karma6 コミュニティ

 氷見野は居酒屋のお店から出る。即採用が決まり、明後日から調理スタッフとして働くことになった。

 何年振りかの面接に緊張しまくりの日々を送ってきた。何回かこなしていくごとに緊張もほどけ、ようやく働き口を探し当てたのだ。

 ただ週2日の勤務のため、もう1つ職を持たないとその日ぐらしの生活になりそうだ。候補はすべて潰してしまった。もう一度探さなくては、とまた新たな問題に頭を悩ませる。


 今日の通りはやけに騒がしかった。夜の時間でも人工的な灯の明るさはあるが、通りの雰囲気は陰りを帯びてざわついている。周りではある方向をチラチラ見ながら話し込む人たちがいた。


「道を開けてください!」


 通路を猛スピードで走っていくスクーターが氷見野を追い越した。スクーターは地面から浮いて、連結させている棺桶のような箱物を運んでいる。スクーターに乗った人は、以前お世話になった青い作業服の人だった。

 氷見野は気になったが、動揺に浮足立つ通路を歩き出す。

 どこかで外食をしようかと悩んでいると、懐かしいお店を見つけた。無自覚に帰巣本能が働いてお店に向かう。



「ありがとうございました」


 眼鏡をかけた若い店員はカウンターからお客さんを見送る。店員のそばで人型ロボットのアルクが手を振っていた。アルクとは別の人型ロボットと並んで歩くお客さんとすれ違いで、氷見野がお店の中に入る。


「いらっしゃいませ」


「こんばんは」


 氷見野は優しい笑みで挨拶を交わす。


「コンバンハ。マタオアイデキテウレシイデス」


「ふふっ、お上手ね」


「レンタルご希望ですか?」


「ううん、今日はちょっと寄っただけだから。久しぶりにここに来たくなって」


「そうでしたか。脚も治ったようですね」


 店員は微笑む。


「おかげさまで」


「それに、ちょっと雰囲気変わりましたね」


「そう?」


「イチダントオ美シイデス」


「褒めても何も出ないわよ?」


 氷見野はからかうようにアルクに言葉を返す。


「アチャー」


 アルクは大げさに頭を抱える。氷見野と店員はその様子を見ておかしそうに笑う。


「ねぇ、今日何かあったの?」


「はい?」


 店員は突然の質問に面食らう。


「さっきレスキュー隊の人がスクーターで走ってたから」


 店員は「ああ」と口を零した。


「さっき掘削現場で事故があったみたいですよ」


「掘削?」


「はい。新規参入の企業向けの誘致などを見越して、エリアを拡大する工事がよく行われるんですけど、作ったトンネルが崩落して生き埋めになったようです。最近頻発してるんですよ」


「そうなんだ」


「ドウゾ」


 アルクは以前来た時と同じように椅子を引いてくれる。


「あ、ありがとう。でも、いいのかな」


 氷見野は一度後ろを気にして、当惑に染まった顔を店員に向けてうかがう。


「大丈夫ですよ。この時間帯はそんなに多くないですから」


「じゃあ……」


 氷見野は控え目になりながら椅子に座る。


「氷見野さんは今日どこかへお出かけしてたんですか?」


 店員は棚からタブレットを取り出す。電源をつけてカウンターに置くと、椅子に座った。数秒後に出納帳すいとうちょうのページを表示させる。


「バイトの面接に行ってたんです」


「新たな生活の一歩ですね」


「ドウダッタ?」


「なんとかなったよ」


「おめでとうございます」


 店員はニコッと爽やかな笑みを浮かべる。


さかずきヲカワシマショウ」


「なんでだよ」


 店員は苦い顔でツッコむ。


「でも、まだ他にも仕事をしないと生活ができなくて」


「そうなんですか?」


 店員はレジのお金を計算しながら話していた。器用だなと氷見野は感心する。


「はい。なので、また探さないとです」


 氷見野は苦笑いを浮かべる。


「じゃあうちで働きますか?」


「え?」


「実は、ここ最近うちを利用してくれる人が増えまして、機体が足りなくなってるんですよ。外部発注で機体の作製は任せていますが、プログラムはすべてうちでやってるものですから、かなり時間がかかるんです。プログラミングできる人もレジや清掃をしてくれる人も少なくて困ってるんですよ」


「あ、でも、私レジとかやったことなくて」


 突然の話に戸惑う氷見野。


「レジはそんなに難しくないですから、オプションもレンタルと購入の2種類。値段はバーコードで読み取り可能ですし、値段の一覧もタブレットで見ることができます。もし、氷見野さんが宜しければ今から簡単な面接をして、採用したいと思ってます。どうですか?」


「えーっと……」


 まさかお店の方から働いてほしいと積極的に言ってくるとは思ってなかった。困惑していると、店員は察したように「今日じゃなくてもいいので、検討しておいてください」と補足してくる。

 ここはとても居心地がよかった。飲食店でもないのに思わず立ち寄ってしまう。

 ロボットに興味がある理系女子でもない。でも、ここにいる人たちは優しそうな気がする。アルクとも仲良くなれて、ちょっとだけ愛着も湧いている。

 氷見野は微笑すると、「お願いしていいですか?」と言った。


「なら話は早いです! モニターに履歴書を表示させますので必要事項を打ち込んでいただけますか?」


「はい」


 表情を明るくさせた店員は宙を撫でるような仕草をする。撫でた宙に下りてくるようにモニターが現れる。空中に浮かぶモニターに触れて操作し、履歴書を表示した。


「ああ、そうだ。紹介してませんでしたね。僕は板倉剛志いたくらごうしです。この店の社長をやってます」


「え? 社長!?」


 氷見野は目を見開いて驚嘆する。年下ぽかったからずっとタメ口を聞いていたことに恐縮し出す。


「社長って言っても小さな店ですから、全然社長ぽくないですけどね」


「ヒンソウナシャチョウナンデス」


「うるさいな~」


 板倉は口をとがらせてアルクを横目で睨む。


「あれ?」


「ん、どうしました?」


「名前、剛志さんなんですか?」


「はい。それが?」


「タケシさんじゃなくて?」


「タケシ? まあ、そう読めてしまうので間違われることは……」


 板倉は何か思い出したのか、言葉を止めた。板倉の目がアルクに注がれて渋い顔になる。


「アルク、お前また僕のことをタケシって紹介したろ」


「データハ消去サレテイルカラ記憶ニナイ」


 アルクはそっぽを向いている。


「嘘つくな。君以外考えられないんだよ」


「証拠モナイノニ人ヲウタガウナンテヒドイデス」


 アルクは大きな背を屈めて氷見野の背中に隠れる。


「またそうやって愛嬌振る舞って守ってもらおうとする~。おかげで僕の名前がみんなの間でタケシになってるんだからなぁ」


 板倉は肘をついて、憂鬱な表情でおでこに手の甲を当てる。


「イッソノコト改名ヲススメル」


「誰のせいだと思ってんだ!」


 板倉が怒鳴ると、アルクは身を竦めて氷見野の背中にすがる。板挟みになった氷見野は笑うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る