karma4 ナンパ

 周りを見回して、勘違いじゃないかなと確認するが、男性たちに近づく人はいない。


「私、ですか?」


「よかったら一緒に食べようよ」


 前髪の右に朱色のエクステを付けた男が軽く誘ってきた。イケメンと呼ばれそうな男はモテそうな雰囲気を醸し出している。


「あ、はい……」


 思わず頷いてしまった。決して彼らがタイプだからではない。仲間になれるかもしれないという淡い期待があったのだ。だが、声をかけられたのがよりによって近づきがたい人たちになるとは思っていなかった。戸惑いながら彼らの隣に座る。


「俺は御園聡一みそのそういち。よろしく」


 うどんを頭の上に乗せたみたいなくるくるしている黒髪の男は、人差し指と中指をくっつけて立てると、こめかみの辺りでスナップを聞かせて挨拶する。キザな挨拶をする御園に対し、氷見野はちょっと苦手かもと思ってしまった。


「んで、こいつが葛城魁かつらぎかい


 御園は頬杖をついていた左手で、隣に座る男を親指で差して紹介する。


「よろしくお願いします」


 爽やかな色白の男性という印象。レンタルサービス店の板倉とは違い、ちょっとだけチャラさが見える。耳にピアス、首にはネックレス、両手には指輪、おまけにネイルをしている。


「あんたの隣にいるのが、興梠哲こおろぎてつ。最強のバカ」


「バカって言うな」


 憤慨する丸坊主の男はどちらかというと賢そうに見える。だが体は本格的に鍛えてましたと主張しているのが服の上からでも確認できた。仲間内での天然さんみたいな人、ということだろうかと勝手に納得する。


「あ、言っておきますけど、本当にバカじゃないですからね!?」


 アワアワしながら訂正する興梠。体は大きいのに、小心者のようだ。


「わ、わかりました」


 氷見野は苦笑しつつ頷いた。


「バカだけど、こいつの身体能力はバカみてぇにヤベェから。お姉さんも巻き込まれないようにした方がいいよ」


 サイコロステーキを頬張る男。声質からして、最初に声をかけてきたのはこの男だと推測できた。細い目つきで薄い唇、艶やかな朱色のエクステが右目にかかっている。


「この男は西松清祐さいまつきよすけ。江戸からタイムスリップしてきた男さ」


「名前だけだろ」


 西松は不満そうに御園を睨みつける。


「それを言い出したら、御園も名前と見た目がちぐはぐじゃないか」


 葛城は口角を上げて話す。


「言うなよ」


 御園は口をゆがめる。


「ところで、お姉さんの名前は?」


 西松が聞いたことで一斉に視線が氷見野に注がれた。


「氷見野優です」と緊張しながら答える。


「お互い頑張りましょう」


 興梠は微笑む。


「はい」


「お姉さん、いくつ?」


「いきなりだな」


 節操のない西松に冷めた視線を向ける御園。


「42です……」


 氷見野は不安そうに眉尻を下げて控え目に言う。


「え!? マジですか!?  絶対30代前半だと思った」


「若いですね」


 葛城が感嘆する。


「出たよ、本物のお姉さん! 来たな! なあ!?」


 西松は興奮気味に仲間に訴える。


「よかったな」


 御園は呆れた様子で言葉を返す。

 30代前半と言われて悪い気はしないが、変な人たちに捕まっちゃったなとも思う。こういう人たちとは学生時代からあまり話してこなかった。というより、避けていた。絶対に合わないと思っているからだ。

 氷見野が困惑していると、突然氷見野の隣にトレーが置かれる。振り返ると、これまた個性的な人物がジロリと男たちを見回した。


「またナンパしてんだ? そんなんだから試験にも受からないんじゃないの?」


 いきなり不機嫌たっぷりな第一声を浴びせてきた。ピンク色のカーディガンを羽織り、赤いハートのショルダーバッグをかけた若い女性。金色の長い髪は一部アップにしてくくっており、ばっちりとメイクをしていた。

