karma3 青い女王への濃密な崇拝

 攻電即撃部隊ever4と防雷撃装甲部隊over7のお立会いが終わり、コントロールルームはまるで健診前の待合室みたいな様相に変わった。

 緩やかな空気が漂う部屋の中、東郷のだらりとした声が皮肉交じりに問う。


「高官のおつかいってのはこんなところで道草食ってるほど時間がかかるのか?」


 テーブル席につく整った顔立ちの男――羽地岳人はぢたけひとは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「ああ、なんでもアメリカとの合同任務の調整で会議するらしい」


「なるほど。そりゃ長引くだろうな」


 東郷は何か察した様子で納得した。


「まさか、2人だけじゃないですよね?」


 四海はこわごわと尋ねる。


「2人だけじゃなくてもこじれるだろ。こじれなかった試しがねぇ」


 東郷と四海と親しげに話す防雷撃装甲部隊over7の隊員。立ち合いの後に生島がちゃんと紹介してなかったと言い、自分の部下を氷見野に紹介していた。

 東郷と四海の質問に答える男は古澤照紀ふるさわてるき。ウェットな髪質だが、濡れているわけじゃない。イギリスとの混血ワンエイスなのだが、顔立ちが純日本人のために言っても信じられないと嘆いていた。


「あの……こじれるというのは?」


 氷見野は話の腰を折るようで申し訳ないという風におずおずと聞く。


「ああそうか。一応まだ新人だったか」


 話したそうな古澤の唇が笑みを見せる。


「国際防衛間の合同訓練・任務の場合には、日本の東と西の実務総統者が調整を行うんだが、重要な任務の際は任務の目的や役割を綿密に共有するために会議が行われる。ただ東と西の実務総統者は折り合いが悪い。顔を合わせればいがみ合いが始まるってわけだ」


「鬼平参謀と芝町しばまち参謀は政塾の知り合いなんだそうで」


 四海が補足してくれるが、また知らない単語が出てきて氷見野は反応に困る。


「政治学習塾。政界に携わったOBたちによって組織される民間の政治家養成塾だな」


 東郷はポカンと呆ける氷見野に説明する。


「鬼平さんって政界の人だったんですか?」


「ま、噂だがな。本人から聞いたわけじゃないから確かじゃないが、いろんな人が言ってるくらいだからそうなんじゃないか」


 曖昧な言い草だったが、噂話なんてそんなものだろうと氷見野は聞き流す。


「なんでも因縁があるみてぇでな。何かとぶつかるんだろうよ。収拾が大変だって事務局の連中が酒場で愚痴ってたそうだ」


 古澤は楽しげに話し、野太い声で笑う。


「俺たちも振り回されることもあるしな。まったく、大人ってのはめんどくせえ」


 東郷は口元に冷笑を浮かべて吐き捨てる。


「なんだあれ?」


 呟いた研究員は防護性実験室と隔てる窓の向こうを食い入るように見つめる。


「ん? おおう、すげえな。ありゃどんな芸当だ?」


 テーブル席についていた整った顔立ちの羽地岳人はぢたけひとは、顔を後ろに向けて防護性実験室で起こる、摩訶不思議な現象に興奮して声を上げる。コントロールルームにいた隊員たちの目が一様に防護性実験室に向いた。


 窓の奥では激しい電流の筋が四方八方へ飛び散る様がいつもの光景だ。

 ただ、帯電調整をしているXAキス隊長がいる部屋の中では、青い光の筋が顔の前に上げられた手の周りに見えるだけ。上げられた右手は肘まで白い光に包まれている。放電しただけではそんな現象が起こるはずもない。当然、初めて見る隊員は目を釘付けにするのだった。


 XAキス隊長の下につく攻電即撃部隊ever8の隊員たちは、各々複雑な胸中を顔に滲ませていた。

 喜びに満ちる顔は感涙を持って表れている。だがそれは、待ち望んでいたことが現実のものとなった喜びだけでは言い表せない。来たる惜別に苦悩し続けながら念願を手に入れる日を待ちわびたのだ。現に、ソファでXAキスの姿を静かに見守るエミリオの表情には、喜びの欠片もなかった。


 この部隊に入ることになった日。エミリオはキス・アロウシカと取り交わした内容を想起し、身の引き締まる思いと迷いが体の隅々まで流れていく感覚に囚われた。


 防護性実験室からXAキスが出てきたと同時に、待ちきれない様子で立ち上がった研究員はXAキスに伺う。


「今のはなんですか?」


 XAキスは、防護性実験室の扉の近くでXAキスを待っていた直属の部下から、布切れのような黒い手袋を受け取り、研究員の男に見向きもせず、顔を正面に向けたまま薄く口を開く。


「生受けし者が使ってはならない秘術」


「は?」


 研究員の思考を置き去りにしたXAキスは常時つけていた手袋をはめ、ゴーグルの奥にある視線をくいっと氷見野に注ぐ。すると、XAキスの足が氷見野へ向かっていく。異様なXAキスの見た目もあり、ソファに座る氷見野は困惑をたたえて身構える。


 XAキスが氷見野の前に立ち止まると、攻電即撃部隊ever8の隊員の数名がXAキスの後ろに並んだ。そして、先頭に立つXAキスひざまずく。後ろにいた攻電即撃部隊ever8の隊員もXAキスにならってひざまずいた。


「あなたはこの世界に光をもたらす存在。私たちは、あなたをずっとお待ちしておりました」


「え……」


 氷見野は隣に座っているいずなに目線で助けを求めたが、いずなは冷めた顔をしてXAキスたちを見ている。同じ部隊に所属している松下右趙まつしたうちょう高杉恵たかすぎめぐみも、部屋の端で引きつった表情を纏って傍観していた。


「今後、苦しい戦いになることと存じますが、決して闇に心を奪われないでください。私たちは、あなたと共に戦い続けると誓約いたします」


 妙な空気によって室内は時が止まったようだった。XAキスはゆっくり立ち上がり、攻電即撃部隊ever8の隊員を引き連れてコントロールルームを出て行った。

 その後を追って、新人の松下右趙まつしたうちょう高杉恵たかすぎめぐみは、氷見野に手を振って部屋を出ていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る