karma8 モリバ
氷見野は御園たちに案内してもらい、東防衛軍基地のフィジカルトレーナーがいる場所へ向かった。
地下5階のコミュニティ棟にある整体とマッサージをしてくれる『morimoriGenki』というお店。他のお店と大差ないほど綺麗な佇まいだ。横文字ゴシックを使った看板は昭和テイストの雰囲気を感じさせる。御園たちの後ろについてお店の中に入っていく。
「来てやったぞー」
西松が店の奥に向けてだらけた声を出す。全体的に茶系の内装でしめられた店内。いくつかある仕切りカーテンの1つから、仏頂面の女性が顔を覗かせた。
「こんなクソ忙しい時に大勢で来るなって言ったろ!」
「忙しいかどうかなんてわかるかよ。いつものやつやってよ。7人ね」
ふくよかな女性は睨みつけるように氷見野たちを見回し、「そこで待ってな」と言ってカーテンを閉めた。他のスタッフが受付にやってきて、パーソナルデータを提出するように促される。
「お先にどうぞ。氷見野さん」
興梠は氷見野に譲ろうとする。
「いいの?」
「ええ、俺たちは常連なんですぐに終わりますから」
「じゃ、遠慮なく」
そう言って、氷見野はトートバッグからコネクターを出し、色々とボタンを押していく。
操作を終えると、受付カウンターに置いた。コネクターのピンク色の中心部が点滅している。スタッフは、タブレットの背のカメラをコネクターの中心部に合わせていく。タブレットに文章と図のある画面が表示された。
「氷見野優さんですね。カードをお作りします」
「はい」
後ろを向くと、西松たちはソファでくつろいでくっちゃべっている。会話のほとんどが訓練による体の痛みの話。
部活後の生徒みたいだった。いや、おじいさんおばあさんの会話だろうか。
氷見野は聞き耳を立てつつ、とりとめもないことを考えながらスタッフの受け答えに対応した。
十数分後、氷見野と藍川、琴海が呼ばれ、タオルの敷かれた施術台の上に乗る。台から温かさを感じる。暖房機能でもついているのかと疑いたくなるくらい温かい。
「えー! モリバがやるの!?」
琴海が不満げな声を上げる。琴海が乗った台の近くには、さっき西松と話していた女性がいた。先ほどカーテンから顔を出していた時に少し見えていたが、女性の頭髪はかなり変わっていた。両側を刈り上げ、真ん中に楕円状の形で残っている藤色の髪は束ねられ、ポニーテールになっている。
「なんだい? 文句あんのかい?」
「モリバってば容赦ないから痛いんだもーん」
「そのおかげで今の成績があるんだろ? こっちは大切な候補生を預かってんだ。手抜きはしないよ」
「モリバは手を抜いた方がちょうどいいと思うけどなー」
琴海はぶつくさ言いながらも大人しく台の上でうつ伏せになる。
「ことうみの喘ぎ声を期待してますよ」
藍川はニヤけながら隣の台にいる琴海に投げかけた。
「うっさい」
氷見野もうつ伏せになり、ちょうど顔と同じくらいの穴の位置に顔を置く。
氷見野の背中にタオルがかけられ、女性スタッフの手がタオル越しに氷見野の背中に触れる。
スタッフの手が氷見野の背中を揉むように圧を加えていく。圧がかかる間隔はとてもゆっくり。ちょうど呼吸の間隔と同じくらい。痛いけど、ちょっとだけ気持ちいい。固まった筋肉が動されていくようだ。
医療面のサポートは東防衛軍の医務課に言えば対応してくれるが、体のコンディションに関してはコミュニティ棟に構えるお店に委託している。
委託されたお店は、東防衛軍の審査によって厳選されたお店だけとあって集客力は抜群。ここはその1つで、委託店は各候補生、隊員の酷使した体の状態や治療履歴、健康状態などのパーソナルデータを知ることができる。それにより、質の高いサポートが実現されていた。
「ぐっんんーーーーーー!?」
琴海は顔を上げて悶絶し、両足をバタバタさせていた。唇を噛んで我慢していたが、耐え切れなくなったようだ。
「はいはい。ここはあんたの石になりやすいところだからね。もう少し辛抱しな」
琴海の顔は真っ赤になっていた。歯を食いしばって、今も両足は忙しなく動いている。
「ん~、ことうみの悶える姿はたまりませぬな~」
藍川は惚れ惚れした様子で琴海を見ていた。
「あんたは趣味悪いのよ!」
琴海は悔しそうに藍川を睨む。
「私はあんたのオーバーリアクションがあるとやりがいを感じるよ」
「いじめだー!」
「ひみゆう氏はあまり痛そうじゃありませぬな」
「リアクション取れないだけで、結構痛いよ?」
くぐもった声で話す氷見野。それでも笑える余裕はある。
「あんたらドMなんじゃないの?」
「ことうみが痛がり過ぎなんですよ」
「そういうことっ!」
「ふぐっ! っ、ぬお"ぅ~~」
琴海の手は台を何度もタップしているが、女性が手加減する気配はない。琴海には申し訳ないが、氷見野はちょっと可愛いなと思った。
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