第85話 顔の見えない悪意

 状況は4対5。

 札幌市上空で対峙する、両者の戦力差は一気に縮まった。


 加えて、周囲にはクロノが設置した夢魔法の壁サイキックプリズンがある。これがある限り、仮面の一団はビッグたちの入院している病院を襲えない。


 しかし。ユッフィーとモモが救援に駆けつけた途端、仮面の男たちの気配が一気にふくれ上がった。さっきとは、まるで別人のようだ。


「形成逆転かと思ったけど…嫌なプレッシャーだね」


 それは、吐き気を催すような不快感。どす黒く燃え上がる、悪意そのもの。


「よぉ、キモいおっさん」


 人を人とも思わぬ態度で、刺すような視線をユッフィーとモモに向けてくる仮面の男たち。まるで…匿名なのをいいことに、ネット上で目についた者を手当たり次第に叩いて、誹謗中傷して溜飲を下げている「顔の見えない連中」そのものだ。


 しかも、イーノが書いた小説の内容を知っていて、それを悪用して事件を起こそうとしている。

 精神体で起こした犯罪は、カメラに映らない。身体は寝てるんだから、不在証明アリバイがある。となると、彼らに対して警察は無力だ。法の枷を逃れた彼らは、まさしく人間性を失った野獣だった。


「さっきから、レディに向かって失礼じゃありませんの?」


 努めて冷静に、ユッフィーが相手の非礼をたしなめる。ところが。


「中の人がおっさんの癖して、何言ってんだか。おお、キモいキモい」


 仮面の男たちは、ゲラゲラと下品に笑うばかりだ。


「あんたもだよ。美女の皮をかぶった変態オヤジ」


 モモが身を固くする。中の人ハリネズも、いつもなら酔っ払いに絡まれたと思って気にもせずやり過ごすだろう。けど今は違う。

 モモの中の人だって、M Pミリタリー・パレード社の登録イラストレーターだ。ビッグたちが狙われていると知って、ただ黙ってはいられない。


「悪いけど、大切な取引先を失うわけには行かないの。それに人として、困っている仲間を放っておけないもの」


 いつもは、可愛いリーフやイケメンのクロノにちょっかいを出して。イタズラ好きなお姉さんを演じているモモも、この瞬間においては真剣だ。


「中の人が誰だろうと、相手のキャラクターを尊重して相応しい扱いをする。それがロールプレイの作法ってもんだろう」


 なりきりに理解のあるクロノが、男たちの無粋をとがめる。RPGでキャラクター演技を否定するのは、ファンにとって世界を否定することにも等しい。

 物理的には一介のテーマパークに過ぎなくても、夢の国は夢の国だし。サイコロと紙とペンしか無くても、そこには確かに幻想世界が存在すると信じるオタクが元祖・RPGをつくったのだ。


 けれど今、RPGという言葉の定義は酷くあやふやなものになってしまった。


 個人の性質と能力の違いを認め、その違いを活かして困難を乗り越える力とする。アメリカ生まれのRole Playing Gameは、そんな文化の申し子だ。

 あなたがRPGを遊ぶとき、パーティ編成に頭を悩ませた経験は、一度や二度ではないだろう。それは現実で人を使う際の苦労にも通じる。必要な能力を持った仲間がパーティにいなければ、ビジネスを円滑に進めることはできない。


 それを真に理解し活用することが、長年の間「同質であること」を良しとしてきた日本社会の行き詰まりを打破する鍵になる。

 イーノはよく、発達障害のことを人に説明するとき「RPGで、能力値の高低が極端なキャラクター」みたいなものだと言っている。彼にとって、RPG的なものの見方は救いだった。誰もが同じようにできなくて、当然なのだから。


 しかし今、日本人にとってのRPGは。映画のようなストーリーや美麗なグラフィックを受動的に楽しんだり、単に順位や効率を競うだけのものに成り下がり。利己的な企業が、ガチャで儲けるだけの道具にさえ落ちぶれた。だから衰退した。


「オレたちゃ、そんなもんに興味はねぇんだよ」


 目の前の仮面の一団も、そんな歪んだRPGに毒された日本人のひとりだろう。


「拙者は…見た目さえ良ければ中身は問わないでござるよ、デュフフ」

「…おい」


 同じ仮面をかぶっていても、その下の個性は隠せない。仮面の男たちは、どうやら一枚岩というわけでは無さそうだ。


「でしたら、どうしてここに?」


 世の中には、ロールプレイに理解を示さない人間がいるのも事実。でもそれは別におかしなことでも、何でもない。それも尊重されるべき個性のひとつで、興味が無いなら関わらなければいいのだから。

