karma4 エースの少女誕生
ベンチに腰かけた2人。傍から見て妥当な関係性を察するに、父と娘か、義理の父と息子の妻くらいであろうか。氷見野は何を言われるんだろうと萎縮していた。これが説教だったら嫌だなと、思考がネガティブに落ちていく。
「私は
「氷見野優です」
「氷見野さんは結婚してるの?」
「はい……。一応」
「離れて暮らしてるんだね」
田原は柔和に微笑みかける。
「私もだよ。まさか、こんなところに閉じ込められてしまうなんて思いもしなかった」
おじいさんは悲哀を溶かした声で呟く。
「ブリーチャーさえいなければ、ずっと一緒だったのに……。約束を果たせなかった」
おじいさんの表情がみるみる沈みゆく。
「この中で生活はできるけど、家族と一緒に過ごすことはできない。コミュニティの規模は小さくなるよう制限されている。ここに移住してくるウォーリアじゃない一般人が、税金を使って生活してると批判があってね。私は妻と離れて過ごすことを余儀なくされた。おかげで安否確認の電話が日課になってしまった」
おじいさんは皮肉を零す。
「大変ですよね」
「仕方ないさ。自分で妻を守ることができないなら、安全を確保できる一番いい方法を選択しなければならない。あんたもそう判断したんだろ?」
「はい」
「彼らがブリーチャーを殲滅させてくれたら、妻と一緒に暮らしたい。でも、私はずいぶん歳を取ってしまった。戦うことができないから、彼らを応援するしかないんだ」
氷見野は沸々と込み上げてくる反発心を慎重に言葉にする。
「戦場に、子供が出たとしても?」
「いずなちゃんのことか」
氷見野はうつむいたまま首肯する。
田原は難しい表情になり、重苦しい口調で語る。
「もちろん、それを知った者たちは反対したさ。だけど、ウォーリアの遺伝子を持つ人類は少ない。大人に絞ったら数が限られてしまう。ウォーリアなんだから、戦場に出るのが当然と言い切る人々もいた。戦場に出たくないウォーリアだっているのをわかっていながら、強制する声はたくさんあったんだ」
おじいさんはしみじみと目を閉じる。
氷見野もそんな話を聞いた覚えがある。それはかなり前、日本にもウォーリアがいたという報道が過熱していた頃。日本でもウォーリアが次々と確認され、地下にウォーリアを保護する施設が造られていた。ウォーリアは人類の戦力となり、各地に出没するブリーチャーを駆除してくれた。
だが、必ずしも平穏無事に事が運ぶわけではない。現場へ駆けつけるのが遅くなれば、死傷者が出てしまうケースも実際によく聞かれた。多くの涙を誘う悲劇はブリーチャーへの対応が遅いとの怒りに変わり、矛先がウォーリアたちの対応に向かうこともしばしばあった。ウォーリアがしっかり仕事をしなかったから、自分の大切な人が殺されたんだと。
マンパワーも不足している中で、ウォーリアができることは限られている。どんなにすぐれた能力を持とうが、神の戦士と呼ばれようが、ウォーリアは万能ではない。
おじいさんは小さく息を吸って目を開け、充分過ぎるほど間を持った、苦渋が浮かぶ空気に言葉を乗せる。
「ウォーリアには生活できるシェルターが用意されるが、ウォーリアの遺伝子を持たない人たちは、地上でブリーチャーにいつ襲われるかと怯えている。彼らの気持ちもわからなくはない」
「それで、周辺に民間のシェルターが設置されるようになったんですよね」
「ああ、彼らの批判をかわすため、国が市区町村と連携して地下シェルターをあちこちに造った。ここのように快適な生活とまではいかないだろうが、とりあえずの安全地帯には申し分ないはずだ」
各地域に造られる地下シェルターは、本当にただ避難のための場所でしかない。むき出しのコンクリートに囲まれ、薄暗い部屋でじっと待っている。
何日も経てば、苛立ちも
「戦場に出ないウォーリアへの批判は、日を追うごとに沈下していった。擁護してくれる人も少なからずいたからね。一番感謝しないといけないのは、彼らかもしれないな。だけど、あの子は戦うことを望んだ」
「あの子が、自ら志願したって言うんですか?」
おじいさんは勇敢な少女を思い、胸を炙られるような痛みを噛みしめ首肯する。
「でも、戦場に出ることを政府が許可するなんて……」
氷見野は動揺した素振りで呟く。
「あの子がここに来て1週間した頃だったかな、関原さんのところへ行ったそうだ」
氷見野はここに来て最初に出会ったあの褐色の先生を思い出す。
「自分も部隊に入れてほしいとね。入隊は役所で志願するんだが、門前払いを食らったんだ。ここの寮長であり、ウォーリアの
「でも……」
「そう。当然、関原さんは断ったそうだ」
おじいさんは氷見野の言葉を遮って静かに話した。
「何度断られても、あの子は毎日関原さんのところに足を運んだ。特殊整備室の前で座り込みをしてたこともあったらしい。ずっと何日も座り続けて、常備していた飲食物も底をついて、栄養失調を起こして病院に運ばれたなんてこともあった」
おじいさんは苦笑していた。
「懲りもせず、退院した後も座り込みをしようとした。ここは小さいコミュニティだから、あの子が起こした騒動は、ここにいる人々に伝わっていった。あの子の頑張りに胸打たれた一部の住民が署名活動をするようになり、集まった署名が市長に提出された。それが軍のお偉い方に届いたらしい。条件付きで入隊できることになった」
「条件付き?」
「子供だからと言って、訓練の量と質を下げることはしない。訓練をこなせないと判断されたら即除隊勧告をする。あの子はその条件で承諾して、厳しい訓練をこなし続け、
まるでシンデレラストーリーのような話だったが、本当にそうだろうかと疑っていた。それが本当かどうか、今の氷見野にはわかりようがない。
「あの子のおかげで、ブリーチャーの駆除は大きく進んだ。今やあの子は、
「彼女が、一番の狩人?」
「
いずながそんなすごい部隊に所属していたなんて知らなかった。そして頼りにされている。なんだか複雑な気持ちだった。彼女が頼られているのは好ましいことなのかもしれない。でも、彼女はまだ幼いのだ。大人が子供に頼らなければならない現状が非道徳的に思えてならない。
「あんたさんが勘違いなさっていると思ってね。ちょっとお節介だったかな。でも、私たちもあの子が入隊することをすんなりと受け入れたわけじゃないと知ってほしかったんだ。長々とすまない」
「いえ! 頭を上げてください」
氷見野は焦りを表情に浮かべて促す。
「話に付き合ってくれてありがとう」
おじいさんは頭を上げ、おぼつかない足で立つ。
「こちらこそ、色々教えてくださってありがとうございます」
氷見野も立ち上がり、微笑み返す。
「うん。じゃ、そろそろ失礼するよ。ここでの生活は大変かもしれないけど、お互い頑張ろう」
「はい」
おじいさんは悠然と通路の奥へ歩き出す。
いずなは自ら入隊を申し出た。なぜ、いずなは入隊を進言したのか。関原に聞けばわかるだろうか。
しかし、さすがに関原も忙しい身だと考え、聞きたい気持ちをこらえた。
氷見野はちょっとだけスッキリした気分になり、部屋に戻ろうと歩き出した。
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