第70話 星のゆりかご

「おいっ!どうしてオレらは留守番なんだよ?巨像にとどめを刺したのは…」

「そこに重要性はありません。個人の戦功を競う試験ではありませんから」


 氷都市のセントラルドームにある、イベントホール。先日クロノやビッグたちが市民宣誓式を行った場所だ。

 そこで、一同に告げられた選抜試験の結果にビッグが食ってかかっている。応対している試験官のひとり、ミキは。普段のにこやかな姿とはだいぶ異なる冷静な様子を見せていた。ビッグには何かと因縁のあるミカもまた、口にこそ出さないが野蛮な男ねと腫れ物に触るような目で見ている。


 個人の戦功を競う試験ではない。それについてはクワンダも、アリサも意見が一致している。

 ミキは内心密かに、身内での戦功争いに躍起となり道化の謀略を見抜けなかった、昔の百万の勇者ミリオンズブレイブたちをビッグに重ねて見ていた。


「ビッグ様。あなたは切り札として選ばれたのですわ」

「また口先で誤魔化そうってつもりか」


 なだめに入ったクシナダにも、不機嫌な目を向けるビッグだが。いいえ、と彼女は強い意志を示した。


「むしろ、先の戦いぶりからここぞという瞬間に全力を発揮できるよう。余計な神経をすり減らす探索から外れて、救援要請を受けてから現場に駆けつけられるよう配慮して頂いたのです」

「ヒーローはピンチに駆けつける。そうだよね?」


 あくまでも、適材適所。クシナダの説明にメルも助け舟を出した。そうまで持ち上げられれば、ビッグとしても悪い気はしない。

 承認欲求が強いのだ。元から何事も前に出たがり、目立ちたがりの性分の強さは、そのままM Pミリタリー・パレード社のP B Wプレイバイウェブ運営チームの癖として如実に表れていた。何でもいいからとにかく目立つ機会を作れば、プレイヤーは満足するだろうと。

 実際には、そうではなかった。テレビに映りたくない人がいて、取材拒否のお店があるのと同じだ。そしてそういう人たちに魅力的な提案をできなかったことが、MP社の今日の衰退を招いた一因かもしれない。


「いざという時は、よろしくお願いしますの」

「任せといてよ、ユッフィーちゃん」


 ユッフィーが、ビッグたち三人とミハイルに頭を下げる。中の人イーノは、MP社のPBWでは運営と反りが合わず長い間無視され、軽んじられてきた立場だ。だが逆に今は感謝していた。その扱いが表面だけに惑わされない、本質を見抜こうとする今の自分を作ったからだ。


 それこそ、一時的にブレイクしても次の年には消えている一発屋芸人みたいな目立ち方をしても意味が無いことを、イーノは良く理解していた。そして真面目にゲームに参加しようとするほど、運営から意地の悪い無理難題を押し付けられ。失敗すれば他の全てのプレイヤーから白い目で見られて、匿名掲示板でも誹謗中傷される。

 そんな連中に付き合う義理なんか無い。PBWはこのまま、イラストが注文できるだけの「なりきりSNS」として細々とやって行けばいい。自分は違う道を目指す。他人からどう思われようと、自分は自分のやるべきことをやる。


 ゲームマスターの決定に不服があるなら、自分でリプレイ小説を書けばいい。イーノのまさにドワーフ的な頑固さは、こうして形成されていった。


「ビッグ、ジュウゾウ、ポンタ、ミハイルの四人は戦力として頼りになるが、継戦能力に難がある。その能力を不向きな探索ですり減らすのも、宝の持ち腐れだろう」

「わらわも、探索班からの要請を受けて障害を排除する討伐部隊とするのを推すぞ」


 アリサも、氷都市にとってVIPであるミハイルを帰還も危ぶまれるような戦場に送り出すわけにも行かない。四人の扱いは全員一致で確定した。


「ユッフィーには、第三小隊のチームリーダーを頼む。俺が第一、マリスが第二だ」

「若輩者ですが、微力を尽くさせて頂きますわ」


 ビッグから恨めしそうな視線を感じるが、気にしない。ユッフィーは淡々とした態度で、クワンダからの要請に応じた。


「それでは、みなさんに先行調査で判明したことをお伝えします」


 リーフが、壇上後ろの壁に洞窟内の映像を映し出す。それは溶岩の煮えたぎる、まさに地獄のような光景だった。


「洞窟内は基本、こんな感じです。ローゼンブルク遺跡とは対照的な、灼熱の迷宮。女神の加護オーロラヴェールによる酷暑の軽減は可能ですが、寒さを完全に遮断するほどの効果は見込めないと思ってください」