 なぜ無視せずに、こうしてこんな形で横槍を入れるのか。ユッフィーには不思議に思えた。


 いじめられっ子だったイーノにとって、こうした妨害者の存在は珍しくない。学生ではなくなっても、どこの職場でも、どんなP B Wプレイバイウェブでも。自分と違う異質な者を受け入れず、嫌悪感を抱く人間はどこにでもいた。

 だから、30代も後半になって自分が発達障害だと知った時には、納得できた。


「拙者はァ、マリスちゅわんをこの触手で身体中ペロペロして…」

「あんたの方がキモいよ!」


 仮面の一団のひとり、小太りの男が背中から数本の触手を生やして。ねばつく粘液を滴らせながらワキワキと蠢かせた。明らかな異形だが、これでも地球人だ。


「リアルな触手をイメージの力で武装具現化とか、変態的な無駄遣いしないでよ」

「そう申されましても、これが拙者の専門分野でござりましてなぁ…コポォ」


 寒気を感じたマリスが、両手で自分を抱くような仕草をするが。それは仮面の変態男からハァハァと萌え萌え反応を引き出すだけだった。


「人間界が生んだ、モンスターですの」

「ぼくね、仕事柄女の子の裸を描くのは好きだけど。触手を描くのって苦手なの」


 クロノは呆れて、ものも言えない様子だった。女性陣はドン引きだ。


「ええい、やめろ!お前のキモオタ趣味に付き合いに来たんじゃない」


 仮面の男たちに、リーダー格はいないようだ。このグダグダな空気、烏合の衆かとマリスは鋭く察する。そして気を取り直し、事態打開の糸口を探ってゆく。


「オレたちがビッグを襲う計画を立てたのは…」


 目も鼻も無いのっぺらぼうな仮面の下から、視線を感じるほどの害意が肌を刺す。


「イーノ、お前に筆を折らせるためだ」


 一同の視線が、イーノのアバターであるユッフィーに集まる。けれども「彼女」はまるで理解できない、と疑問の表情を浮かべていた。あたかも他人事のように。


「…それで、あなたはどうしたいんですの?彼に筆を折らせて」


 ユッフィーのロールプレイは、徹底していて。中の人イーノのことを、別人として扱うことがしばしばある。


「イーノはキモいし、ムカつく。上から目線で能書き垂れてるだけで何もしねぇし」

「あと、ビッグのやることもそろそろ飽きた。あいつにも退場してもらう」


 なかなか辛辣な指摘だが、言うほど深い恨みがあるわけでもない。ただ、気に食わないから。そんな感じだった。


「そうですか」


 淡々と、仮面の男の主張に耳を傾けるユッフィー。もしイーノの姿で暴漢に囲まれていたら、こうはいかないだろう。


「わたくしでしたら…関わりたくない人がいたら、距離を置きます。わざわざ争おうとはしませんの」


 実際にイーノは、ビッグから距離を置いている。彼の前ではユッフィーの姿で通し、自身の正体も伏せたままだ。


「お前のやってることは、そうは見えないんだが。むしろどんどん悪目立ちし、オレらを嘲笑い、挑発し続けてる…だから、完全に潰してやろうと思ってな」


 相手のことを否定し、頭から追い払おうとしても離れなくなる状態。

 イーノほど長く生きてきたおっさんなら、思い当たる節もある感情だ。現に自分も、ビッグとの腐れ縁を断ち切れないでいる。その反発心が表に出たか。

 彼らも自分に、同じ想いを抱いているのか。


 あるいは、ADHD当事者としての思考や行動のクセが、相手にそういった意図しない印象を与えているのか。


「退いては、頂けないでしょうか?」


 地球人同士の無益な争いを望まないユッフィーが、このまま夢から醒めて欲しいと仮面の男たちに願うも。


「自分たちが有利だとでも思ってんのか、ゴラァ!」

「スカしたツラしてんじゃねぇぞ!」


 返ってきたのは不良かヤクザか、そんな罵声。取り付く島も無かった。

 無論、モモもユッフィーと同じ想いだが。解決の糸口は見えてこない。


(エルルちゃんも、こっちも向かってるはずだけど…姿が見えないの)

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