karma21 目覚め
ブリーチャーの大群が日本に攻めてきて4時間が経過。未だ北海道の各所でブリーチャーたちとの交戦が続いていた。これは住民に4時間もの間、不安にさせていることを意味している。各地下シェルターなどに身を隠しているとはいえ、居心地がいいとは限らない。
場所によっては定員いっぱいに入っているところもあり、不平不満の疑念が行き交うことだってある。時にはそれらが爆発し、いざこざに発展してしまうこともあった。そういった報告がある以上、防衛省は長時間の避難勧告を発令したくはなかった。
静川蒼梧の頭の中でそういった懸念がよぎるも、現状隊員に任せるしかない。これ以上の悪化がないことを祈りながら、ただモニターを見つめるばかりだった。
幾度となくこの地を踏み、同じところを
数十分の間に錆びてしまった軽トラ。散乱した廃材。穴を空けた建物。また1つ、朽ちてしまったものが出たようだ。建物と車は煙を出して発火し、崩壊した一軒家にも燃え移っていた。
火は突然疾風のように駆ける者に煽られる。生物の動きはまだまだ衰えない。藍川の視線が横へ振られる。ボロボロの
生物は不規則な動きで縦横無尽に走りながら、
生物の視界から
藍川は戦闘中にもかかわらずよそ見をする。電柱を抱えたまま身を屈めている琴海。
信頼していた。だから何も言わなかった。思いついた作戦を。
一端引いて状況を整える手もあったが、ブーストランが使えない状況では俊足を使いこなす生物から逃れることは難しかっただろう。
生物は起き上がり、最短距離で藍川へ突進を試みる。
藍川の才能は化物の疾走をもろともしなかった。藍川は生物の突進を軽くかわす。生物は切り返し、火の揺らめく動きに劣らない速さで再び藍川に攻撃をしかける。
拳が藍川に向かうがそれは一刻。邪魔な衝撃が軌道を逸らす。鉄筋が生物の拳の勢いを殺した。
生物は腰をひねり、蹴りが回る。藍川は腕でガードするしかない。引かれた足で蹴りを繰り出され、藍川の体は吹き飛んでしまう。地面を転がるがすぐに体勢を整える。反撃しようとしたその時、武器にしていた鉄筋が折れた。
生物はやっとできた隙を突こうと最速を出す。
藍川の前で速さに意味はない。誰にも観測できなかった。藍川の最たる力。生物の姿は見えないものの、藍川の視線はしっかり生物の動きを追っている。
異常な速度にある状態では、ウォーリアの脳でも正確な視覚処理を行えない。ARヘルメットの機能により補正されている。
異常な速度で動く物を捉えるだけなら、藍川や琴海がやってみせた電場による気配の察知で事が済む。
生物の高速の走りにより藍川との距離が詰められる。
再生可能な細胞を持ち合わせる生物といえど、痛覚を外すことはできない。優れた能力があるからこそ、備わったデメリットが身を
焼かれる痛みを知り、生物の金切り声は業火に消えゆく。
藍川の感覚は鋭さを増していた。火の揺らめきが逐一入ってくる。もはやARヘルメットが補助するまでもない。超感覚に目覚めた今の藍川には、視覚補助機能など飾りでしかなかった。
琴海は上体を伸ばした。生物が圧倒される姿を焼きつけ、藍川の力に目を奪われると同時に、この戦いに終止符を打ったと思ったから。
しかし、藍川にはそう思えなかった。火炎に消え失せた悲鳴を聞かずとも、
火の包囲に
藍川はもどかしさをたたえた視線を生物に差した。
生物は体中から白い煙を放ち、ふらつきを伴い立ち上がる。息を絶え絶えにしながら生物の眼光に闘志は
不屈すら感じさせる生物の戦意。ただ食欲を満たすためだけに、身を粉にして戦うことを望むだろうか。藍川の脳裏に浮かんだ疑問。この状況下で考えることではない。生無くして欲無し。本能としても、生から外れることはない。ひとまず納得させるも、これがブリーチャーと同系種なのかとさえ疑っていた。
生物は藍川に正面を向け、両手を握りしめると、体をのけ反らす。歯を食いしばり、体を震わせた。次の瞬間、生物は天へ咆哮を上げた。荒々しい遠吠えが空を突き抜けていく。
敵を怯ませるためのものではない。自身を奮起させることに割いた行為である。この身朽ち果てようと、絶対的存在への忠誠、生存意義を証明する。
確固たる目的を果たした時、この命は
走行の初動。
人体的構造上、走り出す時には必ず予兆がある。例えば、体が走る方向に傾く。出す足が浮くなどだ。だが、生物の動きにはそれがなかった。今までとは違う、走りの初動だった。
生物が確認できた場所から、残り
タイミングを掴むことも許さないおもい切りのいい突進を、藍川は受け流すしかなかった。とっさに伸ばした両手が生物を止めるも、急激に加速した生物の突進により、藍川の体は飛ばされてしまう。
藍川が着る
藍川は、生物の槍のように突き刺さんとする両足を避けるため横に転がるモーションの際、ちょうど膝が地に接した瞬間、膝を曲げ、両手で地面を押して飛び起きる。
藍川が転がった先には、鉄箱から散乱した廃材。藍川はしたたかだった。目をつけたアンカーボルトを振り切った。生物の頬に強烈な一撃が入る。生物の体が地面を打つ。
間を入れず降りかかる重さ。足が潰されてしまいそうだった。
この時だけ、藍川の思考は一点のみに注がれる。地から生えた杭の上端。Uの字に曲がるそのアンカーボルトへ、最大限の力を加えるために。
月と重なる拳。
アンカーボルトは使い古され、錆びていた。茶色の色素は触れただけで手につく。生物の体を貫通し、更には奥へ押し込まれたことにより、体内の組織とアンカーボルトは擦れ合う。
生物の体が一瞬けいれんし、うめき声が鳴った。
藍川は後ろへ身を引く。
生物は全身の痛みに呆然としていたが、不吉な音が耳に届いた。眼前の右手。傾いていた外灯が角度を変え、自身の体へ飛び込んでいく。突き刺さったアンカーボルトへヒットした後、重量のある外灯の支柱が生物の下半身に覆いかぶさった。
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