第84話 札幌上空

「あいつらが病院に向かうよ」


 M Pミリタリー・パレード社の主要メンバー3人の入院先を探り当てた、仮面の男たち。このまま放置すれば、彼らがどんな目にあうか分からない。

 数多の修羅場を潜り抜けた経験から、マリスが即座に次の一手を決断する。


「ビッグたちの身体を人質に取られる前に、こっちから仕掛ける」


 地球で戦闘するのかと、クロノはやや驚いた様子でマリスを見る。


「お前にしちゃ、えらく脳筋だな」

「この場合は、合理的判断って言うの」


 精神体の状態で戦う。同じく精神体の相手に、攻撃を当てる。口で言うほど簡単なことではない。

 勇者の落日の時、精神体のイーノが調査隊と道化の戦いを完全な第三者として傍観していられたのは、それが難しいからだ。


 けれどもマリスには、ダイモニオン憑霊型シャーマンとしての生来の高い霊的素養がある。それは、夢渡りの民として覚醒した少女マリカと一心同体になることで、さらに強化されていた。


「ユッフィーちゃんたち、イーノファミリーに救援要請はしたけど。昼間だからお仕事の人もいるだろうし、数がそろうまで待ってられない。…無茶をするよ」


 マリスの表情に覚悟が宿る。弱者を決して見捨てまいとするその心意気に、クロノも心を動かされた。


「ああ。地球に帰って罪を償うまで、あの男は死なせない」


(地球で戦うのなら、周りの建物や航空機へ被害が出ないよう情報支援を行います)


 アウロラからのテレパシーに、二人はうなずき。動き出した仮面の一団を低空飛行で追っていく。


(今です!)


 敵が視界確保のため高く飛び上がったところで、アウロラが合図を出す。


(まかせて!)


 マリスが背中に輝く翼を出現させ、黄金色の閃光から幾筋もの赤き熱線ダイモニックレイを放った。それは地対空ミサイルの如く、猛然と仮面の男たちを急襲。8人中の2人に直撃して「夢落ち」させる。背後からやられた男たちの姿が、瞬時にかき消えた。


「敵襲だと!?」

「この地球でか?」


 不意を突かれた男たちが、あたりを見回す。やはり実戦慣れしていない様子だ。


「キミたちね、隠密行動の基本がなってないよ」

「だ、誰だお前は!?」


 悪の組織の戦闘員みたいな、ベタなリアクションを返してくる仮面の一団。本職のマリスからすれば、彼らの忍者ごっこは子供の遊びに等しい。


「貴様らに名乗る名は無いが、地獄からの使者とでも思え」


 クロノの返答は、往年のヒーローのセリフを混ぜたものだ。その芝居掛かった台詞セリフ回しに、マリスが思わず吹き出す。


「いいね!このまま悪いヤツらをボコっちゃおうか」

「逃げ道は塞いだ。これで流れ弾の心配も無用だ」


 クロノの言葉に、仮面の男たちが周囲を見ると。敵味方全員がいつの間にか、半透明の巨大な立方体に閉じ込められていた。ざっと見て、一辺が15mほどか。


牢獄障壁サイキックプリズン。外からは自由に入れるが、許可の無い者は出れんぞ」

「アホか、こんなんでオレたちを閉じ込め…」


 仮面の男たちの一人が、大きな戦鎚ウォーハンマーを武装具現化して半透明の壁を叩き割ろうとするも…逆にその一撃を反射されて、派手に吹っ飛ばされた。


 ボゴォ。


 そんな鈍い音を立てて、男の身体がくの字に曲がる。そしてそのまま、夢落ちして姿を消した。


「あと5人」


 まさに、地獄の処刑人。そんな低い声音で、クロノが静かに告げる。


「クロノ、ナイス!カッコイイ!!」


 相棒が、ここまで頼もしく成長してたなんて。

 込み上げる嬉しさに、状況判断もそっちのけでクロノに抱きつくマリス。


「マリス、まだ戦闘中だぞ」


 マリスが仕掛けている間に、クロノも夢魔法行使のためのイメージを練っていた。そして、武装具現化の要領で牢獄を実体化し、敵集団を足止めした。これで易々とはビッグたちに手を出せない。

