密室はグラウンドの向こう側に

兵藤晴佳

その1

 高2の冬休みを目前にした12月初めの夕方、しかも期末考査明けともなれば、彼氏彼女の関係であろうがなかろうが、クリスマスだ何だと大いに気分は盛り上がるものだ。

 だが、そんな仲でもない僕たち男女3人は、高校の5階にある自習室にいた。

「……何やってんだろうな、俺たち」

 いつも目を細めて、起きてるんだか寝てるんだかよく分からない多賀たが久平きゅうへいがぼそりとつぶやいた。

 その間も、両手の指は絶え間なくノートパソコンのキーボードを叩いている。

「黙ってやれ」

 命令口調でつぶやく奏野そうのゆみの指は、その3倍は速く動いている。

 そのキータッチがけたたましく聞こえるくらい、学校はすっかり静まり返っている。教師が一斉に成績処理にかかる関係で、考査最終日は午前中で放課になっていた。

 多賀はなおもつぶやく。

「部活も休みとなれば、学校に残るバカはそうそういないと思うけどね」

 だが、お互い何の縁があるわけでもなく、ただ化学の授業で実験をやるときのグループというだけの僕たちが物好きにも居残っているのは、それなりに訳がある。

 教室の端から無秩序なアメーバ状に寄せ集められた机。

 そこに向かって座る目の前には、配線も乱雑なノートパソコンと増設ハードディスクとプリンターがひしめき合っている。これに、僕たちの……いや、僕の冬休みがかかっていた。

 黙れと言いながら、奏野はイライラと僕たちを急き立てる。

「時間ないんだよ!」

 それに悠々と答えたのは、多賀だ。

「あと1時間あるだろ」

「1時間しかないんだよ!」

 奏野が食ってかかるのも当然のことだった。

 実を言うと、あと1時間で化学の実験レポートを完成して提出しなければならない。

 でも、他の2人がせっせとキーボードを叩くのをよそに、僕は手を止めて窓の外のグラウンドを見つめていた。

「何やってんだ、手を動かせ、手を!」

 奏野の叱咤をよそに眺める窓からは、校門を入ったところにあるグラウンドが見える。その隅では、いつもは体育系の男子が何かと使っているトイレが、なぜか古い掃除ロッカーでバリケードされていた。

 今日ばかりは無人となったグラウンドには、敷地の西側ですっかり葉を落としたポプラの木が長い影を落としているばかりだった。

 そこに僕は、どう頑張っても力及ばず、ここに来られない仲間の姿を探していた。

 もしや、と思いながら。

 名前を、井原佐紀いはら さきという。小柄で、実験中でも時々いるのかいないのか分からなくなるくらい物静かな女子だ。

 でも、教室内を探してみれば、てきぱきとメモを取ったり、ビーカーや試験管の変化を絵に描いたりしている姿が目に入る。たまに目が合うと、ふんわりと明るい光の中で柔らかく微笑むのだった。

 その彼女が今、ここにはいなかった。

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