karma4 美しい世界
「ユウも上に食べに行く?」
「うん」
琴海の問いかけに首肯する。
「ひみゆう氏は何か食べたいものはありますか?」
「うーん……やっぱり、お肉かな」
「見た目によらないなあー」
琴海は苦笑いを浮かべる。
「そ、そうかな?」
「なるほど。若返りの秘密はお肉ですか」
藍川は氷見野の体を舐め回すように見る。
「ミズはそういうの必要ないでしょ」
氷見野はスラッとしたプロポーションを持つ藍川を舐め返す。
「今のところはそうですけど、隊員になってからというもの食欲が増えまして、偏ってしまうことがあるのですよ。この前も栄養士から糖質を取り過ぎてるって怒られてしまいました」
「ケーキバカ食いするからでしょ」
「おいしいケーキを作ってる方がいるのがいけないんですよ」
藍川は理不尽な苦情を言い出す。琴海は呆れた様子であしらった。2人はいつものようにダラダラと会話を続ける。
氷見野は少し先に目線を向けた。四海や風間の体に隠れる小さな背中。いずなは1人前を歩いていた。氷見野は藍川の横を通って前に出る。
「島崎さん」
四海と風間の2人は、立ち止まって振り返るいずなを避けてすれ違う。呼ばれたいずなは近づく氷見野を捉える。
「一緒に食べに行きませんか?」
いずなは、氷見野の大胆な行動に少々困惑する琴海と、尊敬する先輩隊員の1人と食事を共にできる嬉しさでウキウキな藍川を見やる。
「何か予定でもありました? コミュニティ棟の焼肉屋さんに行こうと思ってるんですけど」
「いえ、じゃあ行きましょう」
そう答えたいずなは廊下を歩き出す。氷見野は緊張を下ろすように息を零す。
「よかったですね」
藍川はニコッと笑って言う。
「うん」
3人は前を行くいずなに追いつこうと少しだけ足を速めた。
優しい光に照らされる、大人の
赤い肉はなだらかな曲面を描く網の上で炙られている。脂を表に出して
3種のタレにつけて食べられるのは、違う味を楽しみたいという密かな欲望を満たそうとしているのか。それとも、この和風な空間が食欲を促進させているのか。いつもより食べられるのが不思議でならない。
そう実感しながら、氷見野は口の中で幸せを噛みしめる。
「ほー! そんなことがありましたかー!」
喜々とした様子でリアクションする藍川。
「単独で行動しなければならなくなるのはザラにあるけど、味方との距離感は大事。袋叩きを狙ったブリーチャーの後援部隊をおびき出せるから」
いずなは淡々と語る。
いずなを交えての食事とあって、せっかくだからこれまで大変だった任務とか、職務に就くにあたってやっておいた方がいいことなど、洗いざらい聞きたいと言い出した藍川の提案により、話は大いに盛り上がっていた。
大きく相槌を打つ藍川の
手首に違和感を覚えた。左手首のガムレシーバーが青く光っている。
呼び出しだ。会話を止めていずなも確認した。
「じゃ行ってくる」
「はい、会計は私たちが済ませておきます」
「ごめん、ありがとう!」
私たちは慌ただしく店を出た。
更衣室に入り、素早く
「今日は俺の方が早かったな」
機着子宮器に入ろうとしていた東郷がいずなを挑発する。
「一生やってろ」
機着子宮器の正面の透明なプラスチックガラスが開き、金属カプセルに入る。傾いた機着子宮器の中に寝そべり、熱くなる体が鎧を纏っていく。
空は青に澄んでいる。光で満たされた世界は時を刻み続け、今日も命を灯していた。
空をつんざくいびつな異音が空に轟く前に、飛行物体は現地に到達していた。
飛行物体は上空2000メートルから地上へ落とし物をする。人々の記憶に刻まれる忌まわしい爆炎をもたらそうというわけではない。言うなれば、この世界を守る天使を落とした。
機械を纏う天使は急降下し続け、地上すれすれで人間技とは思えないひねりをつけて着地する。綺麗な着地の余韻に浸ることもなく、
「ウェアラブルデバイスの部品生産工場で、ソルピードが発見されたとの通報。現在マーズⅡまで成長しているようだ。現場は特殊機動隊が対処し、順調に駆除作業が進行中。君たちには、これから来ると思われる後発隊の対処に当たってほしい」
斎藤司令官はタブレットに表示される文字を見ながらインカムに話す。
「彼らもしつこいね」
丹羽の声は喜々とした様子で呟く。
「敵ながら執念だけはあっぱれだよな」
東郷はカッカッカと笑う余裕を見せる。
「で、ブリーチャーらしき姿は確認されたの?」
いずなは情報を催促する。
「監視ドローンが偵察に向かっているが、確認はされていない。海中深くに潜っている可能性もある。油断はできん」
「じゃあどうするんですか?」
四海の声もまったく動揺がない。
「奴らはおそらく河川に向かって侵入してこようとするだろう。君たちはそれぞれ河口にて待ち構えてほしい」
「おいおい、まさか神奈川県内の河口すべてに配置させる気か? 人数が足りねえぞ?」
東郷は
「まあそう結論を急ぐな。巡回していた
「つまり、対象を絞って防衛体制を敷くんだね」
丹羽が要約して確認する。
「結構博打ね」
いずなは淡々と呟く。
「初動防戦部隊も警戒に当たっている。群衆が入り次第指示を出す」
氷見野は配置指示された河口へ急ぐ。
おそらく避難警報は出ているはずだ。しかし付近では危機感を匂わせない人々の様相が目につく。
平和の中にいる人々は、何かしらの危機が迫っていることを自分の目で確認できるまでは危機を感じられない。危険が知らされても、普段と変わらない日常を送ることで安心感を得ようとする。警察の避難の催促に激高する人までいるのは、心の安寧を取り戻している最中に邪魔をする者を追い払いたいのかもしれない。
車や人々が横に見える中、疾走する氷見野。動き回る人々や車に当たるかもしれないハラハラさせるスピードだが、一切
ブーストランで走っても避けられる自信があり、飛び出しによる事故を防ぐルート選択も慣れたもの。氷見野の現場への急行はまさしく、
氷見野の
決して久しぶりじゃない。これまで屋外には先輩隊員と共に何度も出ている。その時は初めて
2年前まで当たり前のように浴びていた太陽の光がこんなに眩しくて、澄んだ空がこんなに青かったことも、忘れていた気がする。風が氷見野を迎えるように優しく吹きつけていく。
外の世界がこんなにも尊いものにあふれていると感じられる。美しい世界だと感じることができる。氷見野の目に映るものが滲んでいく。
なぜ自分が泣いているのか分からなかった。この景色は、きっと
氷見野の中にある何かが胸を熱くさせ、じわりと昇ってきた感傷が涙になって零れていた。辛かった訓練すら癒す、希望に満ちた世界。氷見野にはそう思えてならなかった。
「ブリーチャーの大群を発見! 岸から最短で1キロに迫っている。進行方向は
「……了解」
ARヘルメットの後ろにあるスイッチを押す。すると、シールドモニターが上がり、顔が露出する。氷見野は太い指先で涙を拭う。
「ふうっ!」
気持ちを切り替えるようにして息を吐き出した。スイッチを押してシールドモニターを閉め、
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