 しかも、障壁の強度は達人級。夢魔法に適性のある地球人としても、異常なレベルだ。


「オレはたぶん…もう、地球人じゃない」

「ってことは…」

「そう。マリスと同じ、夢渡りの民として覚醒したんだと思う」


 自分もまた、誰かに捨てられた存在だと。地底世界でイーノとエルルのキスシーンを見たとき、浮かんできた記憶はそう告げていた。


 マリスと一緒なら、悪くないさ。自分に言い聞かせるように、クロノは呟いた。


「歓迎するよ。クロノがいれば百人力♪」


 仮面の男たちの前で、抱きついたままほっぺにチュッとキスする。クロノもまた、マリスの唇にキスを返した。敵を前にしながら、余裕の表情だ。


「これだからリア充はよぉ!」


 男たちの間から、嫉妬の声が上がった。


「答えてもらう。なんでビッグたちを狙った?」

「それも聞きたいけど、彼らが入院してるのって秘密だったよね」


 クロノとマリスが、改めて仮面の男たちに問いかける。その立ち居振る舞いは、法で裁けぬ悪に人知れず立ち向かうダークヒーローを連想させた。


 ところが、それを聞くと。

 仮面の男たちはその無個性な面の下から、くつくつと嫌味な笑い声をあげた。


「あんたらも結構、抜けてるとこあるな」

「どういうことだ?」


 相手の真意を探ろうと、クロノが問いを返すと。


「秘密も何も、あんたのお仲間が小説に書いてるだろ。読者には筒抜けなんだよ」


 それは、予想外の答えだった。


「ええっ!?」


 事情を良く理解していないマリスが、驚いたような声をあげる。しかしクロノには、心当たりがあった。


(イーノのことか…)


 あいつは、自分の夢渡り体験を小説に書くことで…。


 就職氷河期世代。大人の発達障害。長年に渡って合わない仕事で心身をすり減らし、今は無職…もちろん独身。

 そんなどん底続きの人生から、作家として再起しようとしている。彼の作品がそこいらの異世界モノと違うのは、自分自身の体験を交えたリアルな物語だということ。


 クロノも直接読んだ覚えはないが、イーノの小説を読んだ地球人たちから感想を聞いたことがある。特にビッグのことについては、イーノが得意とする分析力を活かしてモデル本人に忠実に描写されているという。地球に帰れない現在の境遇も含めて。


 だからといって。


 そんなイーノを、小説に書いたことのせいで危険にさらされた人間がいると…どうして責められるだろうか。

 クロノはユッフィーに、中の人イーノに不思議な共感を覚えていた。記憶を取り戻した今は、その理由もはっきり自覚している。


 何より、あいつは。


「説明は後だ。ともかく、連中の正体が地球人なのは確定した」

「分かったよ」


 マリスは相棒として、クロノに信頼を寄せている。だから今はそれ以上問うことをしなかった。


 地球人の中に、庭師ガーデナーに組する者がいる。可能性としては有り得ることだったが…クロノを含め、今までに出会い絆を深めた地球人たちの顔が浮かんで。

 マリスの胸中に、複雑な想いが去来した。


 そこへ、他ならぬ仲間の声が響いた。


「クロノ様!マリス様!!」

「助太刀に来たの」


 精神体のユッフィーとモモだ。地球にその姿を見せるのは初めてだったが、二人ともアバターボディで変身した時のイメージが脳裏に焼き付いており。

 一般人に視認されない精神体でありつつ、アバターボディを持ち込めない地球で、いつもの変身後の姿に上手く化けていた。これもアバターライズの一歩先の段階だ。


「ウワサをすれば、キモいおっさんたちが来やがったぜ」


 イーノの小説を知ってるという仮面の男たちは、当然「彼女ら」の正体も知ってるとばかりに。吐き捨てるような軽蔑の視線を二人に向けた。

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