 訓練校にこんな子がいるんだと、思わず唖然としてしまう氷見野。しかし、ギャルっぽいメイクよりも個性的なのが、ブラウンの左目と右目にあるブルーの瞳。オッドアイ。話には聞いたことがあるけど、実際に見るのは初めてだった。


「よ、おこと」


「その名前で呼ぶな!」


 女の子は威嚇する猫のような顔で西松を怒鳴る。


「あの男には気をつけた方がいいよ。女と見たら見境ないから」


「おいおい、人を女なら誰でも声をかけていくみたいに言うなよ」


 西松は不満そうに言う。


「事実でしょ!」


 女の子は怒りながら氷見野の隣に座る。


「西松琴海。清祐の1つ下の妹です」


 突然乱入してきた女性に氷見野が戸惑っていると、興梠が説明してくれる。2人のやり取りは依然続いていた。興梠同様、他の2人もいつも見ているかのように動じておらず、また始まったと言わんばかりに2人のやり取りを見物している。


「まあまあ、周りの目もありますし、その辺にした方がよいですよ」


 机を挟んで氷見野の前に立った女性が微笑みながら琴海をなだめる。


「だってぇ~!」


 琴海は口をとがらせる。ほんわかとした口調の女性はどこか少年のようにも見えた。小学生くらいの男の子がしそうな短い髪型。前髪は右から左へくねりながら流れている。

 劣化なのか、それとも物持ちがいいと言うべきなのか、色の薄くなった赤と青のボタン付きのシャツは、青いジーンズにしっかりインされていた。

 若い女性がしそうな着こなしをしているわけでもなく、すべてフォーマット仕様。唯一こだわっていそうなのは丸眼鏡くらい。見た目的には琴海と同じ年齢くらいなのに、ここまで自分の恰好かっこうに無頓着なのも珍しい。


