第33話 糸口
5回目
1日目
小夜たちの社から離れてほどなくして敏蔵はふとした違和感に気づく。丹田のあたりが妙に熱くジンジンと痛い。不思議に思い直垂の裾をめくった。臍のあたりの皮膚が少し裂けていた。裂け目から血がぽたぽたと流れている。
「けっ、あの社の中で引っ掛けたか。おい、垂、さらしあるか?」
「へいっ、敏兄ぃ。」
垂一の威勢の良い相槌を聞いた瞬間、敏蔵は戦慄した。これで5回目だ、と。これから数日、あの女の薄気味悪い捻じれた笑い顔を見た次の日、俺の腹がどんどん裂けていき、絶望の果てに爆裂して死ぬのだ、、、ど、どうしたらいい、どうすれば。。。5回目にして、終わらない悪夢にようやく気が付いた敏蔵は、悪事だけにはめっぽう強い脳細胞を全速回転させなんとか爆裂死の運命を変えることができないか考え始めた。
血がぽたぽた流れている腹の裂け目を止血も兼ねてさらしで巻くと、次の巣窟に目を付けておいた庄屋の屋敷へ向かった。
――――――――――――――
2日目
「お父ちゃん、おなか痛い。」
敏蔵の愛娘の祭が、なだれ込んだ長者屋敷の中で、彼女にとっては唯一無二の信頼する父に訴える。
「、、、、、」
敏蔵とは外見も性根も似ても似つかない祭の純真な訴えに、まったく表情に見せないものの内心恐れおののく敏蔵。このままでは祭もまた腹が裂け爆裂して死んでしまう。
「おい、垂、ここいらに呪いとか祟りとかそんなんに詳しいやつはいね~か?」
「どうしたんでさぁ、敏兄?」
「うるせぇ、どうしたもこうしたもねぇ!どっかにいねーかって言ってんだ!!?」
殴りかかりそうな形相で垂一をどやしつけると、いつものように怯えだし、さっそく占拠している庄屋屋敷の家主に横柄に問い詰めた。垂一は自分より弱い者に対してめっぽう強い。
「おい庄屋?どこかにそんなやついねーか!?」
「は、はい、まじない師の類ですかな?ここの裏山を越えたまたその山奥に祠を建てて引っ込んでいる利斎という老翁がおりますが、、、。何やら坊さんも真っ青の呪いの術か何かを使えるらしいですが、なにせがめついわ、風貌がぼろ雑巾で狂人のようだわで評判が悪く、皆何か大きな穢れがあった時くらいしか近寄りませなんだが。。。」
「おい、じじぃ!!そいつの所へはどうやって行ったらいい!!?」
敏蔵は、これまでの彼の人生にはない必死さで庄屋ににじり寄る。持って生まれた凶悪な面構えと、おおよそ善悪の分別と言った物が庄屋には感じられない異常な態度、今にも殺されてしまいそうな狂気だ。庄屋は慎重にすぐさま答えた。
「は、はい。ここから四里ほど街道を北に向かうと、小高山の入口です。そこから3本の獣道が続いておりますが、その左の方の道を道伝いに二日ほど進めば山を越えることができます。そうすると北に更に高くそびえる観櫛山という山がございますが、その麓に例の翁が住んでいるすさんだ祠がございます。身笠子村の庸介の紹介と言えば、これでもこの村の庄屋をやっておりますものですから、金の匂いがすると思い取り合ってくれるでしょう。」
「何!二日もかかるのか!!おい、垂、早く駕籠を用意しろ!!!」
「へい、ただいま!!」
こうして敏蔵と祭、宮助、そして垂一の四人は、観櫛山にいるという奇怪な呪い師のもとに向かうのであった。
――――――――――――――
4日目
「おい、じじぃ、この腹の傷の原因はなんだ!!?」
