karma6 誇りは胸に

 群青のテーブルに白いティーカップが5つとポットが置かれる。実にほのぼのしい会が開かれていると感じられるのは、気品を放つ食器くらいで、お茶会を開くには不相応な面々が並んでいた。


 優雅な正装にも見えなくない輝かしいバッジや高貴な青の軍服を着ている者がいるかと思えば、隣にはよれよれの白衣を着る男もおり、更には普段着としても使える服で同じテーブルについているといった、一体どういった集まりかを勘ぐられても致し方ない光景が、機内の戦術中央調査室という威厳誇る場において繰り広げられていようとは、誰も思うまい。言うなれば最前線から少し離れた場所にある本陣で、指揮を執る者たちがお茶会へとしゃれこんでいるのだ。


 これほど場違いなお茶会を額縁に収めれば、世紀末の堕落を彷彿とさせる貴重な絵画に成り得るのかもしれない。

 これを早くも人類の勝利を確信したマヌケな者たちとしてあざ笑うか、内部事情のギクシャクした様子を感じさせる印象的な絵として捉えるかは個人の感性に委ねられるが、五感では収まりきらない何層もの感覚が漂っているこの場にいる者なら、この活かしたお茶会の正体を悟るのは難しくない。


「まだ出てきますね」


 片俣はウォーリアアンドロイドの視点映像を見ながら歳を重ねた音色を唱える。ジルは深みある芳香さを持つ微笑を口元に映えさせる。


「10年以上いた住処すみかですからね。ブリーチャーにとって重要拠点ではないにせよ、増え続けるブリーチャーにも土地が必要。海洋生物のように海で生活することはできません」


 ジルはコスモスをあしらうポットから艶やかな液体を空になったコーヒーカップに注いでいく。


「拝見していると、ウォーリアアンドロイドは自律型ですよね? アンドロイドがあれほど密な連携をできるとは……」


 片俣が賛辞を含めた驚きを灯すと、バースは人差し指を立てて喜色きしょくの声で語る。


「それぞれ4から5の機体がグループとなり、ネットワークを形成します。マルチコアを搭載した機体でネットワークを形成することにより、多角的なアプローチが可能となったのですよ。処理速度もハイパーコンピュータと同等、同等以上にまで高めることができます。ネットワークも瞬時に入れ替えが可能で、柔軟な対応で任務をこなせるのです!」


 片俣は息を巻くバースの饒舌さに困り顔をする。


「どうです? 我が国のウォーリアアンドロイドを買われた方が様々な面でお得かと。同盟国ですからお安くしておきますよ」


 バースは粋なことをしていると言わんばかりにあきない香りを鬼平に向ける。


「私には決めかねることです。大臣か総理に言っていただかないと」


 鬼平は淡々と返す。

 バースはまるでつまらない返しだという風に顔をゆがませた。そのブラウンの瞳が横移動する。視線が止まったのは、ティーカップを持ち、神妙な面持ちでコーヒーの液面を見る関原である。震える子ウサギを手なずけるには優しく撫でてあげるのが一番だろうと、打算的な考えが口達者な言葉に乗って撒かれる。


「関原氏、あなたから進言してはいただけませんか? 我が国のウォーリアアンドロイドを是非一度ご覧になってくださいと」


 鬼平は片俣を挟んで座る関原に軽く視線を流す。

 関原は神妙な顔つきのままバースを見ていた。それがほんの少しの間を持って緩んだ。


「ええ、お伝えします」


 関原の表情は柔らかな笑みに変わったが、とても本心から言っているとは思えないほどぎこちなかった。


 バースは両手を広げて大げさに喜びを表現する。


「ワ~オ! 関原氏センキューでーす!」


「おめでとう、バース」


「ありがとうございますジル」


 2人は互いに握手を交わしている。実質的に何か決定したという感じで祝杯を挙げる勢いだ。


「マイヤー司令官!」


 遊宴ゆうえんにも似る楽しげなお茶会に割って入る声。


「どうした?」


「こちらへ来てください。シャイロン整備士もお願いします」


 バースは気だるげに立ち上がり、ジルの後に続いて操作通信盤へ向かう。


「なんだ。また数体動けない程度で呼び出さないでくれよ」


 バースは小言をつらつら言いながら呼ばれた通信局員の下へ近寄り、画面に視線を振る。


「いえ違います。これを……」


 ジルも通信局員の男が差した画面を見つめる。


「なっ! なんだこれは!?」


 バースは開眼した瞳を凝らした。バースが考えたプログラムではあり得ないことが、画面に映し出されていたのだ。

 漆黒のウォーリアアンドロイド1体が、味方であるはずのアンドロイドを攻撃していた。しかも狂ったように味方を襲うアンドロイドに対し、他のアンドロイドは眼中にない模様で、抵抗もせず攻撃を受けていた。


