さくら荘の恋愛事情

睦月尊

プロローグ

第1話★ ~さくら荘へ行こう~

――道路にて

 「う~ん……地図によると、この辺りなんだけどなあ……」

 大学卒業とともに上京し、初めての一人暮らし。時期が時期だけにあまり選択の余地がなく、とりあえず家賃が安いからという理由で【さくら荘】というアパートを選んだのだが……

「駅から遠いし、周り家ばっかりで全然目印ないし。このままじゃ着く頃には日が暮れそうなんだけど。やっぱり、もうちょい駅近いほうがよかったかなぁ」

探し始めてはや一時間強。初日だからと少しおめかしをして、慣れないヒールを履いてきてしまったせいで、そろそろ足が限界だ。とりあえず、どこか休める所を探そうかと思ったその時。

“ピリリリリッ”

「あ、電話。誰だろ?はい、もしもし」

「あ、もしもし。坂本春香さんのお電話でよろしいですか?」

若めな女性の声。でも、聞き覚えはない。何かの勧誘?でも勧誘って、家の電話ならともかく、ケータイにかかってくるものだっけ?

「あ、そうですけど……。あの、どういったご用件で?」

「ああ、すみません。えっと、私、咲良薫さくらかおりと申します。さくら荘の大家代理です。坂本さんが今日いらっしゃるご予定だとお伺いしたんですけど、場所、分かりにくかったりしないかなと思って、お電話させていただきました。ご迷惑でしたか?」

なんとまあグッドタイミング。欲を言えば、もうちょっと早く電話して欲しかったけど。

「いえ、むしろ迷子になっちゃって困ってたところです」

「なら良かった。あ、いえ、良くないですよね、迷子になっちゃってるんだから。すみません……」

そんなこと気にしなくてもいいのに。なんだか可笑しくなって、少しだけイライラしてたのがスッと治まった。

「いえいえ、お気になさらず。で、えっと…申し訳ないんですけど、迎えに来てもらえたりとか……」

「ああ、はい。場所教えてもらえれば。私は車運転出来ないので、別の人にお願いするようになっちゃいますけど」

「全然大丈夫です。すみません、ありがとうございます。えーっと、何か目印になるようなとこ──」

なんとか現在地を伝えて、電話を切った。大家代理とか言ってたっけ?なんか優しそうな人でよかった。大家って、なんとなく怖い年寄りのイメージだったけど。あの人は結構若そうだし。ああでも、代理で、かつ車が運転出来ないってなると、専業主婦な奥さんとかなのかな?大家一家の息子に嫁入りして、みたいな。となると…旦那が大家で、そっちは怖い人ってことも……あり得るわ~……。ヤバい、迎えにくる人がその人だったらどうしよう。初日から怒られるとか御免なんだけど。

 とかなんとか考えていると、近くに車が停まって、男の人が降りてきた。私を見つけると、こっちに向かって歩いてくる。

「あの、えっと……」

「坂本春香さん、ですか?」

男の人が声をかけてくる。

「あ、そうですけど……」

「ああ、よかった!お迎えに来ました。あ、俺、青柳康介あおやぎこうすけって言います。今日からヨロシク!」

なんか、予想の斜め上を行く、爽やかイケメンが来た。どういうことだ。てっきり大家が来るもんだと思ってたけど。

「あ、悪いんだけど、もう一人迎えに行きたいヤツがいてさ、寄っていってもいい?」

車に向かいながら、青柳さんがこう聞いてきた。

「それは別にいいですけど……。私の他にも新しい入居者がいるんですか?」

「ううん、そういうわけじゃなくて。今から行くのは、もともとさくら荘の住人のヤツだよ。薫ちゃんが買い出し頼んだらしくてさ。結構量が多くて重いから、迎えに来てほしいんだと」

「なるほど」

 とまあ、そういうことで、車はスーパーらしきところに着いた。ちなみに、ここに着くまでの間、この青柳とかいう人はずっと喋ってた。ええもう、それはそれはずっと。これがいわゆるマシンガントークなのか。…などと考えていると、運転席に座る青柳さんが携帯を取り出した。

「ごめん、ちょっと電話させてね。──ああ、もしもし?健太?今着いた。入口の目の前の辺りに停めた。手伝い行ったほうがよかったりする?……ん、了解。じゃあね──ごめんね、お待たせ。手伝い大丈夫だってさ。すぐ来ると思うよ」

青柳さんは電話を終えると、振り返ってこう言った。

「あ、はい」

すぐに、そこそこ大量の荷物を持った男の人が車に近づいてきた。無言で車の後ろのドアを開け、荷物を積みはじめる。

「健太、おつかれ。全部そっちに乗せられそう?」

と青柳さんが聞くと、

「う~ん、ちょっと無理かも。あ、えっと…坂本さん、でしたっけ?隣、置かせてもらってもいいですか?」

健太と呼ばれた男性が、私に向かって遠慮がちに尋ねてきた。

「あ、ええ、どうぞ」

「ありがとうございます」

今度の人はなんか無口な雰囲気だ。青柳さんと足して2で割ったらちょうどいいんじゃないかな、とか思ってしまう。

 荷物を積み終わって男性が助手席に座ると、

「健太、軽く自己紹介しておいたら?」

と、青柳さんが促した。

「そうだな。…大橋健太おおはしけんたです。よろしくお願いします」

大橋さんは体を捻ってこちらを向くと、こう言って軽く頭を下げる。私も、

「坂本春香です。こちらこそ、よろしくお願いします」

と挨拶した。それを見届けた青柳さんは、隣に大橋さんの肩に手を置いて、

「健太と俺は、幼稚園から一緒なんだよ~。家が近所でさ、よく遊んでたの。幼馴染みってやつだね!」

と付け足してきた。何故だか凄くニコニコして。しかし、大橋さんはそれを呆れたように見て、

「腐れ縁だろ」

と真顔で返した。

「うわ、健太ひどい」

「酷くない」

拗ねたような素振りをする青柳さんにも、大橋さんは取り合わない。まあ、仲がいいのは確かみたい。

 二人は前を向き、青柳さんが車のエンジンをかけてこう言った。

「さ、それじゃあ、さくら荘へ出発!」

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