「お初にお目にかかりまする。わたくし、藍川瑞恵あいかわみずえと申します」


「初めまして。氷見野優です」


「お食事をお供してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ……」


「では」


 そう言うと、藍川は席についた。氷見野は丁寧過ぎる口調に戸惑いながら様子をうかがう。


「あなたたちって高校生くらい?」


「お、さすがは経験豊富な淑女しゅくじょであります。さては見ただけで個人情報を盗み出すことができるクロッカーですな?」


 藍川は得意げに語っているが、盛大に誤解しているようだ。


「いえ、そういうわけでは」


「あーもうやめやめ。ちょっとは人を選びなさいよ」


「いやー、あまりにお美しい淑女しゅくじょであったので、好奇心をそそられてしまいました。ご不快であったならば謝りまする」


 そう言っている藍川だったが、反省しているようには見えない。ここで土下座されるよりはマシかと思い、氷見野は「いえ、大丈夫です」と言っておいた。


「君たちもそうなの?」


 氷見野は4人の男性に振る。


「ああ。4人とも17歳。全員多感なお年頃ってわけさ」


「それ自分で言うか普通?」


「俺は特別なんだよ」


 御園は右手で銃を作って、親指と人差し指の間に顎を当ててカッコつける。


「若いのに偉いね。攻電即撃部隊everに入ろうとするなんて」


「選ばれた者には大きな責任が伴う。僕らは世界の意志に従ったまでさ」


 葛城はさとったような言葉を並べる。


「世界の意志?」


「そう。僕らは世界の創造主から使命を与えられたんだ。だからこんな稀有けうな能力に目覚めた。この地球を守りたければ自分たちの手で守れ。創造主はそう言ってるのさ」


「すごいこと考えてるのね」


 氷見野はちょっとこの子も変わってると思いながら食事に手をつけ始める。


「それ言ったらおばさんの方がすごいでしょ」


「え?」


 琴海は3つのパンにタルタルソースやイチゴジャムを大量につけていた。


「だって、走り込みの時大体後方にいるじゃん? 実技訓練の時も、劇団稽古みたいな感じになってたし。私がおばさんの立場だったら、絶対やろうと思わないな」


「ことうみ、お口が過ぎますよ」


 藍川は琴海をとがめる。


「いいのよ、藍川さん」


「てかおばさん、いくつ?」


「……42です」


 すると、女の子は横目で氷見野の顔をじーっと見つめる。つけまつげがしっかりと目力をアップさせ、氷見野に突き刺す。また嫌味を言われると思い身構える。


「訓練じゃない日くらいメイクしたら?」


「へ?」


「メイクしちゃダメなんて校則にも書いてないし、メイクしてるからたるんでるとか言ってる奴なんて、大抵大した根拠持ってないんだから、言わせておけばいいのよ」


 氷見野はてっきり訓練の内容云々を言われるかと思っていた。まさかの化粧にまで飛び火。最近の子はおっかない。


「お前はもう少しメイク抑えろよ」


 西松は机に肘をつきながらほくそ笑んでいた。


「はあ!? 意味わかんないんだけど。まさか17のくせに精神がたるんでるとか言い出す口?」


「そうじゃねぇよ。もうちょっと抑えた方が男ウケするって言ってんだよ」


「バっカバカしい。私は男にすり寄ってほしくてメイクしてるんじゃないっての」


「お前は大人顔派だもんな」


 御園はニヤけながら言う。


「チッチッチ、俺は大人顔派も童顔もイケる!」


「B専も?」


 興梠も乗っかる。


「あたぼうよ! 俺はすべての女を愛せるぜ」


 西松は江戸っ子風に鼻先を親指で擦って言い切った。


「結局何でもいいのかよ」


「そうだな」


 4人の男は一斉に笑い出した。


「サイッテー……」


 琴海は眉をしかめて毒づき、パンを頬張る。

 氷見野は2つの空気の層の板挟みに遭い、居心地の悪さを感じながら食事をする羽目になった。



 昼休憩の時間が終わり、氷見野は食堂で会った西松たちと共に教室へ向かう。最初はそんなつもりはなかったのだが、西松たちのペースに呑まれた形となった。

 そして、すっかり宿題を聞くのを忘れた。夫に束縛されている間に、人付き合いが苦手になっていたようだ。氷見野はこっそり落胆する。

 ジェネレーションギャップは否めないものの、話せるきっかけとなったことで多少聞きやすくなっている。これはこれで幸運と言うべきなのかもしれない。


 でも、さっきはハラハラした。険悪な空気に息苦しさを感じて、食事の味もあんまり覚えていない。当の元凶は藍川と先に教室へ行ってしまった。これからどういう付き合いをして行けばいいのやら、皆目見当もつかない。結構自信家みたいだし、入隊になればたぶん顔も合わさなくなるだろうと、考えるのをやめた。


「氷見野さん」


 西松清祐は前を歩いていた男たちから下がって話しかけてきた。氷見野はちょっとだけ体を退いて、「はい?」と応える。すると、西松は少し真剣な表情になった。


「琴海が失礼なこと言ってごめんな。あいつ、かなり生意気だけど、悪気があって言ってるわけじゃないから。出てくる言葉が乱暴なだけでさ。俺の親父、かなり怖くて、親父が乱暴な言葉を使って色々と言ってくっから、対抗する術を身につけたらそうなったんだと思う。できれば、許してやってほしい」


 西松は取り繕うように微笑を零す。

 氷見野は自分の中で西松の印象が少しだけ変化したのを感じる。毒づいていた琴海にどう対応していいかわからなくなっていた時、西松が茶化すような真似をしたのは、空気を変えさせるためだった。

 女にだらしない兄という一面だけでなく、妹を気にかけている兄。おそらく、それが西松清祐という男のような気がした。

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