karma5 鍛錬と仲間

 少しずつ体の変化を感じながら日々を消化していく。訓練に祝日はない。第三訓練室ではまた地獄のようなランニングが行われている。

 西松たちと話すようになったこともあり、疎外感は薄まっていた。訓練の時は挨拶をかわし、講義が一緒になれば気さくに話しかけてくれ、近くの席で一緒に勉強していくような日々。男子4人や藍川とはためらうことなく、日に日に親しくなっている。一方、琴海とは……。


 仲は悪くない。だがどこか素っ気なく、話しても一言二言。無視されてないだけマシかもしれない。

 若い子たちに囲まれることに慣れ、時々自分が42だということを忘れる。たぶん、周りから見れば相当浮いていることだろう。それでも、お互い切磋琢磨し合えている気がする。少しずつだけど、筋肉もついてきているし、訓練にもついていけてる実感があった。


 氷見野が先頭の指導官に一周遅れにされて止まった時、先頭にぴったりとついていく葛城を瞳に捉える。線の細い体ながら、長い足を活かしたストロークで先頭に追いすがっている。真剣な眼差しは、ずっと遠くにある場所に近づこうとしている気概があった。

 先頭集団から数秒遅れて、もう1つの集団が先頭集団を追いかけている。その中には興梠、御園、そして琴海がいた。我先にと第二集団の先頭になろうとしているが、かなり苦しそうな表情をしている。

 氷見野は周回遅れになった人たちが休憩している第三訓練室の中央へ向かう。


「氷見野さん! お疲れー!」


 そこには早めに周回遅れになって休憩する西松がいた。


「お疲れ様」


 氷見野は西松の隣に腰を下ろす。


「氷見野さんすごいっすね。この前までは半分も走れてなかったのに、今じゃ20周に迫る勢いじゃん」


「やっぱりレベル高いね」


 氷見野はシャツの襟元を引っ張って、首筋に伝う汗を拭いながら苦笑する。


「ま、俺は長ったらしく走るのは好きじゃねぇからなー」


 西松は指導官に勝るほどの俊足で走ることができる。先日の訓練で初めて知った。

 御園は類まれなる反射神経で指導官を驚かせている。やろうと思えばブリーチャーの触手を掴むこともできると豪語していた。

 興梠は体術の講習で元機動隊の候補生を圧倒する才能を持つ。氷見野は以前に何かやってたのと聞いたが、本人は強張こわばった表情で、「何もやってないよ」と答えた。めちゃめちゃ怪しい。むやみに詮索するのも悪いけどモヤモヤすると思っていたら、御園がこっそり教えてくれた。


 興梠がまだウォーリアと自覚していない中学生の時、帰りの道すがら、もめている複数の男女を見かけたことから始まる。興梠はそこに割って入った。

 男性が4人、女性は2人。興梠が話を聞くと、6人は大学生だったらしい。興梠はその場を収めようと、女性たちから話を聞くことにしたそうだ。

 大学生たちはさっきまで4対4の合コンをしていた。合コン終了後、2人の女性は先に帰り、残った者たちでカラオケに向かったらしい。

 カラオケボックスで騒いで楽しんでいたようだが、1人の男がセクハラまがいの行為を繰り返し、女性たちは気分を害して店を出た。男たちが女性たちをしつこく引き留めていたところ、興梠が入ってしまったらしい。


 正義感に駆られてやってしまったのが運のつき。そう言って興梠は話していたと、御園はとても楽しそうに語った。

 どうにか男たちに諦めてもらおうと説得を試みた興梠だったが、完全に男たちから邪魔者として因縁をつけられる。興梠は長身だったが、制服は中学生のもの。地元じゃ制服でどこの学校かわかるし、大学生の男たちは複数だったこともあり、興梠を恐れることがなかった。

 興梠は一度も喧嘩をしたことがなく、詰め寄ってくる男性たちに困惑した。男性たちは興梠に殴りかかってきたそうだ。顔や体に3発ほど受けた興梠が避けると、男たちは余計に興梠を目の仇にしたのだ。


 興梠はこの場をどうやって乗り切るか考えた。

 当時観ていたアニメで、カンフーの達人のブタがいたことを思い出し、その真似をしてビビらせようと思ったらしい。演武を見せたところ、男たちはビビっていたと、御園は本気なのか冗談なのかわからない様子で語った。

 それでも男たちは向かってきて、興梠は恐れるあまり体が勝手に動いてしまったそうだ。そして、気がついたら男たちが膝をついて苦しんでいたらしい。


 それからというもの、噂が学校、地元まで駆け巡り、喧嘩っ早い地元のヤンキーにまで及んで、喧嘩の申し込みをされてしまうこともあったそうだ。

 それで、興梠は同じ学校で仲の良かった御園によく相談していたらしい。興梠に喧嘩を申し込んだその1人が西松で、その縁もあって西松たちと仲良くなったようだ。


 興梠は第二集団から離れ、スピードを上げていた。興梠はきっと西松たちに愛される存在なのかもと、氷見野は鬼気迫る表情で訓練に没頭する興梠を見据える。


「ふぃー」


 重い足を引きずって御園が寄ってきた。


「お疲れさま、御園君」


「もうちょっと頑張れよー」


 西松は薄ら笑いを浮かべて言う。


「この後ダッシュもあるんだ。ここで体力全部使ってたらもたねぇよ」


 噴き出す汗を流しながら御園は床に座り、両足を投げ出してのけ反った。


「さっきから見てないけど、藍川さんは?」


「ずっと先頭集団にいるけど」


「え?」


 西松が「ほら、あそこ」と指差しているところ、先頭集団の中盤で走っている藍川は、男たちに負けない走りで食らいついていた。彼女は即戦力として期待を置かれている人物の1人。すべての訓練、実技は最高水準を出しまくっていた。


「おうおう。あの子はまた先頭集団にいるのか」


 御園はやけ酒をしているおじさんみたいな口調で呟く。


「ほんとすげぇよなぁ。ああいうのを天才って言うんだろうな」


「そんなこと言ったら、お前の妹もやるじゃん」


「ああ、妹ができ過ぎると、兄は面目ねぇよ」


 西松はため息を零す。先頭集団が走りを止めた。走り続けた候補生たちは大きな呼吸で胸を動かしている。


「さ、そろそろ俺たちも動かなきゃな」


 西松は立ち上がり、氷見野と御園に笑みを向けて促した。


「お前はばっちり休憩取ってるもんな」


 御園は重い腰を上げる。


「サボってたみたいに言うなよ」


「そう聞こえたなら失礼」


「さ、次の修行はなにかな~!」


 西松は第三訓練室から出て行こうとする。


「おい! 待てよ!」


 2人を見ていると励まされてる気になる。氷見野は2人を追いかけた。

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