karma11 試験のあと

 灰になった燃えカスは火を残して煙を出している。体に纏う虚脱感を携え、試験会場を出た氷見野。防具も武器もなくなったはずなのに、体は重かった。

 あの時どうしていればよかったのか。他に方法があったのではないだろうか。反省ともしものシミュレーションが巡り巡る。今更とりとめもない後悔をしても、向かう先は更衣室しかない。氷見野は閉め切られた試験会場の扉を背にして歩き出す。


 更衣室へ入ると、数人の候補生が残っていた。静かな空気。無情にも大会が不完全燃焼に終わった部活生みたいな顔が4つ、5つ。氷見野が更衣室に入ったドアの音で、全員の顔が一度氷見野に注がれた。

 1つの長い椅子に腰かける藍川と琴海は微笑を浮かべると、琴海が真っ先に「お疲れー」と手をひらひらさせて力なく声をかける。


「お疲れ様」


 氷見野も琴海のテンションにつられたように返す。


「どうでした?」


「帰還できなかった。たぶん落ちたと思う」


 琴海と藍川は反応するのに数秒遅れた。なんて返していいかわからなかったんだろう。

 試験に意気込んでいた人が"落ちた"と口にした時、どんな言葉を返すのが正解なのか。きっと迷う。困らせてしまったなと思いつつ、氷見野は間を埋めるように取り繕う笑みを貼りつけ、長椅子の端に腰かける。


「わたくしは帰還できたんですが、思ったより時間を使ってしまいました」


 藍川も氷見野に同調して気を落としながらも微笑む。それが自分への気遣いだったとしてもよかった。なんとなく空気が軽くなる。それを察した琴海が相乗りするように口を開く。


「私も帰還できたけど結構くらっちゃった。っていうか、攻電即撃部隊everって機体スーツ着て戦ってるのに、なんで生身で3体も倒せなんて無謀な試験をしてるのかイミフなんだけど」


 ついて出たのは不満だった。


「さすがに候補生全員の機体スーツを用意するのは無理なんじゃないですか?」


 藍川は首に残った汗をタオルで拭う。


「だったら1体でよくない? こんな試験を完璧にこなせる人なんていないでしょ」


 いずなならもしかしたら……と、彼女が機体スーツを着た姿を思い出す。

 最初に目にした彼女とブリーチャーの戦いは一瞬で終わった。彼女が攻電即撃部隊ever4のエースになっていることを考えれば、より確信的な憶測を思い起こさせる。

 琴海は勢いをつけて立ち上がる。


「いつまでもへこたれていられないし、次の試験にかけましょう」


 すると、藍川はクスッと笑みを零す。


「そうですね」


「その前に腹ごしらえね。食堂じゃ物足りないし、ここは外食かな」


「試験中なのにいいんですか?」


 藍川は怪訝けげんな様子で問いかける。


「大丈夫よ。兄貴みたいにバカ食いしないし、昼の団体実技には差し支えないお店にするわ。も来るでしょ?」


「え、ああ、うん……」


「ひみゆう氏は食堂がよかったですか?」


「えっと、そうじゃなくて、その……」


 戸惑った笑みをはらむ氷見野の目が琴海に向けられる。

 当の琴海は鞄から着替えを出している。何食わぬ顔を装っているが、頬が少し赤らんでいた。琴海はムスっとした顔になり、ブラウンとブルーのオッドアイの瞳で氷見野を睨む。


「別にいいでしょ。一応、一緒に頑張ってきた、友達なんだから……。それとも、ユウって呼ばれるの、嫌だった?」


 琴海はしおらしく小さな声で聞く。

 また怒鳴られると思ったが、意外にも大人しかった。それにも驚いたが、何より、友達という響きが氷見野の心を奪いさらった。そっと淡い青春の風に触れたみたいで嬉しさが込み上げ、戸惑ってしまう。今度は氷見野の顔が赤くなってしまった。


