第72話 未知なる明日への旅路

「何ぞ、ユッフィーが妙なものを見つけたそうじゃな」

「ええ。星獣にあんな生態があったとは…驚きです」


 氷都市へ帰還したユッフィーたち第三小隊の交代要員として、第一小隊のアリサとリーフが話をしながら星霊石の採掘場を歩いていた。アリサはミニスカートが愛らしい巫女服風セパレート水着姿で封印の布が巻かれた愛刀を持ち、リーフは若草色のサーフパンツとパーカー姿だ。


 クワンダは濃紺のサーフパンツにパーカーを羽織り、狼のレリーフが施された広刃の槍を携えて先頭を歩いていた。勇者の落日以降、ずっと使い続けている愛用の得物だ。


「アリサちゃん!」


 後ろから、レティスとミキが追いかけてくる。二人とも結ぶ位置が左右逆なサイドテールで、それぞれの魅力を引き出す赤と白の水着姿だ。


「おぬしか」


 アリサがレティスを見る。その顔は少し、苦手な相手と顔を合わせたような表情になっていた。


「レティちゃんは、ちゃんづけで呼びたいそうです。アリサさんも女の子だって」


 ミキがアリサに微笑む。


「まあ、ロリ婆さんと呼ばれるよりはましじゃろ」


 アリサが深く気にしない風で、軽く流そうとする。ビッグの陰口をどこかで聞いていたのだろうか。


「アリサちゃんはね、もっと可愛くなっていいと思うの」


 水着を着てくれたアリサに、レティスが微笑む。どう言う心境の変化か分からなかったが、アリサは提案を受け入れてくれたのだ。


「あとね、クワンダさんももっと愛情表現すればいいと思うの!パートナーでしょ」


 先頭を歩くクワンダが、ピクリと反応する。しかし振り返ったり、何か言葉を返すことは無かった。ただ黙々と洞窟の入り口へ歩いていく。


「レティスよ、わらわはの…おぬしほど心が若くはない。見た目はこうじゃが、もう老人じゃよ」

「可愛いおばあちゃんって、ステキじゃない♪」


 万事がこうである。可愛いもの好きで、言いたいことをハッキリ言うレティスと。言わぬが花、抑制を美徳とし。トヨアシハラのウサビト一族の姫としての立場もあるアリサ。その上、大いなる冬フィンブルヴィンテルの影響で少なくとも百年以上は年を取らずにいる。ミキはレティスとも、アリサとも親しいだけに。両者の気持ちがよく分かる立場にいた。


「レティちゃん。アリサさんとクワンダおじさまは、誰よりも固い信頼と絆で結ばれています。たとえ、多くを語らなくてもです」

「むぅ、でもぉ…」


 愛の言葉が欲しいのが、女の子。レティスはそう思っていた。


「最近のアリサ様、本当に可愛くなってますよね」

「さっすがぁ、リーフくんは話が分かるっ♪」


 弟分のように思っているリーフにまで言われて、アリサの顔がますます赤くなった。レティスは上機嫌になって、リーフの肩をポンポン叩いていた。


 ふと、先頭を歩いていたクワンダが立ち止まる。そしてアリサの方へ向き直る。


「そうだな…俺も、アリサには気負わず自然体でいて欲しい。勇者の落日から生還した『運命の三人』だと、重荷を抱え込まずにな」


 普段はぶっきらぼうなクワンダが、その時は珍しく自然に微笑んでいた。アリサの驚く表情がまるで乙女のようになっていたのを、ミキとレティスは見逃さない。二人の親友同士は、輝くように明るく幸せな笑顔を向けあうのだった。


 クワンダたち第一小隊が、揺籃の星窟で星獣たちの挑戦を受けている。彼らがその戦いぶりから歴戦の勇士であることは、すでに星獣たちの間でも広まっていた。そのせいだろうか、クワンダたちが探索に出ると、明らかに他の小隊より強力な敵に出くわすのが常となっていた。