ようやく廃屋のような祠にたどり着くと、敏蔵は無理やりぼろ雑巾のような利斎を玄関から引っ張りだして問いただす。悪党の四人は庄屋の庸介から聞いた情報をもとに、二日間かけて村の背後にそびえる山を越え、廃村に一軒だけある祠に住んでいる利斎の元まで足を運んだのであった。出迎えたのは、ボロボロのじいさんだ。あたりは完膚なきまでに廃村で、髑髏や鬼火がいつ出没してもおかしくないおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。何か分からないぞっとするような獣の遠吠えまで遠くから聞こえてきそうである。さすがの悪党どもも少々恐れを感じた。そんな辺鄙なところにある世紀末的な寒村で、利斎は敏蔵の剣幕にもまったく意に介することなくすらすらと答えた。
「おぉおぉ、久方振りかに人が尋ねてきたかと思えばえらく荒っぽいですなぁ、はは、そうですなぁ、なんでしょうなぁ。。。」
「しらばっくれんじゃねぇ!!!」
敏蔵が利斎の胸ぐらをつかみあげ、いつものように拳をしわくちゃのきゅうりのような年寄の右こめかみめがけて振り下ろすと、利斎がまったく動かないのにもかかわらず、拳はするりと空を切り敏蔵はもんどりうって彼の眼前の転がるのであった。
日頃、暴力と剣幕で言う事を聞かせている敏蔵達ではあったが、廃村に一人住んでいる腐ったよぼよぼの年寄の利斎には暖簾に腕押し糠に釘、威圧が一寸も通用しない。
「ははは、騒がしいのぉ。まぁ、こんな辺鄙なところまで集団で来る男たちとくれば、たいてい呪われ穢れ困り果てた極悪人、と、相場は決まっておるがの、はははははははははは!」
「の、呪いだと!じじぃ!!!」
「まて。」
無礼を暴力で返そうとする宮助を敏蔵は静止した。まったくの図星である、おまけに殴りかかっても霞を相手にするかのように全く効果が無い、そんな異次元のボロキレのような年寄を目の前に、こいつにはどうやっても敵うまい、そう敏蔵は察し、いつになくかしこまって利斎に尋ねた。
「じじぃ、他でもねぇ、その呪いとやらの事だ、俺やそこの祭にはその呪いとやらが掛かっているのか?どんな呪いだ?」
彼らの後ろでお腹を押さえ横たわっている祭を、親鳥のように心配そうに見ながら敏蔵は極力必死さを隠して利斎に問うた。
言うまでもなく宮助や垂一も同じ地獄の蓋を抱えているのではあったが、敏蔵の気にかかるのはあくまで自分とその娘である。
「そうさなぁ、、、これでどうじゃ?」
と利斎は言うと、指をプルプルさせながら、一刺し指を一本縦に差し出した。その指は崩れかけの松明のようだ。
「なんだ金か?1両(現在の価値で10万円)か?じじぃ?」
一味の金庫番的役割の、ケチな垂一が横柄に聞く。
「いやいや。」
「10両か(100万円)!?」
無言で首を振る仙人。
「まさか、100両か(1,000万円)!!?」
「1,000両(1億円)箱ひとつじゃ。」
目やにの溢れた潰れそうな眼に凄惨な色を乗せ、しわくちゃの口に満面の笑みを浮かべた利斎は屈託なく答える。
「く、このじじぃ、言わせておけば!!!」
躍りかからんとする宮助を、それでも制して敏蔵は静かに言った。
「いいだろう、、、垂っ!!」
祭を除いては他の何者も信用していない敏蔵は、常に自分の目の届く位置に、彼女と全財産を持ち歩く癖があった。現在の彼らの財産は約20,000両(20億円)、払えない額ではない。
「い、いいんですかい?」
一際、金と権力に目がない垂一は、殴られるのを分かっていながら怪訝そうな顔を浮かべる。そして、すごすごと駕籠から千両箱を持ってきながら敏蔵に問いかけた。
しかし敏蔵は、以外にも静かな何か思慮深げな顔をして、垂一の持って来た千両箱を死にかけの老人に素直に渡す。
「おぉおぉ、見た目と違い物分かりがよいお方じゃな。では早速、占じてごろうぜよう。」
