第11話 宗主




 部屋に差し込んでくる朝日に起こされて目を開けると、光の中でほほ笑む妖精がこちらを向いた。


「おはようございます、ご主人様」

「おはよう。今日は買い物を済ませたらダンジョンに行くからな」

「そ、そうなのですか。ですが、その前に回復薬だけでもいいので、買い与えてはもらえないでしょうか」

「いや、必要ないよ」


 それよりも低級か中級の回復魔法を買ったほうがいいだろう。

 まだ使えるかわからないが、やはり転移門と最高位の回復魔法は俺が覚えてしまうことにした。そうすれば、さすがにポーションはいらないはずだ。


「クリントの嘘つきっ!」

「それ流行ってるのか?」

「いっ、いえ、なんでもありません」


 今日はまず何からしようか。

 こんなことならいっぺんに買いそろえればよかった。また、武器屋とマリーの店に行かなければならない。


「あっ、あの、はずしてもらうことはできないでしょうか」

「ん?」

「その……、着替えたいので……」

「あ、ああ、悪い」


 俺は焦って服を着て一階に降りた。

 昨日あんなことをしたというのに、今更恥ずかしがるとは思わなかった。ローレルは一回で慣れたというのにアリシアは違うらしい。

 下に降りるとローレルが忙しく働いていた。


 邪魔するのも悪いから、俺は魔法書の使い方を調べることにする。マリーに借りた本に書いてあったはずだ。

 ローレルが用意してくれた朝ご飯を食べながら、玄関ホール兼リビングのような場所で本を読み始めた。


「あの、ご主人様。回復薬はとても大切なものだといいます。それを持たない冒険者は思い切った戦いもできないそうです。それにすぐ命を落とすと……」


 本を読んでいるところにやって来て、アリシアが真剣な表情で語り始める。


「そこで俺に回復薬の大切さを説いてどうなるんだよ」

「私は、その、剣の腕には自信がありますが、少しだけ未完成なのです」

「なら回復魔法でいいじゃないか。それに、最初のうちは妖魔で遠くから攻撃してもらう予定なんだ。その剣はしばらく仕舞っておいてくれ」

「ま、魔法と、よ、妖魔まで買い与えていただけるのですか」

「まあな」

「愛しております、ご主人様!」

「だから、そのタイミングじゃ現金すぎて信じられないだろ。ご機嫌取りはいいけど、もうちょっとうまくやってくれよ」


 まだアリシアの目には人間風情がという空気を感じ取れる。

 人間にひどい目にあわされた経験でもあるのだろうか。いや、そんな経験があるにしては天真爛漫がすぎる。


「ご主人様、昼食を作ったので、ご主人様のヒキ蛙の中に入れておいてもらえニャいでしょうか」

「おい、そのことは喋るなと言っただろ。たとえ家の中でもだ」

「ニャア! す、すみません……」

「いや、そんなに気にしなくていいけどさ。でも次は気を付けてくれよ。そうだ、薬ってのは簡単に作れるものなのかな」

「いいえ、魔力を練り込みながら長い時間をかけて定着させます。制作者本人が何時間もかけて作るものです。だからこそ、ただの液体に奇跡の力が宿ります」


 ポーションを自分で作るのは無理か。そう簡単なものではないだろうと思っていたが、時間を取られるというのは、レベルを上げたい俺に向いていない。

 それからローレルは本を読んでいる手元に光が当たるよう、ろうそくを捧げ持っていてくれた。そしてアリシアは庭に生えていた果物の実でジュースを搾ってくれた。


 髭まで剃ってもらって、適当なところで二人の介抱から抜け出し本屋に向かう。魔法の本を読んだので、買いたいものはある位程度決まっていた。

 まずは回復魔法である。誰が覚えるべきかは、魔法の素質がある者すべてが覚えておくべきだろう。

 他人を回復させるような能力は、モンスターからでは手に入らないだろうから俺も覚えておく。


 低級回復魔法と中級回復魔法、それに魔法壁を全員で覚えた。

 転移門と最上位の回復魔法は既に朝のうちに俺が覚えている。

 ほとんど強敵が現れた時のための保険である。


 その場で買った魔法は覚えさせてもらった。本に魔力を込めると、本が輝きだして燃え上がり、何重もの魔法陣が本のあった場所に残る。それが消えると魔法が使えるようになるのだ。

