~世界の狭間へ~・4

「まず、おぬしらの住む上の世界……アラカルティアは、結界で障気から守られて、どうにか滅びずに存続しとる。という話はもう聞いとるんじゃったな」

「上の世界?」

「表層界アラカルティアと裏転地界アラムンド……狭間に暮らすわしらからすれば“上の世界”と“下の世界”じゃよ」


 ムースがそう説明すると、遺跡にあった壁画が思い出される。

 どうやら彼曰く、壁画の図は実際に世界の成り立ちを正しく知る者の作ではなく「ちょこっと間違っとる」らしいが。


「まぁそれはさておき……アラムンドは今や人の棲める世界ではなく、障気に満ち満ちとる。キモい魔物も湧いとるしのー」

「キモいってそんなバッサリと……」


 長というからどれだけ尊大で堅苦しいものかと身構えれば存外砕けた口調で思わず引き攣りながら、耳を傾ける。


「その障気が、近年……とゆーても人間からすればだいぶ昔じゃな。マナスポットを通ってアラカルティアに染み出るようになった。じゃから、強力な結界が必要になったんじゃ……それこそ、命を源とするような、のう」

「命って、それじゃあ……」


 結界の巫女の運命、そして無駄という言葉。

 嫌な予感はしていたが、とデューが奥歯をぎりりと噛み締める。


「結界とひとつになったカミベルはもはや、実体をもたず、結界の中から動くことも出来ん。彼女が本来生きるはずだった時間と自由を犠牲に、アラカルティアは守られとる」

「そんな……」


 残酷な事実にそれぞれが俯き、表情を曇らせた。


「もし、カミベルさんが結界を離れたらどうなるんですか?」


 不安げなフィノの問いに、体毛に埋もれた奥でムースの眼光が鋭くなる気配がした。


「それこそ最悪じゃ……結界もカミベルも消えてしまう。真綿が首をじわじわと絞めるように障気が染み出すか、或いは凶悪な魔物の大量発生か、遅かれ早かれ世界も滅ぶ」

「そんな爆弾抱えた世界を守る最善の策、ですかね」


 リュナンが皮肉をこめて呟く。

 そのお陰で自分達含め世界中の人々が今までこうして生きられて、また大多数はその事実を知らないままでいる。


 この場の誰も、そんな話を聞かされて平然とはしていられなかった。


 長い沈黙の後、ムースが大きな咳払いでデュー達の意識を引き戻す。


「……会ってみるかの?」

「え?」

「わしについて来なさい」


 そう言うとのそりのそりと住処を離れ、動き出す聖依獣の長老。

 やはりその後ろ姿は、巨大なモップそのものであった。

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