karma3 アメリカとの合同任務

 多良間島上空でエンジンの音が少しずつ近づいている。各機でウォーリア部隊隊員が機体スーツを着ていく。


 今回の任務の舞台となる多良間島は、立ち入り禁止・船舶接近禁止区域に指定された島である。

 ブリーチャーが世界に出現した年、各国から寄せられた被害情報をもとに、日本政府は対策に乗り出したところだった。既存の防衛体制で各島の防衛を強化したものの、当時すべての島に万全の防衛体制を敷くことはできないことが分かり、多良間島を含む約20の日本の島に危険指定区域を設けた。


 危険指定区域に指定された島は、上陸禁止、船舶・航空機での接近禁止となる。今やブリーチャーの住処となっている島を取り返すべく、軍事協定を結ぶアメリカと協力し、島の奪還を行っている。


 多良間島からおよそ5キロの地点に迫り、ジェット機や哨戒機がその場でグルグルと大きく旋回し始める。その中心には、変わった飛行物体が上空で留まっている。

 末広がりの二枚貝が開いたような構造の飛行物体は、異様ななりで機体の下から風音を鳴らして浮かんでいた。口の開いた二枚貝の下と上の間を大きな窓で機内と仕切る。その大きな窓の前で多良間島を遠望する人たちがいた。


 肩章をつける服を身に着けた群青色の制服を着たアメリカ人、よれよれの白衣を着る日本人、その他数十名のアメリカ人と日本人が機内で戦闘サポートなどの準備に入り、合同任務を指揮する両国の司令官、並びに両国代表の整備士はいよいよ開始される任務の行方を見守ろうとしていた。


「ブリーチャーの数と様子は?」


 鬼平は後ろを振り返って聞く。衛星通信から内陸の状況や全機体スーツの位置や異常探知などを把握することができる操作盤の前で、元航空自衛隊の情報総括員は、複数のタスクを見ながら答える。


「多良間島周辺に確認できるブリーチャー種およそ150体。休息または遊泳をしているようです」


「だいぶ減りましたな」


 したたかな顔つきにがっしりした体格。風格ある肩章けんしょうと、威厳をこしらえたマークが目につく帽子は、体の一部という具合に肌身になじんでいる。

 胸にはくすんだ様々なバッジが散りばめられており、筋肉質の胸筋が服の上からでもはっきりと認識できる。ジルウィット・マイヤー。アメリカ国防総省特殊作戦軍司令官である。


「何度も上空攻撃を仕掛けましたからね」


 鬼平はそう言うが、そこに長い年月をかけた達成感などは微塵も感じられない。


「ですが戦いの音を聞けば、ブリーチャーが集まってくる可能性がありますから、聞いた数よりも多くいると思った方がよさそうですね」


 ジルは隣に立つ鬼平に余裕げな笑みを投げる。


「ええ、海底に行けるブリーチャーは多くいますから。続々とブリーチャーが駆けつけてくることを踏まえ、戦いに備える必要があります」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに喜々としてジルが提案する。


「そこで私たちの兵器を使いましょう。無人潜水艇ZERO。上空から無人潜水艇ZEROを投下します。無人潜水艇ZEROが海上に着水後、少しずつ海底に潜り、海底から島を目指して進みます」


「ですが、着水した時に海に潜っているブリーチャーたちが察知し、避難されては意味がないのでは?」


 ジルの余裕ある笑みは鬼平の指摘に動じなかった。


「ブリーチャーたちが動く物体を感知できる範囲は半径1キロ程度です。着水時に海中に響いたところで、1キロ以上離れているブリーチャーには届きやしませんよ」


 参謀位の2人の後ろで聞いていた40代の日本人男性は、濃い眉を真横にしながら苦味を垂らす。


「着水時の問題は分かりましたが、海底を進行すれば気づくことは必至かと」


 那覇基地司令兼第九航空団司令の片俣紫藤かたまたしどうは、淡いオリーブ色の制服を着ており、いかにも軍の者であると主張していた。


「進行をすると言っても、無人潜水艇ZEROが進行するのは多良間島から3キロまでです。そこから魚雷イグナスSC-500を発射します。海中最高速度は時速1000キロ。1つまばたきする時には着弾し、近くにいたブリーチャーは海のもくずです」


「マイヤー司令官。準備ができました」


 アメリカの特殊作戦軍通信局員の男性は回る椅子を回転させて振り返り、ジルに作戦準備完了を告げた。


「ありがとう」


 鬼平はジルの隣から少し離れて首につけたネックレスのトップを持ち、口に近づける。


攻電即撃部隊ever防雷撃装甲部隊over。総員戦闘……」


「ああ鬼平君待ってくれ」


 鬼平が隊員に指示するのをジルが制止させた。咳払いをし、かしこまって話し出す。


「ウォーリアは機体スーツを着て戦います。しかし、ウォーリアであろうと無敵というわけではありません。実際、最近のブリーチャーの進化は目覚ましい。油断していては足下をすくわれかねません」


「何がおっしゃりたいのですか?」


 鬼平はいぶかしげに問う。


「ウォーリアは偶然生まれた新人類です。なぜ彼らウォーリアが誕生したのか、未だにわからないのが実情です。それゆえ、貴重な人材であり、簡単に補うことができません。ならば、ウォーリアを戦いに向かわせるのは最後の手段として取っておくべきではないですか?」


 片俣は驚愕の瞳を開眼し、異論の疑義に押されて口が走る。


「まさか、戦闘機だけで対抗するおつもりですか?」


「ふふふふっ……」


 鼻につく笑い方をする男——アメリカの機体開発者バーシード・シャイロンは、鬼平やジル、関原などが多良間島を遠望しているにもかかわらず、ここ、戦術中央調査室に設けられた真四角のテーブルの周りにある椅子に1人座っている。

 バーシードことバースは椅子を回転させ、後ろにいる男たちに横目を向けた。テーブルに肩肘をついたバースは、トレーナーにデニムという身なりをしており、見てくれだけでは何者なのか判断できず不可解極まりない。


「150ほど確認できるとはいえ、我々が攻め込めばもっと多くのブリーチャーがぞろぞろと湧いてくる可能性があります。すさまじい戦闘力を持つウォーリアでも、多勢に無勢となれば多くの死傷者が出てしまいます」


 片俣はバースの発言に唖然としていた。

 バースはねっとりした口調で続ける。


「我が国は、ウォーリアの危険の減少も考慮し、ウォーリアに成り代わる戦闘要員を作り出すことにしました」


 関原はバースを見る瞳を鋭くさせる。

 バースは椅子から立ち、両手を後ろで組みながらジルたちに近づいていく。


「ウォーリアに代わる戦闘員、ですか。日本では仮想光物質歩兵部隊VLMCがありますが、そのことでしょうか?」


 片俣は下がり気味の目尻に皺を刻むバースに尋ねる。


仮想光物質歩兵部隊VLMC。ふふっ、あの技術は素晴らしかったですよ。ただ一度発動してしまうと移動範囲が限られ、起動するまでに30分を要してしまう欠点があります」


 男は多良間島を見渡せる窓の前で止まり、嘲笑ちょうしょうをはらんだ視線を隣にいる関原へ注いだ。


「我々が開発した武器は、優れた利便性と高い能力を発揮します。ウォーリアにも負けない、です」


 関原は男の視線が挑戦的なものだと感じ、身を緊張させる。


「まあ見ていてください。日本のウォーリアのみなさんのお手をわずらわせる必要もなく、多良間島を取り戻してみせますよ」


 ジルはインカムのマイクのスイッチを押す。


「作戦を開始しろ」

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