第4話 幸子のクリスマス
「今日は少し早目にご飯にしまーす!」
お母さんは皆にそう言って、クリスマス仕様の夕食を作り始めた。
私も台所に立つ。
「何かあったの?」
早く食べる理由を聞いてみた。
「ムフフッ…。ちょっと見たい生放送があるの。」
「何?」
「それは後で教えてあげる。一緒に見ようね。」
そもそも、生放送って何?とか思いながらフライパンを振るう。
今日はベーコンの代わりにハムを使ったナポリタンと、冷凍ピラフ、チキンはお肉屋さんから格安で買ってきた骨付きを温める。
デザートに小さなケーキも準備してあるよ。
これは豪華だ…、と思いながら料理を仕上げていく。
テーブルに並べて、飲み物も準備する。
「いただきまーっす!」
マー君の大きく嬉しそうな声が家に響いた。
「チキン美味しい~」
ナナちゃんも楽しそう。
私も無表情で食べる。
「美味しい…」
そう呟くと、お母さんはニコニコしながらウンウンと頷き食べている。
ケーキまで食べ終わった時、不意にナナちゃんとマー君が私の所にやってきた。
「ハイッ!お誕生日おめでとう!」
そう言って、私の似顔絵をくれた。
「あ…、ありがとう…」
マー君のは髪が長くなければ男の子なんじゃないかという顔、ナナちゃんのはちょっと私に似てる。
「ご…、ごめんね…。嬉しそうな顔が出来なくて…。でもね、心がとっても暖かいよ…」
「大丈夫!知ってるから!」
マー君はそう言ってニシシーと笑っていた。
「お姉ちゃん、おめでとう!」
ナナちゃんもニッコリ微笑んでいた。
私は二枚の似顔絵を、そっと胸に抱いて自分の部屋に行く。
机の上に置くと、準備していた物を持って戻る。
「これは私から、皆に…」
「なにコレ!?なにコレ!?」
マー君は大はしゃぎで袋を開ける。
「かっけー!本当にいいの!?」
彼には革ジャンを買ってあげた。
「私…、こういうの欲しかったの!」
ナナちゃんにはフード付きのロングコート。
良かった、気に入ってくれて。
「お母さんにも…」
「わ、私にも?」
本当にビックリしたような顔をしていた。
袋を開けると、そこにはエプロンが入っている。
「お母さんのエプロン、ほつれてるし、だいぶ古くなって落ちない汚れもあるから…」
「ありがとうね…」
お母さんはエプロンに顔を埋めていた。
良かった。
皆喜んでくれた。
ゴシゴシっと涙を拭いたお母さん。
「私もプレゼントしないとね!何が欲しい?」
私は激しく首を振って拒否する。
「もういっぱい貰っているから…。今度は私が返す番なの。」
「遠慮は駄目よ!」
「そうじゃない。持てないぐらい、沢山貰っているから。それに、アルバイト代で自分の物は買えるから。」
少しの間、私の事を見つめていたお母さんの頬に、また涙が零れていた。
「成長したね…、さっちゃん…。お母さん嬉しいよ…」
「お母さん良かったね。」
ナナちゃんがお母さんの後ろから抱きついた。
「僕も働けるようになったら、沢山プレゼントするね!」
マー君の弾けるような笑顔。
初めて誕生日で嫌な思いをしないで済んだと思った。
来年も何かプレゼントして、喜んでもらいたいな。
そう思っている時に、ふと思い出したことがある。
「お母さん、何か見るんじゃなかったの?」
ガバッ!
私の言葉に、エプロンを袋に仕舞って、急いで居間からノートパソコンを持ってきた。
「見たい人は一緒に見てね。」
そう言って操作を始める。
画面には、何かの放送が映し出されていた。
皆で覗き込む。
アナウンサーと思われる人の声が聴こえてきた。
『さぁ、今年で3回目となる女子ボクシングの祭典『クリスマスバトル』の、フライ級のトーナメント決勝がもう直ぐ始まります!この大会は特別ルールが適用されていまして、出場者は8人以上で成績もタイトルも無関係、しかも所属ジムも関係なく戦います。なので、同じジムから複数人出場して対戦しあう可能性もあります…』
ボクシング?