 次に服屋で動きやすい服を何着か買い、手袋やブーツ、鞄など必要なものを新調した。


「その服でいいのか」

「いいと言いますか、良くないと言いますか」

「好きなのを選んでいいからな」

「やはりこちらにします」


 ぴったりとサイズが合った男ものを手放し、アリシアは女性用の方を買う。

 それを見ていたローレルが笑い転げているが、アリシアはしょせん畜生という冷めた視線を向けるのみだ。

 そして最後はマリーの店である。


「どうだ。なにか合いそうなのはないか」

「そうさねえ。それだけで戦えるとなると……幻魔蝶だろうかね。弦角と同じように刃を飛ばす妖魔だよ。育てれば魔力を減らしにくいさね。ただ攻撃が軽くて手数を増やすから面倒になる」

「それでいい。それと藻草でいくらになる」

「金貨150枚だ」


 俺は金を払った。盗み出してきた金も大半を使い切ってしまった。そろそろダンジョンの方で稼げるようになりたいものだ。

 店を出たら、どこに転移門を開くかと迷う。


「あ、あの、こんなにいいものを、本当に買っていただけるなんて、なんと言っていいか……」


 アリシアは往来のど真ん中で感激して泣き始めた。

 注目を集めたくなかった俺は、さっさと立ち去ろうと決めて、二人を人目のない場所に引き込み適当に転移門を開く。適当に開いたその先は、俺が最初にこの世界に訪れた、あのゴブリンの洞窟だった。

