第15話 和歌を即レスできないときの対処法(無名抄・十訓抄)

貴族A「ちょっと聞いてくれよー」

貴族B「どうしたん」

貴族A「それがさー、この前、宮中で、上司もいるところで、女房に突然歌を詠みかけられちゃって、すっごい気まずかったんだよね」

貴族B「あー、たまに空気読めない女の子いるよね。麻呂もさあ、この前急いでるときにうちの随身ずいじん(≒従者)が、歌を預かって来ちゃって、困ったんだよね」

貴族A「超わかる。一回聞いちゃったら、返歌せざるを得ないもんな」

貴族B「下手に断ると、『あいつには即レスする歌才がなかった』とか言われかねないし」

貴族A「それな。それに、『何を公衆の面前でいちゃついてんだ』って、チャラいやつだと思われちゃうかもしれないし」

貴族B「女房ネットワークこええんだよなあ」


◇◆◇◆


 千年前、このような貴族たちの会話があったかもしれません。


 ご存知の方も多いかもしれませんが、平安時代、歌を詠みかけられたら、返歌するのがマナーでした。特に、男女間の恋歌を返歌しないのは、現代で言えばLINEの既読スルーに近いかもしれません。送った側はやきもきするし、周囲も「それはないわ……」みたいな感じになるのです。ひんしゅくを買う、という表現が近いでしょうか。


 とはいえ、上記のように、すぐにお返事できない状況というのも、当然あります。

 今回は、そんな貴族に教えてあげたい! 古典に載ってる「歌を詠まれたが即レスできない! そんなときの対処法」について、です!



 まず、ご紹介するのは『無名抄』から。

 『無名抄』は、教科書でよく見る三大随筆『方丈記』の作者鴨長明が書いた歌論書です。歌論書というのは、普通「よい和歌というものは~」みたいなことを論じている本なんですが、この本は和歌に関する説話が多く載っており、説話集に近いです。


 で、「対処法」は、勝命という鴨長明の父の友人が語ってくれたことを、鴨長明が書き残しています。


勝命「TPOをわきまえない女が歌を詠みかけてきて、こちらとしてはどうしようもないということが、宮中ではよくあるのだ。しかしな。それには昔からのシキタリがある」


【対処1】

 「聞こえませんでした」ととぼけて、何度も聞き返す。

【会話例】

貴族「聞こえませんでした。今なんとおっしゃいましたか」

女房「え? ええと、ですから…」

貴族「え? すみません、お声がよく。もう一回いいですか?」

女房「えっ、ええ、やだ……そんなに何度も(恋歌を言い直すのは)恥ずかしいわ……」


勝命「最終的に女は恥ずかしがって、ハッキリと言わなくなる。このやりとりをしている間に、よい返歌を思いついたらそれを言えばいい。思いつかなかったら、そのまま聞こえないふりを貫けばよし」



【対処2】

 魔法の言葉「まさかそんな風にお思いではないでしょう?」

【会話例】

女房「かくとだにえやはいぶきの」(私の恋は実方モードなの♡いとしのあなたなら、この歌の一部だけで、私の気持ち、わかってくれるよね☆)

貴族(やべえ、その歌よく知らないわ。何だっけ……)

女房「かくとだにえやはいぶきの?」

貴族(あ、無理。思い出せないわ)

貴族「……まさか、そんな風にお思いなわけではないでしょう?」

女房「えっ!? え、そんな…確かにたわむれに言いましたけれど、私は、本当に……」

貴族「そうですか。それは驚きだな(セーフ)」


勝命「男でも女でも、ふざけたヤツらが『添えこと』と申して、こちらが知らない歌の一部を言ってくることがある。知ってれば対処できるが、知らんときは『まさかそんな風にお思いではないでしょう?』言っておけばいい。これは、どうとでもとれる言葉で、どの意図にも反しない。


①あなたを深く思っていますよ。

②あなたの心がつらい

③冗談でしょ?


相手は、この3パターンのどれでも解釈できるのだ」



 いかがでしたか?

 両方とも、現代でもうまいこと使おうと思ったら使える……かもしれませんね。

 二番目の「まさかそんな風にお思いではないでしょう?」は、現代なら「まっさかー! え、本当ですか?」って感じですかね。

 なかなか現実的な対処法だと思いました。

 

 もう一つは、何度か紹介している『十訓抄』という説話集にある話から。

 こちらは、説話の内容も一緒にご紹介します。



 藤原教通ふじわらののりみちさんと随身のはたの近利ちかとしさんの話。

 教通さんが近衛このえのたいしょうだったとき、内裏に出仕したのを、とある女房が見かけて、随身の近利さんを呼んで歌を詠みかけました。近衛大将ってかなりの地位なんですが、逆ナン……とは。この女房強い。実際の所は、自分の存在(賢さ・歌ウマ)をアピールしたかったのでしょうか。

 本当の初対面ならかなり空気読めない人だった可能性もありますが、もしかすると元カノとか愛人だったのかもしれませんね。


 とにかく、歌を言付かった近利さん。教通さんのところに近寄り、


「女房が『申せ』と――」


と主人に声をかけると、教通さんが振り返ります。

 そのとき教通さんは、見るからに急いでいる様子でした。

 近利さんは、(わざわざお呼び止めして、歌をお伝えするのはあまりに申し訳ない)と思います。ただでさえ急いでるのを引きとめているのに、返歌まで作ってもらわないといけないですからね。そこで近利さんは……



「あ、忘れました」



と言ったのでした!!!


【言付かった場合の対処】

 忘れたことにする


 普通だったら笑い話ですが、この場合は、近利さんの機転が効いた対応として、みんなに口々に褒められたということです。

 周りの人に状況をわかってもらったから褒められてますけど、もし返歌が詠めなかったら主人の失態になるところを、自分のミスということにして全面的に責任を負っているわけですから、結構覚悟がいることだったと思います。そして、主人に負担をかけまいとする忠誠心もすばらしいですね。


 そして、このことを、白河院の随身であるしもつ毛野けの武忠たけただという人が聞いて


「すばらしい! 今どきの随身だったら、つぶつぶこまごまと逐一お聞かせしていたに違いない!」


と評価したとか。まあ、それがマニュアル通りの普通の対応ですね。


ちなみに十訓抄のまとめとしては「忙しい時は人に和歌を詠みかけちゃダメだよ!」っていう和歌のマナー的なことなのですが、現代的に言い換えると、


「マニュアル対応よりも、臨機応変に相手のことを考えた対応を!」


とも言えますかね。



 さて、二つの書物の対処法、いかがでしたでしょうか。

「なんですか?(すっとぼける)」とか「忘れた」とか、一見アホっぽい返事が大正解になることもあるってことも大事ですね!

 あと、どういう風にもとれる言葉。現代語の例として「まさか」を挙げましたが、「マジで」「ヤバイ」とかもその類に入るかもしれません。もしものときのために、裏表と反対の意味や複数の意味を持つ言葉を脳内にストックしておくのもよいかもしれません。

 

 急に和歌を詠みかけられたときという状況は現代とはかけ離れてますが、その対処法は現代でも結構使えるのではないでしょうか!

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