「これはね、沢山の企業が出資して行われるボクシングトーナメントでね、今のところ条件が整ったいくつかの階級だけやっているの。10月に1回戦、11月に準決勝、そして今日決勝なの。この試合に、和ちゃんところの選手が出るの!応援しなくちゃ!」
和ちゃんとは、お母さんの同級生の
こーちゃんを養子に迎い入れてくれた人。
「こーちゃんもいるのかな?」
「きっといるよ!あっ!選手が入場してきたよ!」
そう言うと、お腹が出ている熊のような体格の三森さんと、無造作に伸ばした髪の女性選手、その後ろにこーちゃんの姿があった。
「お兄ちゃんだ!」
マー君は興奮気味に叫んでいた。
『三森ボクシングジム所属の
相手の選手はフライ級チャンピオンなんだ。
堂々とリングに上がり、三森さんと何か会話を交わしていた。
『ワァァァッァアアアアアアアアアア!!!』
大きな歓声が上がる。
『さぁ、フライ級チャンピオン、相田選手の登場です!』
結構年配に見える。
『ご存知、ボクシングジム雷鳴館所属、
ハンディングモード…?
ワァァァッァアアアアアアアアアア…
観客のボルテージは最高潮なのが、画面越しに伝わってくる。
なにこれ…
ドキドキする…
胸が…苦しい…
期待…?
私…、何かに期待している…?
『選手がレフリーに呼ばれ、注意事項を言い渡されています。物凄い眼光の飛ばし合い!二人の中では既に戦いは始まっているのでしょう!』
怖い…
だけど恐怖とは違う。
何が起きるのかわからない恐怖感なのかも知れない。
私の知らない何かが…
「レオちゃん頑張れー!」
お母さんが叫んだ。
ナナちゃんやマー君もつられて彼女を応援していた。
私はさっきのアナウンサーの言葉が気になっている。
13年間もチャンピオンで居続けられるの?
ボクシングってハードなスポーツの代表みたいに思っていたけれど、32歳になっても勝ち続けられるの?
きっと、未知の世界がある…
私はそれに期待し、恐怖している…
選手は自分達のコーナーに戻り、セコンドと呼ばれる人と最終確認をしているようだった。
チャンピオンの相田選手は、冷静な表情だ。
挑戦者とも言えるレオさんは、緊張が隠せないものの、やる気充分に見える。
カーンッ
ゴングが鳴り響く。
アナウンサーが状況を捲し立てるように説明している時も、観客の声援が凄かった。
『相田選手は過去大会2連覇中です!大会が始まってから負け無し状態!』
神様なんかじゃなく、化物だと思った。
二人の距離が縮まる。
ドンッ!ドンッ!
乾いた音が聞こえてくる。
両者相手の出方を見ているかのように、探り合っているように見える。
レオ選手は足を使って、距離を取ったり縮めたりする。
近い間合いでは鋭くパンチを出していたけれど、上手く交わされていた。
何度目かの接近の時。
バシンッ!
チャンピオンの左ジャブが綺麗に決まる。
クラッとしつつ、直ぐに距離を取った。
だけれど逃げられなかった。
一気に近寄られ、細かいパンチを当てられる。
アナウンサーの解説によると、ポイントを稼いで判定時に有利になる作戦なのだけれど、こうすることでプレッシャーも与えているらしい。
ポイントで負けていると感じたら、少なからず焦っちゃうかも…
レオ選手も反撃し、接近戦での打ち合いが続く。
しかし、何気ないパンチを掻い潜ると、チャンピオンのワンツーが綺麗に決まる。
バッバンッ!
