第28話 呪詛
暴力団、振り込め詐欺、ハッカー集団、悪徳新興宗教、どんな国にも、どんな社会にも、そしてどんな時代にも、悪党や鬼畜の類はいるものだ。そして社会に徒をなし大きい顔をしてのさばる、そういうものだ。まして今は戦国時代、20世紀の日本ほど治安も良くなければ、法律も治安組織もしっかりとは確立されていない。
その男たちは、揃いも揃って生まれてついての悪党であった。百姓たちを襲撃して食料を奪う、庄屋を脅して金品を巻き上げる、ただ意味もなく人をいたぶり虐殺する、見境なく女子衆を乱暴する、彼らはその時代にあぶれた悪党どもを吸収し、悪が悪を呼び日に日にその勢力を増やしている、ダニほど群れたがる、そういうものだ。
その男たちの首領は敏蔵と呼ばれていた。悪党ならではの小手先の知略を駆使し、収奪できる集落からは根こそぎ奪い取り、壊滅させられる危険性のある領主には巧みに賄賂を贈り目をつぶるよう画策し、配下の悪党どもを肥え太らせていた。数々の根性の腐った、しかし合理的な手腕により、他の暴力のみの悪党どもとは一線を画し、その組織は日増しに膨れ上がっていた。そんなわけで現在では敏蔵は配下の彼らにも一目置かれている。彼を筆頭にその時代にまともに生きられなかった人間たちがシロアリや虱のように集まっている、そんな奇怪なろくでもない集団が存在していた。
「敏兄、だんだん銭と米が無くなってきてるぜ、そろそろやるか?」
監禁している神職の男女を横目に見ながら、敏蔵の第一の子分、宮助が敏蔵に次の悪事の打診をする。奸計については天才的な頭の切れを発揮する敏蔵に、知恵者を自負していた宮助や、極限の暴力漢の永吉や、その他多くの悪党は皆心服している。敏蔵は彼らを完全に支配下に収め、そして何事も敏蔵の許可がなければ動けないようになっているのであった。
「なんだと、もうねーだと?おめーら、俺に断りなく持ち出ししてんじゃねーだろーな?」
と、敏蔵がその小さな三白眼を配下に向けてぎろりと睨むと、宮助たちはすくみ上る。敏蔵と出会うまでは一山の巨悪であった彼らも、今ではボス猿に追従するだけの太鼓持ちである。敏蔵は効果的な恫喝と暴力と、時には腹心を意味もなく殺害してしまう実行力で、いつ裏切り襲いかかってきてもおかしくはない良心のかけらもないような悪党たちを束ねている。当然子分たちが一致団結して歯向ってこないように離間する小細工も要所要所にしてあり、計算高く抜け目はない。
「分かったぜ、敏兄」
そして敏蔵の手腕に心服し切っている宮助は、そう言うとすでに拷問に次ぐ拷問で精神が崩壊していた俊哲の首に鋸を当てようとする。
「や、やめ、ぐ、ぐっっ、、、、!!!!」
見かねた妹の小夜が絶叫する瞬間、悪党の一味、そびえる悪の入道雲のような永吉の握り拳が容赦なく小夜の鳩尾といい、頬といい首といい、散弾のように降り注ぐ。小夜の叫びは無言の血のほとばしりとなるのであった。
そしてその時、小夜と呼ばれていた少女が、虚空の一点をじっと見つめた。
「けっ、何を見てやがる?」
小夜は、血を吐き使い古したぼろ雑巾のようになって虚空の一点を見つめた。あざだらけの顔ではあったが、それでも、透明で、くっきりとして、凛として、繊細なガラス細工のようなとても魅力的な顔立ちをしていた。それを好色な目で舐めまわしていた垂一は、宮助に小突かれるまま、小夜の最愛の兄の首を雑木の伐採をするかのごとく、左に右に鋸で挽き出した。
もはやまともな意識はない俊哲だったが、鋸の動きに合わせて首がグルングルンと回ると、おびただしい量の血を振りまき、空気を漏らしながら最期の断末魔を上げ絶命した。
「い、いやーーーー!!!」
悶絶していた俊哲の妹小夜が、絶望の叫び声を上げる。しかし、皆すでに慣れっこになっているのか、小夜の悲痛な訴えなど全く無視している。
「けっ、もう息絶えたか、見た目通りひ弱な奴だったぜ。」
垂一が、気管を切断され真後ろに垂れ下がった俊哲の首を見て捨て台詞を吐く。敏蔵は、次の悪事のネタはないか周辺の村の地図が載っている書物を熱心にめくりながら、横目で俊哲の死に様をひっくり返っている蝉の死骸でも眺めるかのごとく見ていたが、やがて数限りなく行っているいつも通りを手下へ指示するのだった。
「さぁ、もうつまんねーから消すか、おい垂!」
「へい。」
