第24話 フードプロセッサー
取調官黒田は奇異に感じていた。前代未聞の大量殺人を犯し、そして優生思想を前面に出して反省の色一つ見せなかった植松が、なぜだか近頃、妙に疲れ切っている。取り調べに神経をすり減らし出したようにも見えないし、持ち前の奇天烈な論理に綻びを認め反省の色を見せたようにも見えない。相も変わらず重度障害者は社会の害悪だ、との一点張りで、それを反吐の出る理論とセリフで脚色して多角的に並べ立てているだけだ。しかし、最近は黒田の問い詰めにも上の空で、憔悴していつも何かに怯えているような姿をよく見せるのだった。
「おい、植松っ!聞いてるのか?2階に上がって、男性集合部屋で岡田さんを刺した時の様子を詳しく言えといったんだ!」
「ひぃっ!?お、岡田!!?お、俺を見続けるのはやめてくれ~!!!」
突然、あらぬ方向の何もない空間を仰いで、震えあがって取り乱す植松。まるでポルターガイストに怯えるホラー映画の主人公のようだった。
「う、植松!?どうしたんだ、いよいよ良心の呵責に耐えかねたか!?」
植松は、黒田の声掛けなどまったく聞こえぬかのように机の中に逃げ隠れようとする。あれだけの事をしでかした人間にしてはあまりに肝の小さいビクビクした態度も態度なら、机の下に逃げ込む振る舞いなど幼児退行しているかのようだ。刑事経験30年のベテラン黒田も、あまりに突拍子もない行動に首をひねるばかりだった。
(俺の主義に反するが、精神鑑定にかけた方がいいかもしれんな。)
黒田は正義の人だ、有史以来の悪人であっても精神鑑定ひとつで無罪放免になってしまう今の日本の法制度に不平不満は感じている。しかし仇討ちが法制化されていた中世と現在では明らかに仕組みが違う、そこにある社会に生きている以上、定められたルールには従わざるを得ない。
(おっと、そうこうしている内にもう18:00か、鑑定医には連絡しておくとして、明日仕切り直しだな。。。)
黒田が若かりし頃、名だたる日本企業が24時間戦えますかを標榜していた時分には、クロだと確信した容疑者に対しては昼夜を分かたず圧迫して、自白に持ち込んだことも数え切れないほどだったのだが、熱心な教師が親に返り討ちに遭い、労働時間は分単位で厳しく管理される、そんな時代だ、そしてもう定年に近い、本人が老いを認識している事もありそろそろ取り調べを終了しようとした、そんな矢先であった。
「ぐ、ぐ、ぐぐ、ぐぐぐぐぐ、ぐがぁーーーーーーーーーー!!!!」
取調用の古びたトタンの机の下で両の手で目を覆っていた植松が、長らく活動を休止していた火山の満を持しての大噴火か、もしくはボーイング機の離陸に伴う地響きか、そんな形容がふさわしく聞こえる恐ろしい音声と共に、突然、自身の力で動いたような挙止とは到底思えない、クレーンに強引に引きずり出されるスクラップカーのような動きで部屋の端から端まで跳ね飛ばされる。
「ど、どうした!?」
のんびり明日の取り調べの立て直しを思案していた黒田は、心臓が凍りつきそうなほど不意を突かれ、吹っ飛んだ植松を目で追う。
「と、敏蔵、ゆ、許してくれ~!!!グ、グググ、ググガ、ググガガ、グゥウ、グピュ、ピュ、ピュュ、ピュ~~~!!!」
植松が耳慣れない名前を叫んで、どこかにいる誰かに向けて許しを請うたかと思うと、何か見えない力に背中を押されるように両の手を上にあげる形で立ち上がった。見ようによっては、両手を引っ張られ宙吊りにされているように見えなくもなかった。心なしか黒田の眼には植松のつま先が地面からいくらか離れ宙に浮いている、ように見えるのだった。
そして、次の瞬間、植松の体は、首から下にかけて肉を一枚一枚そぎ落とされるかのように分解を始めた。手慣れた主婦が手早くきれいにリンゴの皮むきをするかのように、あっという間の出来事であった。そして、植松の叫び声は、その解体されるに伴い喉仏から絞り出されるくぐもった苦痛の声から、やがて気道から空気の漏れる音に変わる。
「ピュ~、ピヒュー~、ピヒュー、ヒュヒュヒュヒュ~、ヒュ~、ヒュ~~~、ウ、、、」
激しく飛び散る血肉と共に、目の前で見る見るうちに回転しながら切り刻まれ細くなっていく。それは黒田の目に場違いではあったがドネルケバブの屋台で回転する羊の肉を連想させた。
リンチ殺人やどざえもんなど、数々の醜い死骸や殺人現場を際限なく見てきた黒田は、それでも気絶せずに持ちこたえていた。しかし、これまでの人間による悪意の所業や大自然の脅威による死に方とは異なる、明らかに何か禍々しい物の力の働きに、黒田は思わず阿弥陀信仰を思い、そして彼自身の死をも覚悟した。
数十秒後、返り血を浴びて全身血まみれになった黒田の視線の下に、首だけになった植松と、血と肉と汚物でできた植松の残骸が出現した。そしてその翌日、あと数年の定年を待たず黒田は警察を去るのだった。
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