第11話 報道
2時間後、夕暮れ時、部屋の隅に真新しい雪だるまの群れのように積み上げられた分別されたごみを背後に、凛は踏むところがようやく顔を出した埃の払われたきれいな畳に座り、深々と土下座して杏と丸尾にお詫びとお礼を言った。
「ありがとう、ごめんなさい、もう決してこんな真似は致しません。」
唯一の家族にして最愛の兄を失った凛ではあったが、2時間にわたる杏と丸尾のドタバタ騒ぎに無理やり引きずり込まれ、若さゆえの弾力と言うのか少なくとも表面上は以前の凛に戻ったかに見えた。
「ま、分かればいいのよ、あなたには私がついているんだから、一人で縮こまらないでよ!」
少し照れくさそうに、また珍しく彼女を傷つけてしまわないように心配りをして、杏は勝気にこう言った。
「不肖丸尾もついていますよ~!着る下着がもう無いのならば私が買ってきますよ~。」
世の常識と言ったものに縁遠い丸尾が、空間図形でいうねじれの関係にあるような何かトンチンカンな事を言っている。が、二人共が友達甲斐のないこんな私を励まそうとしている、そう理解した凛は、思わず少し口角に笑みを浮かべた。
「で、私が様子を見に来てからあと、一体何していたのよ?」
「何も出来ないでいたわ。。。。お父さんももう死んじゃってるし、やっぱり唯一の家族がなくなるのってショックね。」
凛は率直にそう言う。父母どころか、祖父母も近所に健在で、当然ながら身内を過労死というみじめな死に方で亡くしたことなどない杏は、日頃のマシンガンのような口調はどこへやら、どう答えたらよいか困ってしまった。
「”生は死からやってくる”、『チベットの死者の書』の有名な言葉です。案ずるには及びません、あなたのお兄さんもきっとどこか遠い星で生まれ変わっていることでしょ~!」
いきなり輪廻転生を説きだす丸尾、当たり前のように無宗教だった凛と、杏は、ポカンとしてしまうが、
「、、、だと好いわね。”生は死からやってくる”、、、お兄ちゃんともきっといつかどこかで巡り合うこともあるのかしら?ありがとう、部長。私もいつまでも引きずるのは止めにするわ。」
丸尾のオカルト知識から出た必死の勇気づけではあったが、功を奏したか凛は静かにそう宣言し、吹っ切れたように周囲からは見えるのだった。
『今、入ってきたニュースです。』
点けるとはなしに点けておいた14インチの小型テレビから夕方のニュースが流れる。落ち着いた雰囲気を持った30代後半のアルト声の女性キャスターが流暢にニュースを読み上げる、凛たちの耳にも素直に入る森林の木漏れ日のような自然な話し方だった。
『本日17:30頃、今年の2月群馬県で起きた女子高校生コンクリート詰め監禁殺人事件の首謀者の少年2人が、え、、、ば、爆死した模様です。繰り返します。本日17:30頃、今年の2月群馬県で起きた女子高校生コンクリート詰め監禁殺人事件の首謀者の少年2人が留置場にて爆死した模様です。詳しい情報が入り次第またお知らせします。』
”爆死”、聞きなれない言葉に、3人はニュースキャスター同様耳を疑いテレビを振り返った。ここは日本だ、イスラム過激派による自爆テロなどあり得ないはずであったが、おまけに死亡者があの出鱈目な犯罪を犯した少年2人?
「ねぇ、女子高校生コンクリート詰め殺人事件ってどういう事件?」
新聞やニュースとはまったく縁のない猫のような生活を送っている杏が、丸尾に解説を求める。
「オカルトの風上にも置けぬ、鬼畜の所業でしょ~。あなたたちと同じ学年だった女子高校生を拉致して、皆で2か月監禁、あなたに言うのもはばかられるような酷いリンチや、せ、性的な事もして殺害、逮捕されるのが怖くなったのか、証拠隠滅のためコンクリートに詰めて近所の公園に捨ててしまったのですよ~!」
義憤を感じて丸尾が噴火している。先般、世間を大いに騒がせ近代日本に新たな犯罪史を打ち立てた凶悪事件であった。被害者が高校生だったのもさることながら、容疑者となったのがそれよりも年若い少年だったという事で、教育学者から憲法家から刑法学者から、喧々諤々ちょっとした騒ぎになっている事件なのであった。
逮捕された少年たちは、今は留置所に身柄を確保されている、はずであった。
丸尾が、近代犯罪史におけるその事件の与えたインパクトと位置づけを、敵を見つけた猫のように興奮し鼻の穴を膨らませ手に唾して杏に語っている。当然、杏はそんな事を聞いてもヘブライ語に耳を傾けるようなものだった。そして、凛は凛で、また何か別の事を考え込んでいた。そうしていると、詳しい情報が現地リポーターの映像付きで流れ始めた。
『新たな情報が入ってきました。本日17:30頃、先般群馬県で起きた女子高校生コンクリート詰め監禁殺人事件の首謀者の少年2人が留置所にて爆死した模様です。容疑者の2人の少年は、留置所のそれぞれ別の場所で同時刻に殺害された模様です。遺体は腹部を中心に損壊の跡があり、首を切断されている模様です。コンクリート詰め殺人事件に恨みを持った者の犯行やテロも予想され、厳重な警戒体制のもと警察の調査が続けられています。』
『現場の三科レポーターに中継がつながっております。三科さん。』
映像は放送局から現場に移る。定められたルールに従った流れるようなカメラワークであった。
『こ、こちら、事件のあった留置所前です。ご、ごらんのとおり、報道関係、き、近隣の住人、多くが詰めかけ騒然となっております。う、う、ぅ、き、き、きぃ、きゃーーーーー!!!!!』
生中継の現場で現地レポーターが絶叫の声を上げる。画面は一瞬で切り替わり放送局のキャスターの謝罪の声がやはり鉄のルールに従い流れた。現地レポーターの様子がおかしいことは、丸尾達はおろか誰の目にも一目瞭然であった。まず、顔が死者のそれのように土気色で青白かった。そして挙動不審で恐れおののくようにチラチラと振り返り警察署を見ている、恐怖に顔は引きつり脂汗が光っている、ひょっとしたら滴り落ちていたのかもしれない。最終的にその場の雰囲気に耐えられなくなったのか叫び声をあげる。
「むむむ、オカルトアンテナが立ちましたよ!これはひょっとするとひょっとしますよ~!」
「ちょ、ちょっと、変なこと言わないでよ部長!!それにしても容疑者が2人同時に爆死っていったいなんなのよ!!?恨み!!!?」
丸尾がまた突拍子もなくゲゲゲの鬼太郎のような事を言う。凛は、キャスターが発狂したのも気にせず、何か考えながら水の底の年老いたサンショウウオのように静かにテレビを見ていた。その眼の奥に漆黒の強い意志を込めた炎が宿っているのを、追いかけられて慌てふためいている七面鳥のようになっている友人たちは気づくはずもないのであった。
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