いえ、このまま座ってると体がなまりそうだから」


「おおー、隊員のかがみだね!」


 藤林隊長は氷見野の姿勢を褒める。


「健太も見習ったら?」


 いずなはためらいなくいじる。


「え、僕いつもやってるじゃん」


「やってないでしょ」


 いずなは藤林隊長の主張を即刻否定する。


「いずな、僕はね、見えないところでそういうことをやってるんだよ」


 まるで子供に言い聞かすように話す。


「それ自分で言うヤツなのか?」


 東郷は腕組みをしながら藤林隊長の話に疑問を呈する。


「さ、私も少し体動かそっと」


 いずなはそう言ってベンチから立ち上がり、話に付き合うのをやめた。


「いずなが冷たい……」


 藤林隊長が隅でいじけだす。それでもいずなは無視してストレッチを始めている。


「ま、まあ、いずなも分かって言ってると思いますよ?」


 いじける藤林隊長を四海が慰める。


「いいんだいいんだ。別に慕ってくれなくったって……。攻電即撃部隊ever4の隊長を張ってやってる僕のこと、どうでもいいって思われてもさ……」


「どうでもいいなんて思ってませんよ。いずなだってちゃんと藤林隊長を心の底では尊敬しているはずですよ」


 4人は藤林隊長と四海が何か話しているにもかかわらず放置しており、ストレッチをしながら出動に備えるのだった。



 海に浮かぶように見える島、多良間島。元々は緑豊かな離島であった。ブリーチャーの占領下となって以来、草木は少しずつ枯れ始め、建物という建物が破壊された。貴重な文化的遺産も例外ではない。

 放牧されていた家畜も見当たらず、今や多良間島の名物は、残虐極まりない巨大な体を持つ生物たちの生態を知ることができるくらいだ。だがそれも過去となる。黒の基調とした機体が多良間島を駆け回り、大きな顔で入り浸っていたブリーチャーたちを殲滅していく。


「順調のようですね」


 鬼平は、大きな窓にはっきり映る多良間島からのリアルタイム映像を見ながら呟いた。


「そのようですね。この調子なら、あと15分もすれば完遂できるでしょう」


 ジルウィットは余裕げにブレイクタイムに移っていた。


「さ、お三方もこちらにお座りになってください。我が国で取れたコーヒー豆を厳選しブレンドしたロイヤルフレーバーコーヒーです。我が国では生産が追いつかないほど流行してるんですよ。どうですか一杯?」


 ジルは立ちっぱなしの3人をブレイクタイムに誘う。


「ではコーヒーだけ」


 鬼平は淡白に言いながらテーブルに近づく。

 その会話を聞いていたバースは椅子から立ち、脇にある小さなキッチンに向かう。


「そちらの方もどうです?」


「はい、では少しだけ……」


 ジルに促され、迷いながら答えると、片俣はテーブルに寄っていく。


「関原氏もどうです? 日本のグリーンティーには敵いませんが、我が国自慢のコーヒーもなかなか味わい深いんですよ?」


 関原は厳しい表情でジルたちの方へ顔を向ける。すると、意気消沈したかのように表情が緩んで、眉尻を下げた。


「ええ、いただきます」


 諦めたような口調でそう言うと、テーブルに向かった。

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