karma5 無人艦隊
風を置いていく
海に浮かぶ護衛艦が
海上は物々しい雰囲気になっていた。河口付近の浜辺で、いずなと丹羽が海を見つめ待機している。
氷見野はスピードを緩めて歩く。
「島崎さん」
近くにいるいずなに歩み寄る。
「ブリーチャーは?」
「海上の様子の変わりようと、海中に放った網で警戒態勢に入った。今は網の前で旋回してるみたい」
「どうするの?」
「とりあえず様子見。あっちが侵入しないならこっちも手出ししない」
海から目を逸らすことなく、会話をするいずな。輝かしい海を前にする顔じゃない。
「戦わないの?」
「そばにある道路の封鎖も遅れてるし、住民の避難確認もまだ上がってきてない。ブリーチャーの動きに不確実性がある以上、下手な規制もできない。一番安全な方法は、海辺の道路をすべて封鎖して避難に徹することだけど、そんなことをすれば街の機能が滞る恐れがある。それをブリーチャーが接近するたびにやっていれば、街が経済的な崩壊を遂げるケースもありうる。私たちが守ってるのは人の命だけじゃない。円滑な経済活動も、私たちが守っているもの」
「……そうね」
護衛艦は外観こそ立派な形をしているが、船首側に近い船体の右舷側面に、『R103』との表記が見て取れた。氷見野はその表記を見て、あの船には誰も乗ってないと理解する。
あれは遠隔型護衛艦くうかい。横須賀基地から発信される特定周波数において、接続通信を可能とした対ブリーチャー護衛艦だ。操縦者は横須賀基地から操縦できるため、安全に任務にあたれる。様々な方向に対してカメラが取りつけられ、常に周りの状況が把握できた。
「ブリーチャーの集団が右舷へ向かいます。陸地へ上がる可能性があります。
オペレーターの指示で身が引き締まる。緊張を携えて移動しようとする氷見野。
「大樹はここにいて」
「え?」
対岸からひとっとびで氷見野たちのいる浜辺へ来た丹羽に、そう指示を出すいずな。
「ブリーチャーの集団が1つだけとは限らない」
階級的には丹羽の方が上だが、隊員同士であれば上の階級でもどんどん要求したり、指示をしたりすることもあるようだ。
「さすがだね。分かった。ここは任せて」
「行こう、優」
「はい」
2人は海面から不自然に立つ白い波を見ながら移動していく。
不気味な白い波が消えた。海中に潜られることはよくあることだ。そういう場合は、護衛艦に搭載された魚影レーダーか、
シールドモニターが海中に潜むブリーチャーの位置を表示した。その瞬間、大きな鈍い音が聞こえてきた。
今頃横須賀基地のモニターでは、激しい画面の揺れを捉えていることだろう。止まっていたはずの1隻のくうかいは、左右に傾くことを繰り返す。海面が波打ち、自然的な波を飲み込むようにぶつかった。4隻のくうかいから、28口径42mm速射砲が海に向かって射撃されていく。
銃弾が撃ち込まれる海から複数の触手が伸び、右に左に振り乱された。シールドモニターには2つの群衆の位置が表示されていた。どうやら後からまた別のブリーチャー群が攻めてきたようだ。
「優! 来るよ!」
陽動に動いていたブリーチャーに氷見野の視線が戻る。浅瀬に近い海面から突然飛び出す触手。氷見野といずなは軽く触手をかわし、氷見野の
斬られた触手は綺麗な切断面から煙を放つ。無残にも断片が浜辺に落ちる。
いずなの
海に鋭く飛び込んだ銃弾はブリーチャーの群れを引き裂いていく。捨て身の覚悟を決めるブリーチャーもいるようだ。柔らかい体を駆使して泳ぐミミクリーズが海中から顔を出して向かってこようとするも、氷見野の電撃が槍のように突いて動けなくなる。
次々と上陸を試みようとするブリーチャーが浅瀬へ近づいてきた。
いずなが撃つアサルトライフルは、ベルリースコーピオンたちの皮膚を貫くには火力が足りない。ブリーチャーの触手が氷見野といずなに容赦なく襲いかかる。
触手が次々と浜辺に叩きつけられていく。棘を持つ触手も参戦するが、ブーストランを解除した
「藤林隊長。相模湾およびその近海で別のブリーチャー群は発見されていない。誰か1人を引地川付近へ」
斎藤司令官から指示が飛ぶ。
「了解。じゃあ来次。お願いね」
「俺かよ!?」
「俺と四海は密かに陸内に侵入したブリーチャーがいないか確認してくるから」
藤林隊長の優しい口調の中に真剣な色合いがあった。
「っ……分かったよ」
激しい衝突音。近くの公園で聞こえてくるはずの楽しげな声はなく、周辺に日常の痕跡は見る影もない。
船底を痛めつけられた護衛艦の1隻は倒れてしまう。1つの護衛艦に乗船している丹羽が、海中の網をはぐるブリーチャーたちに激しいプラズマ弾を放っていく。
海面を一時的にへこませる衝撃波が海中に無数の細かい泡を作り出す。泡は毒のように組織を破壊していく。ひとたび泡が細胞組織に触れると、内部に浸透した放射粒子が、細胞を破壊し絶命に至る。
泳ぐこともできなくなったブリーチャーは海の底へ沈んでいく。
輝かしい太陽の下で繰り広げられる戦闘。綺麗な景色を
浅瀬の海水は、透明な色からブリーチャーの体液である緑色へ変色していく。ブリーチャーの攻撃をもろともしない
東郷が引地川河口に着く。通行止めになった国道から
別の場所に視線を向けると、浜辺の端で座り込む
「俺の出番はなしか」
急行したにもかかわらず、骨折り損に終わり、東郷は気の抜けた声で呟いた。
司令室は緊張からほどけた空気に包まれている。氷見野といずなと会食していた琴海と藍川は、司令室で氷見野たちの様子をモニター越しに見守っていたのだが、ヒヤヒヤすることもなく無事に終え、今では和やかに会話している。
だが、すぐにその空気は一変する。和やかな雰囲気を切り裂く警報音。司令室のモニターに『EMG』の文字がデカデカと表示された。
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