第21話 分析

「杏さん、見てくださいよ~!」


「何よまた!?」


丸尾に入れてもらったブラックコーヒーに、角砂糖とコーヒーミルクをドバドバ入れて飲もうとしていた杏は、彼の問いかけに生理的嫌悪を覚えイライラして答えた。最高の同級生というか最愛の友達というか、凛は相変わらずほとんど大学に来ていない。たまに来てオカ研に顔を出したかと思えば、女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害者が爆発死したニュースの細かな情報を根掘り葉掘り丸尾から聞きだしている。丸尾は、いよいよ凛さんもオカルトに熱烈な興味を持ちはじめましたね~、次期部長は決まりですね!と、調子の外れたことを言っているが、杏は、凛の気が変になってしまったんじゃないのか、気が気でないのであった。


福士蒼汰が大好きで、それとは7次元くらいベクトルが違いそうな丸尾などには永遠に手を触れてほしくないと思っている杏は、それでも、トリオが一人欠けた今となっても、凛の復帰を心待ちにして、またオカ研の部室で漫才をやっている。


「また気持ち悪い変な情報じゃないでしょうね!?」


丸尾が光を浴びると固まるUMAのような手振りで招いているのを、そう言ってうるさそうに振り払うと、彼の横に座りパソコンの画面を見た。


「え、これって。。。」


霊の存在などネッシーか雪男かくらいに考えている、霊感など一から十までまるでない杏がそれこそ光を浴びたUMAのように凍りつく。


「おぉ、杏さん、UMAの存在を信じるようになってきたのでしょ~か~!いてっ!」


丸尾を拳固で小突きながら、振り返りPCの画面を食い入るように見つめる杏。


そこには、、、、留置所で爆裂死したはずの宮野の様子が、生前と同じSNSに死んだ日の日付で永遠のように綴られていた。


――――――――――――――


[俺の体が腹から徐々に裂けていく、リンゴの皮をむくみたいに。皮と筋肉と内臓が体躯から1cmずつ引きはがされる。激痛に次ぐ激痛。おれの視線の片隅には、白い服を着て腹部を赤黒く染めている美しい女と、あの沙紀が殺した時のままの姿で立っている。他にも、首があらぬ方向に曲がっている痣だらけの子供や、見知らぬじじぃやばばぁ、ぱっくりと首を割られ顔が後ろを向いているような人間もいる。共通して言えるのは、皆リンチか暴行を受けていたように見え、そして死者である、という点だ。] 2017/6/18 18:01


[俺の体が首だけ残し完全に裂け、そして爆発してしまったのを確認したのち、その女たちは静かに去っていく。同時に俺は留置所で目を覚ました。当然ながら腹は裂けていない。夢か?しかし、とてつもなく陰険な夢だ。] 2017/6/18 18:10


、、、


[これで何度目だろうか、また俺の体が裂かれていく、筆舌に尽くしがたい痛みだ。おそらくまたお決まりのように体を木っ端微塵に砕かれ、気が付くとそしてまた元の留置所の部屋に戻るのであろう。] 2017/6/18 18:11


、、、


[じわじわと、何者かの念力だか何だかに体を裂かれながら、俺の脳裏に遠い過去の記憶が呼び起される。俺はいろいろな時代の時と場面で、沙紀に科したのと同じように、善良な女を犯し、人からお金を強奪し、いたぶり殺しているようだ。俺は沙紀以外は人殺しをしたことはない、はずだ。これは前世だろうか。] 2017/6/18 18:18


、、、


[この酷い死の繰り返しは、俺がこれまでの過去世も含めて犯してきた罪の報いか、業と輪廻、俺の背負っている罪は幾千年に渡り永遠に続くのであろうか。。。苦しい、永久に体を裂かれる痛み以上に、俺が犯してきた永遠の罪が苦しい。] 2017/6/18 18:19


、、、


[繰り返しの悪夢の中で、その始まりとも思えるような一際浅ましい行いがしつこく俺の目に映像として映る。広く薄暗い和室の中で拷問されて息も絶え絶えの男をまたいたぶりながら、対面の柱に括り付けられている妹だろうか、女を、俺と同じ思考を持った多くの人間で繰り返し繰り返し犯している。女はすでに諦めきっているのか表情はない。しかしこれから来る兄の殺害の後に女は豹変する。] 2017/6/18 18:20


、、、


[く、苦しい!も、もう許してくれ!小夜!!] 2017/6/18 18:21


――――――――――――――


杏は大慌てで、反射的にディスプレイの電源を落とす。


「だ、誰よ、趣味の悪い!?」


「そう、そうなのですよ~、宮野は爆裂死した後も、ある女と死者たちに繰り返し復讐を受けている。それも、たった10分足らずの時間の中で永遠に繰り返されるように、です。そして、この筆跡は生前の宮野とは明らかに異なった知性を感じさせるものなのですが、しかし、宮野のSNSがアップされたIPアドレスを違法サイト経由で調べると、133.176.128.2 なんですよ~!!!」


「はぁ、意味わかんないんだけど!!?」


右脳が現世から逸脱してしまっている、丸尾のまったく飛びまくった話の理解に苦しむ杏。


「生前からのものとずっと同じPCで更新されている事になるってことですよ~、死んでいるのにもかかわらず~~~!!!」


「”死んだ人々の生命はこの世で終わるものではない。”トルストイの言葉です、これはまがうことなく、悪いことをした死者が永遠の懲罰を受けているのでしょ~!!」


杏は生まれて初めて背筋が凍りついた。丸尾は相変わらず興奮して叫んでいる。


「ちょ、ちょっと、何かの間違いでしょ!?」


「これはすごいですよ~、ひっ、ひっ、ひひ、ひひひひ、ひひひひひひひ~!!!!がっ!」


丸尾は、感極まったのか薄気味悪い素っ頓狂な笑い声をあげる。聞くに堪えかねて思い切るグーで殴る杏。


「ど、どういう事なのか調べといてよ!部長!カルト系詳しいんでしょ!!」


「そ、そうですね。日本全国津々浦々にわたる私のカルト網を十方駆使して、この原因を突き止めてみせますよ~!」


杏に殴られて少し正気に戻ったのか、いつものような飄々とした口調に戻って答える丸尾。しかし、興奮し切っていた丸尾と杏は、宮野の発した最後の重要なメッセージを見落としていたのだった。

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