チャンピオンの必殺技は、ワンツーからの右ストレート、通称『ライトニングボルト』だったはず。
その右ストレートに合わせるかのように、レオ選手の右フック、通称『ジャベリン』が飛び込む!
レオ選手が何をしようとしたのか、なんとなく理解した。
チャンピオンがフィニッシュブローを打ちに強く踏み込んできたところを、そのパンチを避けて尚且つ自分のフィニッシュブローを叩き込む。
2人の力がぶつかり合い、それはきっと相乗効果を生むんだと思う。
心臓のドキドキが最高潮に達する。
だって…、これが決まれば…
薄っすらと汗すら感じるほど、夢中になって画面を凝視した。
ブオンッ…
だけど空振りだった…
渾身の力を込めていたはずのパンチが空を切り、その後に出来た隙にチャンピオンのワンツーが再び決まる。
グラグラッとすると、片膝をついてしまった。
カウントが始まる。
『チャンピオンのライトニングボルトに対して、ジャベリンによるカウンターを狙っていたレオ選手!これが決まれば大きかったのですが…』
カウンターって言うんだ…
『相手の力を利用し、絶大な破壊力を発揮するカウンター。しかし、これを狙っているとよんだチャンピオンによって交わされてしまいました。これは経験の差が出たのでしょうか!?』
なるほど…
凄い…
ボクシングって、ただ殴り合っているだけじゃないんだ…
駆け引きも大切なんだ。
そんな他人事のような感想をもちながら画面を見続ける。
お母さんは両手を握りながら、祈るようにレオ選手を応援していた。
私の拳にも力が入る。
だけれど、ここから大きく試合は傾いていった。
焦るレオ選手と、冷静に捌くチャンピオン。
1ラウンドに1回程度ダウンを取られ、結局3ラウンド目のダウンでタオルが投げ込まれてしまった。
「あー…」
お母さんは本当に残念そうな顔をしていた。
「もうちょっとだったのに!」
マー君は最後まで奮起していたレオ選手に期待していたんだと思う。
「相手の人、凄く強いよね…」
ナナちゃんは試合の展開が見えていたみたい。
終始主導権を握っていたチャンピオンの試合運びを。
レオ選手が肩を借りながら退場し、リング上にはチャンピオンと関係者、そしてアナウンサーがあがっていた。
『優勝おめでとうございます!』
『ありがとうございます。』
『3連覇となりましたが、感想などありましたら…』
『私は変わらず自分のボクシングをしていくだけですから。』
まるで対戦相手は関係ない、自分との戦いだと言いたそう。
それほど自信があるってことだよね。
その自信は、厳しいトレーニングや経験なんかからくるのかも。
私にはないものだ…
ずっと逃げ回り隠れ潜んでいた自分。
目の前の画面に映る人達は、才能と努力を惜しまなかった人達。
私にも…、あんな風になれるのかな…
今からでも…、間に合うのかな…
体を鍛えてきた私がやったら…、どうなるのかな…
『さぁ、優勝賞金の授与です!』
アナウンサーの声と共に、大きな板が運ばれてくる。
表面には沢山のスポンサー名と、デカデカと金額が書かれていた。
『1000万円です!何に使う予定ですか!?』
いっ…、1000万!?
私の方が驚いた。
こんなにもらえるの?
「凄い金額…」
ナナちゃんの感想にお母さんが答えた。
「女子ボクシングを盛り上げようっていうスポンサーの集まりだからね。賞金も大きいのよ。」
そう説明があった。
ちょっと待って…
そのお金があれば…
心臓が高鳴る。
私は、自分が今、何を思ったのか、冷静に考えている。
とんでもないことを考えている。
そんな無茶苦茶なプランが成功するはずもない事は分かっている。
分かりきっている。
でも…
握った拳に力が入った。
毎日鍛えてきた体がムズムズする。
試してみたい―――
感情を失くした少女が、生まれて始めてチャレンジャーになった瞬間だった。
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