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「ずっと前から、ですか?」

「うん。中学生の時、友達が好きな男の子が出来たって言った時どういうことか理解できなくて。その気持ちが分からなくて。それからずっと分からなくて、って今も分からないんですけど。変だって言われて、悩んだ時期もあったんですけど、なんかもういいかなって思って」

 なんかもういいかなって?

「だって分からない事を悩んだって意味ないじゃないですか。だって知らないんだもん。そんなことに囚われているくらいなら、自分の好きな事をしようって思って」

「好きな事ですか」

「そういう好きは分かるから。だから今の会社に入ったんです。家族とか友達に対する好きは分かるから。自分の好きもちゃんと分かってるんで」

 ふぅ、と上に上げた紫煙が揺らいでは消える。吐き出した後の朝倉さんは憂いでもなく、晴れる訳でもないが、満ちているように見えた。

「でもどこかで、まだ恋愛の好きを理解できる日が来るんじゃないかなって思っていて。諦めたわけじゃないって言ったら違うんですけど、そう言う経験を一回くらいしてみてもいいかなって」

 ギュっ、と灰皿に押し込んで消した煙草には赤いリップが移っていた。

「それまでは自分の事を一番好きでいようかなって」

 変ですか? って首を傾げて訊いたのに、その答えはもう朝倉さんの中にあるのだろう。その表情を見ればわかる。

「素敵ですよ」

「マスターならそう言ってくれると思った」

 好きとか嫌いとか、愛とか恋とかそう言うことじゃなくて、朝倉さんの一生が素晴らしいものになればいいなと、そう思う。

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