karma12 新開線

 薄く青い光が部屋の中を照らす。


「んん……」


 ベッドにうつ伏せになっていた氷見野の頭が起きる。まだはっきりしない目を開けた。


「寝ちゃってた……」


 氷見野は片手で目を覆い、ガラガラ声を漏らす。氷見野は少しだるさの残る体でベッドから下りる。すると、天井の電気は自動で白に戻った。


「今何時だろ」


 レトロな掛け時計は氷見野の眉間に皺を刻む。

 1時。部屋の中じゃ昼か夜かもわからない。パソコンを起動させて、ようやく昼だと認識する。12時間ほど寝ていた。昨日ぐっすり眠れたはずなのに。まだ疲れが残っていたようだ。

 パソコンの横に置かれていたコネクターは青く点滅している。氷見野は新着確認を見るために上部ボタンを押す。メールだった。

 基地事務局からのメール。見たい気持ちと見たくない気持ちが混在していく。起きて早々、なんて心臓の悪いものを目にしてしまったんだと思ったが、これを見ないことには次へ踏み出せない気がした。


 覚悟を決めて、コネクターのボタンを操作し、メールを開く。おぼつかない目で浮かび上がった文字に焦点を合わせる。


 メールは堅苦しく書かれていた。



――――――――


 氷見野優 様



 厳しい訓練の日々の中、たゆまぬ努力を積み重ねられていることと存じます。先日の攻電即撃部隊(ever)の入隊試験の結果、合格基準に満たしているとの判断がなされましたので、ご報告させていただきます。

 近日、入隊式を行います。制服はこちらで用意させていただいております。

 その後、今後の日程をお話しさせていただきますので、4月12日午前9時までに、訓練フロア第一講義室へお集まりください。

 新天地での目覚ましいご活躍を、心より祈っております。




                        東防衛軍基地事務局


―――――――—



 氷見野は固まってしまう。何度も白い文字を見返す。どう見ても合格したとの通知だ。

 じわじわと嬉しさが込み上げてくる。椅子から立ち上がって大声を出したかったが、はしゃぐのもどうかなって思ったりしていたら、スッとできなくなってしまった。

 そうだ! と氷見野は閃く。西松たちに連絡をしたくなった。鞄から携帯を取り出す。

 エレガントなピンクの携帯も点滅を繰り返していた。

 携帯の画面を明るくすると、ロックを外した途端メッセージが飛び込む。


 最初に受け取った通知へスワイプする。


kiyo『氷見野さん、俺やったよ!! 合格!!!』


kai『どうやら僕の合格は宇宙の導きによって決まっていたらしい』


 新着メッセージは画面の上から下まで埋め尽くされている。


souichi『奇跡的に俺も合格したよ。氷見野さん、嬉しい連絡待ってるぜ』


tetu『ほんと奇跡だよな。キヨが受かるなんて』


kiyo『俺は本番に強いんだよ』


souichi『本番に強いって言ってる奴は、何度も試験に落ちてるけどな』


kiyo『お前も落ちてんだろ!』


 相変わらずだ。嬉しそうなかけ合いが氷見野の頬をほころばせる。


Kotomi『はいはい。バカ兄貴たちのバカみたいなじゃれ合いはもういいから』


kotomi『私も受かったよ。ユウ、連絡待ってるね』


元帥のミズエ『わたくしも受かりましたぞよーーーー!』


元帥のミズエ『リーチはかかりました。さあ、ひみゆう氏、ビンゴの宣言を!』


 みんな合格した。これを氷見野だけが知っている。氷見野はちょっと得した気分になりながら、メッセージを作り、送信した。グループチャットに、氷見野のメッセージが追加される。


you『みんな、everでもよろしくね』



 ――――4月7日。

 攻電即撃部隊everへの入隊が決まっても、入隊式までは候補生という扱いに変わりはなかった。

 訓練と勉学の日々。体も頭も激しく奮わせていく。


 氷見野のように攻電即撃部隊everの入隊が決まっている候補生の中には、興梠や御園、西松みたいにいつもよりやる気が見える子もいた。

 候補生という扱いに変わりはないが、たまに訓練とは違う件で基地事務局に呼ばれるようになった。入隊式に着る制服の採寸を合わせてくれているらしい。また、検査を受けることも増えてきた。これは正真正銘健康の検査だ。隅々まで調べることになり、結構時間がかかった。


 検査が終わった後、ちょっとだけ不安にさいなまれてしまう。健康に問題があるとなれば、おそらく入隊取り消し。せっかく受かったのに、健康面で落ちたなんて自虐のネタにしかならない。


 以前、攻電即撃部隊everに入隊していた人で、ブリーチャーに神経をやられて除隊になった例があるらしい。今では下半身不随で車椅子の生活だそうだ。

 他人事だとは思えない。きっとその可能性を充分に承服した上で、攻電即撃部隊everの人たちは戦っている。その後の人生が必ずしも報われるものじゃないことも、知っているのだろう。


 講義を終えた氷見野は浮かない顔をしながら自分の部屋に戻る。今日は講義を早く終え、午後2時半という微妙な時間で暇になった。

 こういう暇な日はほとんどない。いつも訓練と勉学でクタクタになってしまい、休日は疲れ過ぎて体が重く、本当に休むだけみたいな日が多かった。

 気力的にも回復しつつある今こそ、やりたいのにやれなかったことをするべきじゃないか。氷見野は頭の中で思慮を巡らせつつ、ベッドに腰かける。鞄から携帯を取り出してデジタルに入り込む。


 1件のメッセージ。画像付きだ。

 タップして開く。コミュニティ棟でバイトしていた時にお世話になった板倉からだ。攻電即撃部隊ever入隊おめでとう~! という文と共に、お店を手伝っているアルクと板倉が小さなパーティーグッズのくす玉を間に挟んで祝福する画像。板倉に入隊の報告メールをしてから返ってこないままになっていたのをすっかり忘れていた。


 彼は今仕事が忙しいと言っていたのを思い出す。お手伝いロボットの注文が地下施設だけではなく、地上の企業からも声がかかるようになったらしい。笑顔の写真には、板倉の目の下にクマがちゃんと映っている。

 現在地上の企業との業務提携を進めているらしく、もう少しの辛抱だと電話で言っていた。

 お互いに体を大切にしようね、と言葉を交わし、新たな生活の励みにする。


 体もそうだけど、心も大切にしたい。

 夜は久しぶりにお風呂にしよう。それからまったりと肌の手入れをして、料理もしてみよう。やることは決まっていくが、今すぐにやることじゃない。このままダラダラとするのもいいけど、それじゃいつもの休みと同じだ。

 氷見野はうーんと唸りながらベッドに背中を倒した。

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