~孤独抱えしもの~・2

 貸し与えられた一室で人払いを済ませると、疲労が蓄積しているであろうスタードをベッドに座らせ、話を聞くことになった。

 こぢんまりした部屋は六、七人が入るとさすがに狭く感じられ、場所もないため自然とスタードを取り囲む形に。


「……あの場所に来たということは、四十五年前の話も知っているのか?」

「ええ。そのことでずっと引っ掛かっていたのだけど、なんで王様は今になって事を起こしたのかしら?」


 イシェルナが疑問を口にするとスタードは目を伏せ、息を吐く。


「私も全て知っている訳ではないが、昔話には続きがある。あの事件の数年後、王もどうにかして一度は立ち直り……いや、立ち直ったように見せていたのかもしれないが……別の女性と結婚し、子供も生まれ、しばらくは穏やかな暮らしをしていた」


 それだけ聞くと、現在のような暴走や凶行がますます信じられないような話だ。

 一同はそれぞれ思考を巡らせながら、尚も続く騎士の話に耳を傾けた。


「二十三年前、魔物が異常に増えた時があった。思えばそれが、崩壊の始まりだったのかもしれない」


 オレの生まれた年か、などと少年の外見で口にする訳にはいかず、デューはそっとつぶやきを内心に留める。


「王は私の父、ブオルを肉親のように慕っていた。しかし父はその魔物の異常発生から人家を守り、命を落としてしまった」


 しん、と場の空気が重く冷えていく。

 しかしそれでもまだ、スタードの話は終わらない。


「後にガトーがやって来て王も僅かに明るさを取り戻したものの、更に娘夫婦を事故で喪い、奥方は幼かった孫娘を連れて城を出てしまい、追い討ちをかけるように魔物は増えていった。そして約八年前、過去最悪の大量発生があった……オグマ、お前もよく覚えているだろう?」

「……はい」


 ぎゅ、と今は空っぽになってしまったコートの右袖に左手をやり、オグマの表情が曇る。

 彼が右目と右腕をなくしたのは七年前だったと、カッセはそう記憶していた。


「長く、酷い戦いだった。多くの人間が死傷し、私も娘を喪ったが、心身共に深く傷ついたオグマを連れてガトーが城を離れてしまったのが、当時の王にとって何よりの損失だったろうな」


 フォンダンシティの名工で現在はオグマの父親がわりもであるガトーは、相手で態度を変えることはない良くも悪くもまっすぐな男だ。

 結果的に気に入られたとはいえあの王様相手に最初からいつもの調子だったのかと考えると、リュナンの背筋をゆっくり伝うように冷たいものが流れた。


「父はまだ立場をわきまえていた時もあったが、時折それを越えて父親のように接していた。そしてガトーは言うまでもなくあんな男だ。王からすれば、どちらも数少ない対等な相手……しかし今は、その誰も傍にはいない」

「いろいろなことが重なって、どんどん独りになっていったんですね……でも、どうして魔物に?」


 フィノの問いかけに、スタードは首を横に振って返す。


「それは……私にもよくわからない。ただ、特別おかしくなったのはここ最近のことだ」

「黒くて不気味な……先日、魔学研究所で暴れたような魔物がいただろ? ああいう魔物とオウサマが接触した事はあったのか?」

「黒い魔物?」


 後味の悪い事件を思い出したミレニアが、一瞬だが身を強張らせる。

 ふむ、と考え込む物知り騎士が答えに辿り着くまで、さほど時間はかからなかった。

 ややあって思い当たったらしく、小さく声を発したスタードに注目が集まる。


「……城の地下だ。数年前あそこのマナスポットに魔物が現れたことがあって、退治に向かった騎士の一人が魔物にとりつかれていたらしく、報告に戻った城内で暴れたがすぐに取り押さえられた」


 まさしく魔学研究所の時と同じ、倒したと思わせて潜んでいた肉片の仕業だろう。


「それっぽいな……あの魔物は見た目以上にしぶとくて、倒したと思っても人間にとりついて生き延び、乗っ取ろうとする」

「聖依術で、きっちり浄化しなくてはの……」


 しっかりと頷くミレニアの声は、けれども微かに上擦っていた。

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