「…ケルベロスです。地球のギリシャ神話に登場する、冥府の入り口を守る番犬」

「ケルベルスの眷属か?」

「ケルベロスのラテン語読みがケルベルスですから、もう一つの姿なのかも」


 異世界テレビフリズスキャルヴから得た情報や、ユッフィーたち地球人との交流を通じて地球の神話知識があるリーフが、一行に注意を促す。

 黒き炎をまとった三つ首の、象ほどもありそうな猛犬が洞窟内の広間に進み出てくる。その威圧感は、幻星獣ケルベルスの別名で呼ばれるに相応しいものがあった。


 クワンダやアリサが警戒の色を強める。


「今回は、全員で戦いましょう」


 ミキが前に出る。


「援護するね、ミキちゃん」

「あれだけの巨体が暴れると、崩落の危険もあります。気をつけていきましょう」


 レティスが弓に、星霊力の矢をつがえる。先行調査に入る前から、矢弾の心配が無いように弓を改造したのだ。これもリーフの協力によるものだった。


「ひさびさの大物じゃな」

「ああ」


 前衛の三人、クワンダとアリサとミキがそれぞれ身構えた。地獄の猛犬が吠え、戦いが始まった。


(エルルさんがいれば、竪琴の音色で眠らせることができたかもしれないけど…)


 オルフェウスの竪琴の伝説を連想しつつも、リーフが後方から戦いを見守る。姉のベルフラウと共に、勇者の落日で絶望的な状況を切り開いた「運命の三人」。彼らの本気の戦いが、そこにはあった。


 クワンダの振るう銀牙の槍が、ケルベロスの牙と打ち合う。象牙ほどでは無いにせよ、下手すれば人間の冒険者が使う曲刀並みのサイズだ。しかもずっと太い。

 ケルベロスの吐き出す黒き炎を、アリサの妖刀が紫炎の軌跡で切り払う。まだ抜刀こそしていないものの、封印の布が巻かれた刀からはプレッシャーを伴うほどの妖気が感じられた。

 ミキは巨大な猛犬の周囲を、足裏に形成した氷刃で自在に滑走しながら隙を突いてあちこちから氷の拳突剣ジャマダハルで突き、すれ違いざまに斬りつける。しかし思った以上に厚い表皮に阻まれ、有効打を与えられないようだ。


「…すごい!」


 レティスも三人の戦いに見入っていた。援護射撃として、先程から誤射も無く何度も正確に矢を射掛けているが、手応えに乏しい。己の力不足を感じずにはいられなかった。


「この状況でしたら…支える獣の紋章サポーター!」


 リーフが獅子とユニコーンを空中に描き、支援系の紋章術を発動させる。擬似的な星獣とも言える一筆書きの動物たちは、クワンダの槍とアリサの刀に宿って一撃の鋭さに磨きをかけた。

 イギリスの国章は、左右からライオンとユニコーンに支えられている。あれが紋章学で言うところの「サポーター」で、氷都市でも紋章術に深い関わりがあるものとして地球の紋章学は研究の対象になっていた。


「下手に術で攻撃するより、支援魔法を使った方が良さそうです」


 三対一で互角の戦いが続いている。星獣はアニメイテッドより戦い易い相手…そんな楽観的推測を覆す強さだ。三人とも達人だけあって、目立った負傷も疲労も見られないが、それでも予想以上に手こずっているのは確かだろう。


「う〜ん、それなら…」


 レティスが考え込む。彼女の弓技は単純な射撃だけではない。数は少ないが、支援効果を持った光の矢を味方に打ち込み強化する技もあるのだ。


「決めた!活力の矢っ!!」


 レティスが弓の弦を引くと、周囲の星霊力が流れ込んで三本の光の矢が形成される。放たれた矢は三人を追尾するように飛び、それぞれに着弾すると小さな花火のように弾けて消えた。