そういうと、利斎は奥の物置のような部屋に引っ込んだ。もっとも、今いる広間も玄関もどこもかしこもガラクタが散乱し、至る所物置のような状態ではあったが。その後、敏蔵達が待つこと二刻(60分)あまり、そろそろしびれを切らし、物置に殴りこまんとする、ちょうどそんなタイミングを見越したかのように、乞食のような恰好から今度はどうやら正装に着替えてきたのであろう、利斎がひょっこり現れた。
利斎は、それまでのイメージからは何千年間経っても想像がつかないであろうほどかけ離れ、皺一つないゆったりとした厚手の浅黄色に艶光した僧服を着て現れた。生まれてから今まで人を一度として信頼したことのないような彼らも、利斎のまばゆいばかりの変化にひょっとするとこれは信頼に足るかもしれない、と思った。
「わしは、真言を破門された身でな、、、だいたいが、あいつらがわしの言う事に、砂粒ほども聞く耳持たんからなんじゃが。。。まぁ、その話は長くなるからの、観じてやるわい。」
そう言うと、まるっきり真言宗そのものの印を手で結びながら「臨・兵・闘・者・皆・陣、、、」の九字護身法を唱える。信心のかけらもない悪党たちも、何か周りが霊的に研ぎ澄まされて行くような気がした。あたりに突拍子もなく現れた神聖な雰囲気に圧倒され固唾を飲んで待つことさらに一刻(30分)、利斎が突然大きな声を上げる。
「おぉおぉ、こ、これは!!?」
「な、なんだじじぃ!!」
宮助が思わず叫ぶ、垂一も冷や汗を流して唾を飲み込む。敏蔵はいつになく真剣な顔をして利斎の次の言葉を待っている。祭は、やはり同じようにお腹を押さえ血の気のひいた顔をしてボロボロのござの上に横たわったままである。
「おぉおぉ、若い女の、白い袴を着て、これは呪禁師じゃな。腹を真っ赤に染めて、血と内臓と混ざっておるようじゃ、すさまじい恨みじゃな、ほれ、お前たちの斜め後ろから睨みつけておるわい、ほぇっほぇっほぇっ(笑)。」
晴れ晴れと笑いかける利斎と、一様に青ざめる悪党たち、潔いばかりに正反対であった。そして、ようやく彼らにも、今、目の前でどういう物事が進行しているか理解できたのであった。
――――――――――――――
6日目
「くそっ!!」
どがっ。
敏蔵が垂一の鳩尾に地蔵の首も折れんばかりの勢いで蹴りを入れる。吹き飛ぶ垂一、あたりには腹の傷口からの血がほとばしる。
皆、何か訳のわからぬまま窮地に立たされている事は分かっているのだが、当然ながらどこをどうしたら解決の糸口が見えるのか見当もつかない。そんな無力感に敏蔵はもちろん粗暴な彼らは一様に苛立ち、庄屋や見張り番の垂一と言った弱い者に暴力をふるい、家屋を破壊し出すのであった。
もちろんそんな無駄なあがきをしてみても傷口が閉じるわけではない。逆にどんどん広がっていき、普通の人ならば筆舌に尽くしがたい痛みと共に、ともすれば腹から内臓が出てしまうので、とても立ってはいられないような状況となっていた。
――――――――――――――
そして、その夜、敏蔵達の前に忽然と姿を現したのは、、、、、、、、、小夜であった。
――――――――――――――
「わ、わわ、わわわわわ!!!」
見張り番の垂一が、血のにじむ脇腹を必死に押さえ声にならない声を上げて、敏蔵と、宮助、永吉、植太ら四天王のもとに転がり込む。腹痛に苛立つ敏蔵達は、垂一を殺さんばかりに殴りつける。
「なんでぇ~!!!うるせぇっっ!!!」
「さ、小夜です!!!!」
(で、出やがったか、、、)敏蔵がごくりと唾を飲む。
「ピーチクパーチクうるせぇ!!」
どかっ!