「それってぇ、常にサウナ状態ってことですかぁ?」


 サウナ好きのエルルが、先日イーノと一緒に入ってきた時に覚えてきた地球でのサウナ事情を交えながら、具体的な温度をあげて説明する。


「サウナの本場フィンランドならぁ、だいたい80度から90度が目安ですぅ。我慢大会とかだとぉ、110度から125度くらいにすることもあるそうですよぉ」

「女神の加護無しだと、我慢大会レべルですね」


 まるで溶鉱炉のような暑さを思い出しながら、リーフが苦笑いを浮かべる。


「加護ありなら、60度から90度の間には抑えられます」

「じゃあ、低温から中温のサウナですねぇ」


 エルルが楽しそうに答えるも、先行調査班で巫女の役割をこなしたミキの額には思わず汗がにじんでいた。その暑さで身体を動かして戦う場面もあるのだから。


「…救援部隊で良かったぜ」


 ビッグの表情が変わる。それはミハイルも同様で、そんな環境で長時間マキナを運用すれば機体がどうなるかは見当もつかなかった。


「そこで重要になってくるのが、水系の星獣です」


 唐突に、おかしなことを言い出すリーフ。星獣とは、洞窟内で行く手を阻むだけの障害ではなかったのか。


「星獣どもの首魁、幻星獣ケルベルスは我らへの言伝の中でこうも言っておったな。お前たちが我らを従えるに相応しいと証明してみせよ、と」


 すると、メルが楽しそうに聞いてきた。


「勝ったら、星獣が仲間になるの!?なんかRPGっぽくない?」

「ええ、僕たちの探索にも協力してくれるようになります」


 一同の間にどよめきが起こった。この迷宮は、攻略法からしてローゼンブルク遺跡とは別物なのだ。


「それでね、私たちが救援に行った帰りなんだけど」


 オリヒメが話し始める。一同の注目はそちらに移った。


「出てきていいわよ」


 オリヒメが一同に背中を向ける。すると背中の蜘蛛の紋章が光り…描かれた絵柄がオリヒメの背から抜け出して、実体化した。その姿は平面の絵をそのまま立体化したかのようだ。


「ええっ!?」


 モモがギョッとする。紋章として描いた星獣が実体化するなど、初めて見たからだ。


「大丈夫、怖くないわ」


 昆虫の蜘蛛とは、明らかに性質が違うのか。漆黒の身体に星空のような模様の蜘蛛は、あたかも飼い主に懐いた動物のようにオリヒメに寄り添い、身体をすり寄せさえしていた。


「よしよし」


 オリヒメも蜘蛛を撫でる。言葉は発しないものの、蜘蛛は明らかに気持ち良さそうな仕草を見せていた。


「…何だか、猫みたいでしょう?星獣系の紋章を背中に描いた者が、揺籃の星窟にある程度留まっていると。紋章に星霊力が充電されて、こうなるみたいなの」


 イーノファミリーでは唯一別行動を取り、オリヒメと一緒に先行調査班の救援に向かったミカがモモたちに説明する。


「短い間なら、地上でも実体化できるわ。ローゼンブルク遺跡では試してないけど」


 オリヒメが蜘蛛のアゴの下あたりを撫でると、星獣の蜘蛛は光って姿を消し。元通りに背中の紋章に収まった。


「オリヒメさんのように、水系の星獣と仲良くなって。洞窟内に休憩できる場所を整備すれば、攻略は格段にはかどるでしょう」

「幸い、遺跡と違って入るたびに地形が大きく変わるようなこともないからな」


 クワンダが付け加える。要するに地道にマッピングを続けて地図を描き上げれば、いずれ最深部への道は開けるのだ。


「他には…」

「はいはいっ。探索するなら、やっぱり水着だよね!」


 説明を続けようとするリーフに、レティスが勢いよく手を上げる。


「つまり、猛暑の洞窟内ではビキニアーマーが大活躍よ?」

「あはは…そうかもね」


 オリヒメの冗談に、メルは何とも言えないような照れ笑いを浮かべた。


「防御面は女神の加護と守護紋章で補えるから、衣服は汗をかくこと前提のが好ましいわね。水着が無い方にも、特別に用意させているわ」

「な、何じゃと!?」


 アリサが急に顔を赤くする。水着は似合わないと言って、コンテストへの参加を辞退したほどだ。よほど恥ずかしいのだろう。現代の日本人とはかなり違う感覚だ。


「大丈夫です。アリサさんには和風の水着と、いつものサラシにふんどしの両方をご用意してますから。どちらでもお好きな方をどうぞ」


 ミキがアリサに微笑む。両方用意するように頼んだのはミキだった。レティスから全員に水着をとの強い要望は受けていたが、アリサとの付き合いもそれなりに長い。彼女なりの折衷案だった。