「レティちゃん、ありがと!」


 灼熱の溶岩洞窟で、蓄積しつつあった疲れが和らぐ感覚に。ミキがレティスの方を一瞬だけ見て笑顔を返した。クワンダとアリサも、敵に対峙したまま片手を挙げて謝意を示す。その支援が決め手となり、ミキはこれなら大技を使っても大丈夫と判断を下した。


「大技行きます!おじさま、アリサさん、お願いします」

「分かった」

「心得た」


 それだけの短いやり取りで、熟練冒険者ふたりはミキの意図を察してケルベロスの注意を引きつけにかかる。


「ならレティちゃんも、行っちゃうよ〜!」


 レティスが特別な矢の生成に入る。周囲から螺旋を描いて、赤青白三色の光が手元に集まり始める。

 ミキはケルベロスの周囲を高速で旋回し始めた。舞姫のまとう極光の天幕オーロラヴェールが緑の光の粒子となって、後方に流れていく。高機動モードに入ったのだ。


 大技の気配を察したケルベロスが大きく息を吸い込むと、三つの首から三方向へ同時に炎を吐き出す。妨害に出たのだ。


「させません!」


 横合いから突如、強風が吹き付けて炎の吹き出す方向をそらす。見れば、リーフが風神雷神図屏風の「風神」らしきものを空中に描いて、手に持った袋から突風を吹かせていた。攻撃の予備動作を見てから素早く描いたので多少雑な絵だが、敵の狙いを狂わすには十分だった。


「おぬし、いつの間に」

「モモさんに教えてもらったんです。浅草の雷門とか」


 アリサが少し驚いた様子で、ちらとリーフを見る。そこへクワンダの声が飛んだ。


「俺たちも仕掛けるぞ!」

「応よ!」


 アリサが居合の姿勢に入り、槍を構えて駆け出したクワンダの後に続く。ふたりはそのまま、X字を描くように巨大な猛犬に切りつけた。氷狼の闘気をまとった槍の一閃と、納刀状態のままで妖気の炎をまとった「抜かない居合抜き」が交差する。


「いっくよ〜、螺旋光貫弓スパイラルアローっ!」


 レティスが光の矢を放った。三つの光が螺旋を描きながら、まるでレーザー砲のように直進して、X字の軌跡の中心を射抜く。

 ミキは、加速のついた状態で洞窟内の床の出っ張りをジャンプ台代わりに跳び上がった。そして空中できりもみ回転し、天井スレスレで下降に転じる。


螺旋雪崩脚スパイラル・アヴァランチ!!」


 レティスの矢を追いかけるように、ミキが強烈な横回転のかかったカカト落としを象の如き三つ首猛犬の中央の頭に叩き込む。そのまま猛烈な勢いで回転し続け、巨体を貫通する勢いでとどめを刺してケルベロスを霧散させた。


「やったぁ!」

「やりましたね!」


 レティスとリーフが歓声をあげる。レティスはリーフの両手を握って上下にブンブンした後、ミキに駆け寄ってぎゅっとハグした。


「レティちゃんのおかげです」


 レティスを抱き返して背中をポンポンしながら、ミキも親友との友情に感謝した。


 ケルベロスの挑戦を退けた一行が、水系の星獣たちの憩いの場になっている区画で休憩している。ここなら洞窟内の暑さも和らぎ、水場もある。


「え〜っ、ケルベロスってスイーツ好きなの?」

「神話の中で、ですけどね。蜂蜜を塗ったパンが好物だとか」


 泉に素足を浸しながら、レティスとリーフが話していた。ミキも近くで聞いている。


「幻星獣ケルベルスは、星獣の紋章を持つ地球人とのつながりから神話の知識を得たと言っていましたね。案外、通じたりして」

「今度、竪琴で眠らせる方もエルル先輩に試してもらいましょう」


 ケルベルスの別名というだけあって、ケルベロスはかなりの難敵だった。もし同種の個体が複数同時に出現したら、ミハイルやビッグたちに応援を要請する必要があるだろうと。クワンダやアリサとも話し合っていた。