四天王の中でひときわ大きな巨魁の永吉がそう怒鳴り、丸太のような足でうろたえる垂一を蹴りつける。いつものように垂一の鼻と口から鮮血が噴き出す。しかしこの男、プライドが無いというのか生きていくための所作に計算高いというのか、これらの屈辱にも慣れっこになっているようで、すぐさま卑屈に引っ込むのであった。
永吉が悪態をつき、今にも人を殺しかねないほどの勢いで長者屋敷から出ていくと、そのままずっと出てこない。一刻(30分)待ってもいつまでも戻ってこない永吉に、よもやの事態を想像し、宮助と植太が様子を見に出て行こうとする。
「おい、ちょっと待て、俺が行ってくる。。。」
敏蔵が宮助と植太を押しのけて前へ出る。どうやら俺たちはあの神職の小娘の呪詛に遭っているらしい、山奥の貧村の地縛霊のような老翁に指摘されてそれを認識した敏蔵は、小夜を逆にたたき殺す勢いでがばっと庄屋屋敷の門をくぐった。
見ると永吉が彼らの目の前に昏倒している。そしてそのさらに向こうに、垂一の言っていた神社の娘が散歩にでも来たかのような気軽な風情で立っていた。小夜は、狂った男たちに凌辱され兄もろとも抹殺される前のきれいな白い装束の袴を着て、そして、彼らに弄ばれている時には決して見せなかった流れるせせらぎのような穏やかな顔をして、宮助たちに静かに微笑んでいた。
その顔は、小鳥、やがて猛禽か獣かに食べられる運命のそれ、を惜しそうに見ているとでも言うのか、屠殺場へ送られる哀れな動物たちを哀れんでいるとでも言うのか、憐憫に満ちているようでもある。
「おい、この野郎!!!俺と祭にまとわりつくのをやめろ!!!!」
激情に駆られ、悪鬼の形相で敏蔵が小夜を睨みつけ襲いかかる。
熟練の養鶏師のようにゆらゆらと敏蔵達を品定めしていた小夜の鳩尾に、敏蔵のこぶしが飛ぶ。と、そう見えた瞬間、小夜の姿は霧のように消え去った。
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7日目
長者の家で敏蔵、永吉、宮助、植太、垂一、祭、他悪党の群れは皆一様に腹部に地平線のように長い亀裂を抱えながらさらしを巻いて横たわっている。傷口はほとんど張り裂けんばかりに大きくなり歴戦の悪雄たちといえどもあまりの痛みに弱音を吐きだしていた。
「おとうちゃん、痛い。。。」
もはや叫ぶ力もなく、敏蔵の愛娘祭りがかすれた声でつぶやく。
「く、くそっ!!!」
悪態はつくものの、今度ばかりは敏蔵も腹いせに垂一を殴り飛ばす気力もない。
漢方医もなすすべがなく、悪党どもの報復が怖くすでに住処を引き払って村からは逃げ去ってしまっている。
――――――――――――――
夜になると、悪辣な四天王を除いてはほとんど気絶するか、あまりの痛みとどう処置しても広がっていく傷の恐怖に気が触れてしまうかしていた。
ほぼ皆死に絶えたかのような静寂の中、ひたひたひたひた、、、、這いずり回るような音が屋敷の外から聞こえる。
(き、来たか。。。)
非常に耳障りな、おぞましい音だ。腹部を裂かれそれでも負け惜しみで強がっていた敏蔵は、腰を踏ん張って立ち上がり音のする方向へずるずると歩いていった。
そこには、、、、。
小夜が、這いずりながら敏蔵の方へ向かってきていた。
首と内臓だけになった小夜が。
口から血を吹き出し、血の涙を流し、生前はきれいに整っていた髪を振り乱し、この世のすべての者を呪い殺すような形相をして、地獄車のように転ってくる小夜が。
首から下すべてを呪いの贄にして、敏蔵達への復讐を遂行している、小夜が。
小夜は、時に転がりながら、時に内臓を引きずりながら、その憎しみに満ちた血の瞳だけは片時も敏蔵から外さず、徐々に彼の足もとへ近づいて来た。それは敏蔵に、やがて彼に訪れるであろう苦しみに満ちた確実な死を想像させるに十分であった。
「ひ、ひぃ~~~~!!!!!」
これまで、どんな者にも暴力と屈辱を与えることしか知らなかった敏蔵の発した、初めてのそして最期の悲鳴。
永遠に繰り広げられる凍りつく処刑、目の前に厳然と存在する首と内臓だけになった血まみれの彼女に、その意味を問いかける余裕は敏蔵にはないのであった。
みりっ、みりみりっ、みりみりみりみりっ、、、肉が、石臼にすりおろされ何かの餌になるような音を立てて、敏蔵の腹部の中心、へそのあたりから放射線状に裂けて広がってゆく。潰れた内臓をぶら下げながら。その様は肉でできた蜘蛛の巣のように見えた。
「ぎ、ぎぎ、ぎゃーーーーーー!!!!!」
凄まじい絶叫。気の遠くなるような恐怖と痛み。敏蔵は、同じように腹が裂けていく祭や子分たちを見ながら、小夜と同じように首から下の体を爆裂させ、その生命を終えたのであった。永遠の後悔をその身に背負いながら。
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