「どういうことだ! バース、一体何が起こってる!?」


 ジルは取り乱しながらバースに問いかけるが、バースは放心状態だった。

 今見ている映像が現実とはどうしても思えなかった。どういう仕組みでこうなったのか。未知の計算式に首を絞められている気分だった。


「我々も、対ブリーチャー用の戦闘アンドロイドを試みたことがあります」


 2人が振り返ると、関原は大きな窓に映し出された画面の前に立っていた。


「戦闘アンドロイドは高性能で充分な効果を挙げてくれると期待が大きかった。今後未知なるブリーチャー属が現れたとしても、対抗できるはずと。ですが、アンドロイドには重大な欠点があります。強力ゆえに、制御コントロールを奪われた時が最も恐ろしい」


制御コントロールを奪われる?」


 関原はバースに向かって恐縮しながら残念そうな様子で伝える。


「ミミクリーズですよ」


 バースは恐怖に染まった表情で関原に近づく。


「バカな!? ミミクリーズの人体操作は、命令系統を司る脳に電気信号で……ッ!!」


 バースは自身が作り上げた計算式の欠点に気づいてしまった。


「そうです。彼らが操れるのは人体だけではありません。やろうと思えば、電気回路を持つものはカバでもワニでも、戦闘アンドロイドも操ることができる」


 関原は大画面に向き直る。


「他のアンドロイドがまったく抵抗しないのは、おそらくブリーチャー属のみを攻撃対象にするようプログラムされているからでしょう。ブリーチャー属の3D画像や映像を記憶させて、とかね」


 動揺が色濃く出たジルの顔が途端に晴れる。


「バース、手動に切り替えよう!」


「え?」


「手動に切り替えれば、ミミクリーズの操作から脱することができるかもしれない」


「あ、ああ……いや……」


 バースの表情は曇るばかり。


「そうしてもらえると助かります。ですが、ミミクリーズが操作する機体には無理でしょう」


「なぜ!?」


 わずかな唾を飲み込んでバースがか細い声を絞り出す。


「ミミクリーズの操作機能が、機体の意思系統まで及んでいるとしたら、手動に切り替える機能は破壊されているはずだ」


「そういうことです」


 関原がバースの主張に同調する。

 すると、バースは震える拳を抑え、凛とさせる顔を上げた。


「通信局員のみなさん、ミミクリーズの支配が及んでいない機体を手動に切り替える準備をしてください!」


 アメリカの通信局員が返事をし、ざわめきが木霊していく。その中、バースは息を吹き返したような勇ましい表情をジルに向ける。


「ジル、生体駆動式機動部隊メカナイザーを出動させてください」


「ああ、分かった。だが、ミミクリーズに操作されている機体はどうする?」


「破壊するしかないでしょう。こうなってしまった以上、仕方がありません。また対策案を練り、改良したウォーリアアンドロイドを作ります。必ず」


 冷静さを取り戻したバースとアメリカ国防総省特殊作戦軍が活気づいていくのを感じ取った鬼平は、マイク機能を持ったペンダントトップを持ち、口に近づける。


攻電即撃部隊ever3、攻電即撃部隊ever4、防雷撃装甲部隊over7、防雷撃装甲部隊over10、出動準備に入れ」


「全機伝令! 間もなく攻電即撃部隊ever及び防雷撃装甲部隊over生体駆動式機動部隊メカナイザーが投入される。敵の手中にあるウォーリアアンドロイド並びにブリーチャー群を防戦にとせ!」


 片俣も渋い声を高鳴らし、指示を飛ばす

 その時、背筋を正すバースが関原の隣に並んだ。関原は一瞥いちべつを据えると、荒れ狂う戦地を映す窓に視線を向け、鈍色の声音を口にする。


「申し訳ありません。恥をかかせるつもりはありませんでしたが……」


 バースは肩を揺らして小さく笑う。


「日本の方はすぐに謝りますね。礼儀正しく思いやりがあり過ぎます」


 バースは前を見据え、吹っ切れた様子で続ける。


「我が国の失態はこの世界の失態である。私の座右の銘です。それほどまでに、我が国は世界に平穏を取り戻す重責を担っているという自負があります。口では偉そうなことを言っていますが、他国の戦力がなければこの広い世界の安全を守ることはできません。アメリカと日本、どちらもブリーチャーの手に落ちることは許されません。もしそんな事態が起きることがあれば、私は死んでも死にきれない」


「僕もです」


 2人は硬い表情のまま地に倒れたウォーリアアンドロイド視点の映像を見つめる。ノイズが走り、画面がどんどん乱れると、暗転してしまった。

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