第11話 職場に初めて参りたるころ(枕草子)
こんばんは。4月に入って一週間が過ぎましたね!
新年度になり、この記事を読んでくださっている中にも、新しい環境がスタートした、という方がいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、新入社員の方々にぜひ知っていただきたい、『枕草子』の「宮にはじめて参りたるころ」をご紹介します。
さて、「宮にはじめて参りたるころ」ですが、清少納言が初めて宮仕えしたときの回想が書いてあります。まさに、清少納言の新入社員時代ですね。
宮にはじめて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべけ
れば、夜々参りて三尺の御几帳の後ろにさぶらふに……
という文で始まっています。
現代語で言いますと、
中宮さまにお仕えするため、初めて宮中へ出仕したころ、何をするにしても、恥ずかしいと思うことが多々あり、泣きそうだったので(もうなんというか昼に顔を見せるのすら忍びないレベル)、あんまり人から見られない夜だけ出仕して几帳の後ろに控えていたんだけど…
みたいな感じですかね。あの自分で自分のことを褒めちゃう系女子の清少納言さんも、宮中に出仕したてのころは、かなり心細かったようです。
このあとは、優しい中宮さまが清少納言を気遣って色々と話しかけてくれる描写が続きます。
私はこの話、確か中学か高校で習った記憶があるのですが、習った当時は、
「またまた!! 清少納言さんてば、中宮様を立てるためとはいえ、過剰な謙遜パフォーマンスして(笑)」
くらいに思っておりました。
しかし、社会人を経験した今となっては、清少納言さん、本心で書いたのかもしれないなあと思っています。
確かに、中宮定子をageするために、多少大げさに書いたところはあるかもしれません。しかし、今まで家で普通に箱入り娘をやっていた女の人が、初めて社会人デビューをしたのです。戸惑うことも、自己嫌悪に陥ることも実際にあったことでしょう。
ちなみに冒頭の後の清少納言さんについてですが。
姿を見られたくないと思っている清少納言に配慮し、中宮は朝になって格子(窓みたいなイメージでお考え下さい)を上げに来た女房に「上げるのはちょっと待って」と言って、暗いうちに退出させてあげます。
ただし。
「お昼にもあなたの顔が見たいからぜひ来てね。今日は雪で曇っているから、ふだんよりは暗いわよ」
と、お昼も出勤してくるように誘われます。
先輩女房が「あなた、かなり中宮様に気に入られてるみたいだわ! ここで遠慮するのは本当に逆に失礼だからちゃんと行ってきなさい!!」と準備を手伝い、清少納言を送り出します。
そして、先輩たちの働きぶりを明るいところで目の当たりにして、
「あんな風に私も働けるようになるのかしら? ううん、そんなこと考えたら先輩方に失礼かも……」
と、また不安になったとのこと。先輩がテキパキやっていると、「自分もあんな風にできるようになるの?」って思いますよね……。
さらに、中宮の兄、
この日は本当は物忌なのに物忌をサボって妹の顔を見に来たとのこと……。
ここで面白いのは、清少納言さん、最初は女房部屋に下がろうかと思ったらしいんですが、好奇心で中宮の部屋に残るんですよ! そこがやっぱり清少納言ですよね。ちょっと安心します笑
すると、他の女房と話していた伊周が、清少納言の存在を聞き、「そこの几帳の後ろに隠れてるのは誰?」と言って寄ってきます。
そして、清少納言さんが宮仕えする前についての噂などを
「この話って本当なの? 本当にそんなことあったの?」
と質問しまくるという。
もちろん、めちゃくちゃ焦る清少納言さん。一生懸命扇で顔を隠して、もうまともに返事もできずあわあわ。すると、伊周、清少納言さんが持っていた扇を取り上げてしまいます。悪気無くからかっていたっぽいですが、意地悪ですね……。
ちなみに、伊周、清少納言さんの8歳下で、このときは19歳くらいというところ。男子大学生くらいと考えると……うん、なんか、こんな感じで絡みに来る学生さん、いそうですね。(清少納言が27歳であることは度外視)
扇を取り上げられた清少納言は、床につっぷしてとにかく顔を見られないように頑張ります。ここは、自分に自信がないという以前に、当時は、男女が直接顔を合わせることは常識に反する行為ですからね……。伊周はそれもわかっててからかっているので、本当にタチが悪い……笑
見かねた中宮が「お兄さん、こっちに見てほしいものがあるのですけれど」と、気を使って兄を自分のところに来させようとするのですが、「あ、じゃあ、こっちで見るので持ってこさせてくださいよ」と、動こうとしない兄。
このあと、さらにお客さんが来て、他の女房達も交えて話し始めたとのことなので、清少納言さんは多分解放されたのでしょう……。
その後に、清少納言さんが、当時と現在の心境の変化について書いています。
「当時はとにかく非日常で、ただただ驚くばかりだったけれど、おつとめに段々慣れて来ると、そんなにたいしたことではなかった。『こんな風に働けるのかしら』と思った先輩女房達も、きっと宮仕えしたてのころは、みんなこんな気持ちだったんだと思う。と、慣れて来るうちにわかってきた」
私事ですが、私も、新入社員時代は、コピーひとつとるのも自信がなく、細かいミスをたくさんしました。幸い先輩や上司は寛容な方が多かったので、特に責められることなどはなかったのですが、とにかく自己嫌悪というか、毎日が不安で消えたい気分でした。
本当に仕事に慣れるのかなあ、とか、こんな簡単な仕事でミスするなんて、自分って本当使えないやつじゃないかな? みたいな。
そんなときに、この「宮に初めて参りたるころ」を思い出しました。
あの、有能で、自分に自信もあって、明るい清少納言さんが、宮に出仕したてのときは、「恥ずかしくてできるだけ隠れていた」と言っていたな、と。
「あの清少納言さんでも、勤めたてのときは不安で恥ずかしくてできるだけ存在を消したい、なんて思っていたのなら、自分がそう思っても全然おかしくないのかも」
と、思うと、少し気持ちを立て直すことができました。
清少納言さんは、皆さんご承知の通り、その後だんだん才能を発揮して、周りにも認められるし、何よりいきいきと宮中で生活できていました。(途中で一度実家に帰った時期もありましたが、中宮定子に呼び戻されて復帰もしています。)
私の場合、清少納言さんのような華々しい活躍をしているわけではないですが、普通に社会人生活はできています。
失敗ばかりしていたころはありましたが、何度もやっているうちにだんだん慣れていき、いつの間にかちゃんと仕事をこなせるようになっていました。
あ、あと、今回は書きませんでしたが、紫式部も。紫式部にいたっては、出仕したてのころに、先輩からマウンティング的なことを言われたのが大ショックで、しばらく実家に引きこもっていたとか。(また別の機会に掘り下げますね)
それでもその後、またお仕事に復帰しています。
清少納言さんも最後に言っていますが、大事なのは「慣れ」じゃないかな、と思います。
勤めたてのころは、本当になれないことばかりで、非日常で、不安がたくさんだけれど、毎日出勤しているうちに、だんだん慣れて来るものです。
だから、もし、うまくいかなくても、「最初はみんなきっとこんな気持ちだったんだ」、「慣れてくると、きっとうまく回るようになるはずだ」と思って、気持ちを立て直してみてください。
学生のみなさまも、新しい環境に飛び出すときには、ぜひこの話を思い出してみてくださいね。
社会人になってしばらく経っているみなさまは、ぜひ新入社員のころを思い出してみてください!
それでは、今回はここまでです。お読みいただき、ありがとうございました。
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