「…何か、引っかかるんだが」


 先程のケルベロスとの戦闘。クワンダはふと、頭の片隅に生じた違和感が拭い切れずに。アリサに話しかけていた。


「どうしたのじゃ?」


 アリサも少し心配になり、クワンダの方を向く。すると、洞窟内の壁に壁画ではない緑の染みを見つける。


「なんじゃろうな、あれは」

「アリサ様?」


 リーフも二人の様子に気付いて、アリサの隣でしゃがみ込む。するとミキとレティスも近くに寄ってきた。


「アリサちゃん、どしたの?」

「あの壁の…何かと思ってのう」


 レティスがアリサの指差した壁を見る。そして即答した。


「何って、コケが生えてるんじゃない?」

「ええっ!?」


 ミキが突然、とんでもないものを見たような声をあげる。


「ミキちゃんもどしたの?」


 レティスはますます、不思議そうな顔をする。


「そういえば、レティスさんがさっきも使ってましたね…回復魔法」


 リーフのその一言で、クワンダもアリサも。レティス以外の全員が違和感の正体に気付いた。レティスだけが、ひとりきょとんと不思議そうな顔をしている。


「レティちゃんは氷都市に来てから日が浅いから、つい忘れちゃってもしょうがないかな。大いなる冬フィンブルヴィンテルのこと」

「えっと、いつまでも歳を取らないステキ現象だっけ?…あっ」


 マイペースなレティスも、さすがに自分の発言のまずさに気付く。大いなる冬のせいでミキの故郷ローゼンブルクは都市丸ごと氷漬けになって滅び、遺跡になったこと。


「ごめんね、みんな…」

「いいんじゃよ」


 氷都市へ来て日も浅い、若い女の子の気持ちを察して。アリサがレティスをなだめた。


「それだけじゃなく、食べ物が自給自足できなかったり、赤ちゃんが生まれなくなるんだったよね。女の子の日だって来ないけど」


 少々バツが悪そうに、視線を背ける男性二人。アバターボディは身体の機能を本物同然に忠実に再現するが、地球人の男性がバルハリアで女の子キャラクターになりきっても「腹部にボディブローを受けるような苦しみ」を体験せずに済む理由はそこにあった。


「ええ。生命活動を活性化させる、回復魔法の効力も極端に落ちる。それが氷都市の冒険者の常識…だったのだけど。さっきのレティちゃんの活力の矢は、明らかに通常通りの効果を発揮していました」

「つまり、この揺籃の星窟には、大いなる冬の影響が及んでないということか…」


 ミキとクワンダが顔を見合わせる。すると、リーフが興奮気味の声をあげた。


「これは大発見ですよ!僕たちは、とんだ固定観念に囚われていましたね」

「全くじゃな」


 氷都市の常識に囚われないレティスが、思わぬお手柄を立てた。この驚きの発見は、すぐに異世界テレビフリズスキャルヴを経由してアウロラに報告された。


「星獣の生まれる場所。今にして思えば、星獣もエネルギー生命体の一種ですね」


 洞窟内の水辺で。ペンギンの星獣たちや、赤毛の人魚の星獣が騒ぐ冒険者たちを不思議そうに見守っていた。


 なお、第一小隊の帰還後にミキからこの話を聞いたエルルは。


「やったですぅ!これでお酒が作れますよぉ♪」


 エルルの言う「お酒の妖精さん」こと、酵母菌だって仕事をしてくれるようになると、大喜びだった。もちろん、氷都市での食糧生産全般に希望が持てるようになったのだ。


 揺籃の星窟産のお酒ができたら、真っ先にレティスに振る舞うとエルルが約束したのは、言うまでも無かった。

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