 そこでアリシアが泣き止むのを待ってから、灯火の魔法を宙に浮かべた。


「それじゃあ最初はアリシアからだ」

「待ってください。私は小さなころから剣を振ってきました。父より受け継いだ剣技を見てくださいませんか」


 真剣な表情だったので、俺は小さく頷いた。

 そこからアリシアはゴブリンたちと泥仕合を開始する。

 たしかに剣線の流れは滑らかで、動きにも無駄がない。しかし攻撃を受けるたびによろめくし、いくら攻撃を当ててもゴブリンたちは怯みもしない。


「まさに羽虫です」

「……そうだな」

「くっ、そんな……私の剣が通用しないなんて……」

「とりあえずレベルを上げてから、もう一度挑戦したらいいじゃないか」

「レベルとは何でしょうか」


 レベルの概念は、状態の能力を持つ俺だけのものらしい。

 魔法で敵を倒していたら剣も強くなるというのを、なんと説明すればよいのだろうか。


「とにかく敵を倒していれば、そのうち剣でも戦えるようになるだろうから」

「本当ですか。まだ剣は諦めなくていいのですか」

「もちろんだ。そんなもったいないことはしなくていい」


 幻魔蝶は綺麗な蝶の羽に似たものを手の中に生み出す。

 それを放ると空気を切り裂いて飛んでいき、敵に刺さるというものだ。投げるというよりも発射するという表現に近い。羽みずから飛んでいくのだ。

 それを投げているだけで、ゴブリンはアリシアに近寄ってくることもできない。

 しかしローレルの使う弦角ほど、正確に敵を狙うことは出来なかった。


 それからはアリシアとローレルに順番で敵を倒させる。

 途中でナイフを持ったゴブリンが現れ、俺は二人を制止した。

 アリシアに飛びかかってくるゴブリンのナイフを奪い取ってから、そのナイフでゴブリンの心臓を突き刺す。

 またいいナイフが手に入るかと思ったが、どこで拾ってきたのか細くて反りのある稲刈りナイフだった。金にもならないかと、そのナイフは捨ててしまう。


「あ、あの、どうして突いてくるナイフを素手で受け止められるのでしょうか」

「ああ、それは昼飯の時にでもローレルから聞いといてくれ」

「ご、ご主人様は人間のわりには、とてもお強いのですね」

「人間を見下すような意識が言葉の端から漏れてるぞ……」

「そ、そんなことありませんわ!」


 それからしばらく進んだところで昼飯休憩になった。今日は二人が作ってくれた昼ご飯だ。

 飲み物まで用意してくれていたので口にしたら、水で薄めたワインだった。


「ワインじゃないか」

「もちろんワインです」

「水とかじゃないのか」

「水だと傷んでしまいますから」


 アリシアはそれがこの世界の常識であるかのように言う。革で出来た水筒だから水が痛むのだろうか。

 慣れておいた方がいいかと思って、俺もワインを飲むことにした。水で薄められているので、そんなに体は重くならないだろう。

 二人は、こぼれたパンくずを払ったり、口の周りに付いたものを拭いてくれたり、かいがいしく世話を焼いてくれる。


「あんまりそういうのはいいから」

「好きでやってるんです。私はご主人様のことが大好きニャんですよ」

「わ、私の方が! ご、ご主人様の事を、す、好きかも、しれません……」


 いつもとは違って、アリシアの言葉に力がない。声も尻すぼみでよく聞こえなかった。顔も真っ赤だから、照れているようにも見える。

 なんだか、さっきまでのおべっかとは違う雰囲気を感じる。もしかして本心だから照れているのだろうか。

 アリシアの様子を見てローレルは容赦なく不機嫌な顔になった。


「気のせいかな。初めて本当のことを言ったように見えるな」

「ばっ!」と言って、アリシアは俺のことを睨んだ。

「とってもプライドが高いニャア。好きなら好きっていえばいいのに」

「だから、好きだと言っているじゃないの!」


 なんとなく流れで、俺も二人のことが好きだけどなと言ったら変な空気になってしまった。

 変な空気のままゴブリンを倒し続けていたら、なぜか広い空間へと出て来てしまった。

 目の前にはとてつもなく大きなゴブリンがこちらを見下ろしている。

 宗主という言葉が頭の中に浮かんだ。

 どうしてこんな浅いところにそんなものがいるのだろうか。


 俺はどでかいゴブリンに蹴飛ばされて後ろに吹き飛んだ。

 すぐにアリシアとローレルが駆け寄ってくる。


「魔法を使う魔力がありません!」

「私もニャい!」


 そうか撤退すべきなのかと考えて、逃げ道を確保しようとした。

 そこにゴブリンの持っていた石の棍棒が振り下ろされる。

 二人を庇うようにしてなんとか受けたが、この剣では質量が足りていない。頭に凄い衝撃が走って、頭蓋骨でも割られたのかコンマ数秒の意識が途切れる。

 とてつもない力を持った相手に、恐怖という感情よりも負けてたまるかという感情が爆発した。


 よく観察すれば目の前の大きなゴブリンは動きが遅くて、逃げようと思えば難しい相手ではない。

 俺は血界魔法で血液中の鉄分を集めて弾丸を作り出す。

 大量の血液が失われるが、同時に魔力が血液に変換される。

 俺が作り出した弾丸を放つと、それがゴブリンの頭に命中した。


 弾丸は小さいが、その中には俺の魔力が入っている。

 そして、その魔力は火薬に変えてある。俺はその魔力に爆発しろと頭の中で命じた。

 同時にくぐもった爆発音がして、巨大なゴブリンの頭が膨れ上がって砕けた。

 魔力が200ほど失われているが、体力は完全に戻っていた。


 大量の灰が洞窟内に充満する。

 なんだか不思議な感覚だった。さっきの自分の感情が自分のものではないような気がする。

 幼馴染に「彼氏ができたんだ」と言われたとき全てを放り投げて、自分が何をやっているのかさえおぼろげになっていた。

 そんな俺が制御できなくなるほど感情を高ぶらせるなんて思いもしなかった。


 あの時バラバラになったと感じた心は、また一つになって動き出だしたのだろうか。そこで何か変化を受けたのかもしれない。

 勝とうが負けようがどうでもいいと思わなかっただけ、俺はこの世界に来てから前向きになれているような気がした。


 倒したのを確認する前に、新しい能力を得たことを感じた。

 能力は剛力とある。何故かレベルが21まで上がっていた。19からはまったく上がらなくなっていたのに、いきなり21である。

 戦闘力は1629と、それほど上がっていない。

 体力と魔力の最大値は264と293である。これは今までで一番の上がり方をしている。


「ご主人様! あれは中枢じゃニャいですか!」


 灰の山に、これまでに見たことのないような青い石が顔を出していた。

 まさしくこれが中枢という奴だろう。

 このダンジョンにはそれより奥がなく、そこで終わっていた。

 かなり小さな最小レベルのダンジョンだったらしい。


「凄いですわ、ご主人様! 中枢を手に入れると貴族になれるんじゃなかったかしら!」

「この大きさでは無理かニャ。それはもっと大きな奴のこと」

「それでも凄いですわ! ご主人様、やりましたね!」

「そんニャ強そうに見えないのに、本当に強いです」

「それで、この青い奴は売れるのか」

「もちろんです。とっても大金にニャります」


 ならばギルドに売りに行くかと青い石を拾い上げて、ギルドの裏手に転移門を開いた。

 青い石を手に持ったままギルドに入ってしまったせいで、とんでもない騒ぎになった。

 それほどの事かと、俺は手に持った青い石をあらためて見返す。

 石の中で青い泡みたいなものがうごめいていた。


 結局、騒ぎは収まらずに、もの凄い目立ち方をしながらギルドの特別室に案内されて、1000枚ほどの金貨を渡された。

 そして、その日のうちから他ギルドの勧誘が凄くて、俺たちは逃げるようにして家に帰った。

 いきなりとんでもない大金を手に入れてしまった。

 しかもギルドにあった金貨がそれだけだったというだけで、払えない分は中枢を返してらうことになっている。


 中枢は武器にしても、そのまま売ってもいい。

 さてどうしたものだろうか。


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