調子のいい子男、一番下っ端で愛嬌だけで成り立っている好色な垂一が、矛先がこちらに向かって殺されてしまわないか内心おどおどしながら、調子よく機敏に敏蔵に応える。
以心伝心、一心同体、口先手足、敏蔵の”消す”の一言で、すべてを承知しているのか、どこからか油と松明と火打石を持ってくる。
「な、何をするの?」
「決まってんだろう、燃やすんだよ。」
小夜の血に染まった体を惜しむようにもみしだきながら垂一は言い放った。にやけた目ははだけた裸体にしか向いていない。
どうしようもない下種に、ごみ捨てでもするかのように、そう当たり前に言われた瞬間、小夜の中で何かがはじけ飛んだ。
平穏で温かな生活を失った、住んでいた集落を失った、最愛の人に捧げるはずの操を失ってしまった、不具者にされてしまった、最愛で唯一の兄を失った、そしてお父さんお母さんが先祖代々守ってきた思い出の詰まったこの愛おしい社まで瓦礫と化してしまう。全てこの敏蔵達の手によって。生まれてからこれまで、人を恨むという気持ちなど一度として抱いたことのない、幸せの絵画の中にいるような人生を歩んできた小夜は、最期の最期に、敏蔵への復讐を永遠に忘れぬよう脳裏、心臓、小夜の存在全体の隅々にまで刻み込むかのように、低く確とした声で、ゆっくりとこう言った。
「敏蔵。私はお前を許さない。お前たちの一族郎党、ことごとく呪い殺してやる。これまで行ってきたことを後悔してやまぬように最大の苦痛を永遠に感じるようにして殺してやる。何度生まれ変わってきても、何度でも何度でも何度でも殺してやる。」
ずたずたに切れた口から血を吐き出しながら絞り出したその言葉は、か細く小さく、小夜の命の灯同様今にも消え入りそうだった。それにもかかわらず、柱や漆喰が燃え倒れる音で騒がしかった社の中に呪詛のように響き渡り、皆の心に深く刻み込まれた。
「かはっ!これから死ぬのにどうやるよ(笑)。」
敏蔵は乾いた笑い声で言い放つと、最後にもうひと殴り、小夜の右頬を全力で殴りぬく。小夜の首は振り子のようにあさっての方へねじ曲がり、彼女は失神した。そして敏蔵は、火の手の上がる大黒柱の横をすり抜け社を出る。当然ながら、敏蔵より先に出ることを許可されていない宮助や永吉や垂一などは、そのあとに金魚の糞のようにくっついて来た。
悪党の一味が社から出ると同時に炎は屋根や壁、至る所に燃え移った。炎は厳粛でそして残酷だ、中でどんな無惨が繰り広げられていようが、一向に解することなく全てを灰に返す。やがて、炎は大きな社を山焼きのような荘厳な景観に作り変えた。
「あの小娘、最期に背筋の寒くなるような事いいやしたが、大丈夫でしょうか、か、神主の、た、祟りとか。。。」
ごっ、ぐがっ。敏蔵は垂一の鳩尾を全力で殴る。くずおれる垂一。
「馬鹿か、そんなの気にしてたら悪党やってられねーだろーが、行くぞ。」
そういうと、地獄の鬼の権化敏蔵と取り巻きの悪鬼たちは、今は燃え盛ってしまった、かつて小夜と俊哲たち一族が代々守ってきた楽園の象徴のような社を後にした。
崩壊する炎に包まれた社の中で目を覚ました小夜は、燃え行く兄の死骸を眺めながら血の涙を流し、今生最初で最後の呪禁式を行う。社の祀っている天照大神への信仰の儀式とはまったく異なる、古くから伝えられている呪いの術式であった。
小夜は腕や足の腱を切られ身動きが取れず、仰向けに横たわっている。そこに炎が容赦なく彼女を侵食してくる。痛みと熱さで正気を保つことなどできないはずではあったが、全く冷静に何かに集中しているように見えた。すると、ところどころ炎に包まれた白い袴が下腹部から徐々に赤く染まり、そして勢いよく左右に裂けた。中から腸がひとりでにゆっくりと浮かびだしてくる。小夜は仰向けのまま満願の思いを込めてそれを見つめると、内臓はどんどんと体から飛び出しやがて小夜の目の前に大蛇のように浮かんだ。
そして血まみれの目で、かっ、と目の前にある腸をこの世界のありとあらゆるものを呪い殺す目つきで睨みつけると、腸は勢いよく長く十文字に裂けた。
その瞬間、小夜は首だけを残して、そして俊哲は体の一部分もひとつも残らず爆発して飛び散るのであった。まるで彼らの受けた悲惨とその証拠を、誰にも見られないよう守り抜くかの如く。
死ぬ瞬間小夜は、
(あの気狂いどもに永遠の制裁を)
そう断罪した。
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