karma4 可憐な女王
司令官見習いたちが真夏の日差しと網の下から立ち昇る熱に汗を流しながら、分厚い肉を焼いていく。東西の防衛軍の合同訓練が実施される時に限って、焼肉をするという慣例があり、これを楽しみにする隊員は多い。
それを初めて聞いた西松が心底悔しがり、羨ましさのあまり騒ぎ立てる姿は見ていて少し面白かったなと、氷見野はミディアムに焼かれた肉を口にしながら思い出す。
わずかながらバカンス気分を味わう隊員たち。こうなると、気持ちが高まって海へ飛び出す輩がいそうなものだが、若い人ばかりではないし、大勢の前でお叱りを受ける姿を晒したい者はいないだろう。
さっきまで売り言葉で煽っていた
長年隊員の職に就いている者は顔見知りも多いらしく、昨日顔を合わせていたかのように盛り上がっている。
氷見野は横でいずなや
「ロラ・フローレン、東に出来たんだ。いいな~」
「通販で買えばいいじゃん」
いずなは稲坂のリアクションに素っ気なく返す。
「そうは言うけど、店舗があれば試せるじゃん! 買った後にやっぱ自分には合わないってなるのが嫌なの」
稲坂はいずなに唇を尖らせて不満と妬みの視線をぶつける。
見た目的にも今時の若い隊員らしい雰囲気が
「ところで
ふわりと柔らかで女性特有の声は
「ん?」
増山は同じテーブルにつく女性に瞳を向ける。無邪気な好奇心をはらむ瞳をした女性は、増山と同世代くらいの見た目。ダークブラウンのショートヘアの毛先は外に跳ねている。
「噂の彼は元気?」
「ぶふっ!?」
増山はコップに口をつけたまま噴き出してしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
隣に座る氷見野は増山の動揺っぷりに戸惑いながら声をかける。増山はコップをテーブルに置き、咳払いをすると、おしぼりで濡れた手を拭いていく。
「別れた!」
増山は何かを吹っ切るように声を大にして言う。
「ありゃあ~そうでしたかぁ」
そう言いながらも、栗畑の顔はニヤニヤしている。
「早かったなぁ~。惚気話を延々聞かされてた頃が懐かしいよ」
江藤はしみじみと呟く。
「惚気話なんてしてないし!」
増山は頬を紅潮させながら否定する。
「なんで別れたの?」
アジア的な妖美を持ちながら、背は低めで、とても成人した大人には見えない。それでも、その細い目から滲み出る大人の気品と物怖じしない直球質問などからして、彼女が25歳だと言われても納得できてしまう不思議な雰囲気を持ち合わせていた。
「……」
増山は口を閉ざして険しい顔をしている。
「浮気されたのよ」
「いずなあああぁ!!!!」
増山はいずなの暴露に嘆きの怒号を鳴らす。
「湊、心の傷を癒すには食べることが一番です」
増山の左隣から肉を一切れ口の前に差し出すのは、
「うぅ……ありがとエミリオ~……」
増山は涙声になりながらあーんと口を開けて肉を入れてもらう。
「そして運動。それを繰り返していけば、失恋の痛みも消えることでしょう」
エミリオは淡々と助言する。
「エミリオは優しいねぇ」
江藤は微笑みかける。
「誰にでも慈しみは与えられるべきです。神の
「っていうかさ、エミリオが恋バナに入るのってちょっと新鮮じゃない?」
稲坂は興味津々な様子でエミリオにスポットライトを当てる。
「エミリオって、好きな人いるの?」
リーヤンが食い気味に問う
「ちなみに、
栗畑が人差し指を立てて釘を差す。
「
「ほんとかな~?」
稲坂は卑しい笑みで疑念を向ける。エミリオは余裕げな微笑を口元に映えさせる。
「何を期待しているのか知りませんが、私も普通の女ですよ」
紙コップの底に手を添えて飲むエミリオは、ほのめかすように言う。ヤーリンも気になっているようで、エミリオに対する視線がキラキラしている。茶化したい気満々の稲坂と栗畑は、エミリオの恋愛遍歴を洗いざらい吐かせようと、猫なで声でお願いしていた。
「氷見野優隊員」
スポーツ経験など皆無で、
氷見野は素早く席を立ち、彼女の前で「先ほどはありがとうございました」と頭を下げて感謝を示す。
「そう肩肘張らなくてもいいわ。それより、少し時間いいかしら?」
女性は
「あ、はい」
江藤は困惑しながら首肯する。
「借りていくわね」
女性はいずなに視線を向けて断りを入れると、ついてこいと言わんばかりの背中を向けて歩いていく。
氷見野はじっとりと緊張を感じながら女性の後をついていった。
隊員たちがガヤガヤと話し込む場所から少し離れた砂場には、いくつかの大きな岩が見られ、そのうちの1つの岩のそばで、女性は腰を下ろす。
氷見野は隣に座るべきだと思っていたが、一応先輩の隊員で、今日が初対面だと思ったらどうしていいか戸惑ってしまう。
「座らないの?」
「あ、じゃあ、失礼します」
恐れ多いと
「まず、そうね……」
女性は薄いピンクの唇に軽く握った手を添えて考え込む。それはほんの数秒。視線を氷見野に戻して、真顔のまま口を開く。
「私は
「氷見野優です。三等陸曹です。
改めて紹介した氷見野は、再び頭を下げる。
「
「4ヶ月くらいですね」
「そう……」
生島は再び自分の世界へ入ってしまう。その表情は変わらず無表情。しかし、美しい顔立ちは、思わず感嘆してしまいそうなほど和の美しさが極限まで高められていた。生島は陰に隠れた砂の地を見つめたまま、おもむろに口を開く。
「あなたの放電、周りに気を配れてなかった」
「え?」
「もっと使い方を工夫すれば、強く力を加えられる。
突然指摘された言葉が脳天をこつんと突かれた気分だった。あんまり理解できていなかったが、どこか心当たりがあるような気がして、胸の中にジンジンと沁み渡っていく。
「あ、はい、ありがとうございます」
「……それと」
「はい……」
生島の視線が控えめにチラチラと向けられる。言葉の後を待つが、生島は困り顔になって、言いかけた言葉を呑み込んでしまう。
「……いいえ、なんでもないわ」
生島は透き通るような青の海に目を流す。短く切りそろえたショートヘアが柔らかな風に煽られ
氷見野は不思議な雰囲気を纏う生島の姿がやけに気になっていた。
線の細い華奢な体はぴったり張りつくスーツによって一目でわかる。それでも、長年の訓練と実務をこなしているだけあって、引き締まった体の節々に見られる筋肉の線はしっかりと出ていた。
女性にしては高めの身長だが、とてもか弱そうな体で
氷見野と生島は海が奏でる音に耳を傾けながら、2人して海を見つめていた。何か言うわけでもなく、穏やかな時を共にする。数奇な運命の悪戯に身を置かれた者にしか通えない、迷いや不安、喜びをひとまとめにしたものを共鳴させるかのように……。
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