「ううん、そんなことない。ありがとう……」


 氷見野はこそばゆさのあまり口元から柔らかな笑みが零れる。

 藍川は小さく笑うと、「では、行きましょうか。あまり時間もないようですし」と声を張り上げた。


「そうね」


 氷見野は首肯する。

 落ち込んでいた気分もどこかへ消えてしまった。これからどうなるかわからないけど、自分は1人じゃないと強く感じられた。


 また歩き出せばいい。1度失敗しただけ。

 別々の道へ進んでも、目指す場所は同じ。


 このつながりが、未来あしたを作り出していくんだ。

 少しさかむけた指の痛みなんてどうってことない。強くなって、みんなで未来あしたを見に行こう。

 うなだれている自分に手を差し伸べるように、自分の心を奮い立たせた。



ЖЖЖЖЖ



 試験を受けた候補生は、特別に3日間の休暇が与えられる。疲れた体に栄養を。とは思っても、特にやることはない。習慣となっているヨガをして、健康的な食事をして、睡眠を取る。たったそれだけ。

 何もしない。ただせっかく与えられた休暇をこんなだらけたことに使っていいのだろうかと、罪悪感がくすぶっている。家事をするにも、やることなんて料理に掃除、あとは洗濯くらい。

 結局ブログもやめてしまった。すでにどんなパスワードだったかさえも覚えてない。最近は人の料理動画や飼い主がたわむれる動画を楽しみにしていた。発信側から受信側に回った形だ。


 氷見野は最近洗ったベッドの布団に横たえた体で寝返りを打つ。

 昨日は琴海と藍川と一緒に、地下5階のコミュニティ棟にあるカラオケ店で声が枯れるまで歌った。おかげで喉が痛い。おもいっきり楽しんだ。いい気分のまま部屋に戻り、お風呂に入ってぐっすり寝た。

 だけど、朝目が覚めてすぐに、頭に浮かんだのは試験のこと。試験に落ちたんだったと思い出し、また悔しさが押し寄せてくる。すぐには立ち直れなかった。


 氷見野は体を起こし、ベッドから下りる。

 やる気をなくした体は勉強机の前にある椅子に腰を据える。黒い画面に反射して映る顔は、少し老けた? と問いかけたくなる真顔。


 氷見野優43歳。4月になれば44歳。どんなに願ったって、1つずつ歳を取っていく。できれば見た目や健康は若くありたい。

 誰だって可能性を感じさせる若い子に期待を寄せる。これから衰退していくことが周知されている歳を重ねたおばさんが、いきなり攻電即撃部隊everに入ったとなれば、いくら仕事だからとはいえ、扱いにくいと思われるかもしれない。


 昨日の試験の団体実技では、チームとなった候補生に、大丈夫かと訴えに似た心配をされつつ、試験を終えた。

 氷見野のチームはメンバーに恵まれたこともあって、なかなかいい成績をおさめられた。でも、氷見野自身大した貢献はしていなかった。試験でプラスになったことをした手ごたえもない。

 そこで空き時間に琴海や兄である西松清祐たちと共に空きの訓練室を使って、パルクールの動きを覚えた。基礎的なところを覚えた後は、実践で多角的に空間利用する意識をしながら、実践形式のサバイバル演習を繰り返し行った。

 入念にやったこともあって、藍川からは「忍者みたいでカッコいいですよ!!」と興奮した様子で褒められた。しかし、攻撃の面ではまだまだ改善の余地を残したまま、試験を迎えることになってしまった。

 過去行われた試験の統計では、初期を除いて平均で14人くらいが攻電即撃部隊everに入る見込みだと、耳よりな情報をくれた先生がいた。候補生のほとんどが試験を受けている。その中に自分が入るとは、到底思えなかった。


 結果は明日の朝に発表される。コネクターに基地事務局から電子メールがあるようだ。あまり期待しないでおこうとは思うものの、どうしたって気になる。彼氏からのメールを待つみたいに。


 ずっと卑屈になっていてもしょうがない。どちらにせよ、これからやることは決まっている。試験の反省点も踏まえ、自分に足りないものを見つめて研鑽けんさんするのみ。

 たとえ自分が攻電即撃部隊everに入れたとしても、いつまでもやれるわけじゃない。そう遠くない未来には、退しりぞくことも念頭に置いておく必要があった。


 あと3年くらいは頑張れると思う。3年以内。この期間は長いようで短い。気おくれしていたらあっという間に過ぎる。

 さて、何から変えていこうかと悩む。このままではいけないと思う。もっと自分の心身に気を使って、勉強して、少しでも即戦力の攻電即撃部隊everになれるようにならないと――あの子のために……。

 氷見野は今後の計画でも立てようかなと前向きに考える。パソコンは電子音を鳴らして、おはようと声をかけるみたいに製品名のロゴを出す。焦りは禁物という言葉を口にして、テキストを開く。

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