「うう…」


 恥ずかしさに頰を染めるアリサを、珍しそうにクワンダも見ている。


「なんじゃ、おぬしまで」

「星獣はアニメイテッドと違い、糸切りを意識しなくても普通に倒せる。それでも、たちどころに新手が湧いて出る数の多さは脅威だ」


 お前が動きやすいと思った方を選べばいい。クワンダは最も信頼する相棒に自然な笑みを向け、肩にポンと手を置いた。


 試験の結果発表と探索の事前説明が終わり、一同が解散する。足早に会場を去ろうとするビッグたちを見ると、ユッフィーは一言だけクシナダに声をかけた。


「クシナダ様。ひとつ気になることがありまして…。異世界テレビフリズスキャルヴ経由でも構いませんので、お話したいことが」

「承ります、ユッフィー様」

「では、わたくしたちの家で」


 イーノファミリーが借りている、ファミリー用集合住宅の一室。今日はファミリーのメンバー以外にミキと、異世界テレビを通じてクシナダとも回線が通じていた。

 クシナダのアバターボディは、今この瞬間にもビッグの側でお世話役を務めているが。まるでコンピュータかと思うくらい、マルチタスク処理が得意な女神アウロラのアバターだ。ついでにユッフィーの話を聞くくらい、造作も無かった。


「わざわざ、ご足労ありがとうございます」

「いえいえ。新居に引っ越してから、あまりお邪魔する機会が無かったのでちょうど良かったです」


 先輩のエルルが出してくれたアイスティーを一口飲むと、ミキもユッフィーにお辞儀する。ミキも、前々からエルルの新居を訪問したかったところだった。


「ユッフィー様。お話と言うと…ビッグ様のことですね?」

「ええ。さすがにお世話役だけありますの」


 異世界テレビを通じて投影されている、映像のクシナダが確かめるように口を開く。それだけ聞くと、ミキは蒼の民としての直感の鋭さでユッフィーの意図を察した。


「道化の烙印の対処法。それについてでしょうか?」

「話が早くて、助かりますわ」


 地球人では持ち得ない、テレパシーや読心にも近い「勇者の資質」。ユッフィーは改めてそれを目のあたりに感じていた。


「ミキ様は以前、道化に刻まれた烙印を克服する方法は…長い時間をかけて、周囲の人々との交流を経て、心が癒されていくこととおっしゃっていましたね」

「はい」

「今回の事例では…彼の心が保たないかもしれない。そんな懸念が浮かんだのです」


 部屋が沈黙に包まれる。メルも、ミカも、クロノも…ユッフィーを見ていた。エルルやモモは、もう少し落ち着いた様子で状況を見守っている。


「地球で平凡に暮らす一般人が、ある日突然異世界に召喚され帰れなくなった。これだけなら、人にもよりますがまだなんとかなるでしょう。ビッグ様の場合は…」

「他の地球人は地球に帰れるのに、自分たち三人は帰れない。しかも氷都市は、都市の方針として『ブラック召喚の禁止』を掲げているが、自分たちには何もしてくれない。その理不尽さに心を乱される、そういうことか」


 クロノは、ユッフィーの言いたいことを的確に言い当てていた。ビッグと近い立場だからこそ、その内心も推察できる。


「ええ。最近、ビッグ様は以前より精神が不安定になっているのではと。心配になりまして」

「ビッグ様のかんしゃく持ちは、いつものことです」


 異世界テレビも駆使して、24時間いつでもずっと気づかれぬように、ビッグを見守っているクシナダ。それだけに説得力があった。


「他に解決法があるとしたら、道化を捕まえて締め上げて、烙印を解除させるくらいかな。現実的じゃないけどね」


 クシナダの隣に、マリスの映像が浮かぶ。


「気になる話だったから、アウロラ様につないでもらってね。ユッフィーちゃん、水臭いよ?」

「マリス様、申し訳ありませんの。探索に向けて鋭気を養って頂こうと思いまして」


 マリスがニカッと笑う。


「だったらさ、もっと楽しい話をしようよ。クロノだって記憶喪失だけど、ボクやみんながいれば寂しくない。でしょでしょ?」

「…まあな」


 あまりに自信たっぷりに言うので、クロノはつい吹き出してしまう。そんなマリスの明るさに救われている一面もあると、振り返りながら。


「地球のビッグ様の身体も、異世界テレビを通じて見ております。ときどき起きてお手洗いに行ったり、食事をなさったりもしていますけど…ご本人のメインの人格ではないでしょう。緊急事態に対処するための、いわば非常用の人格です」

「眠ったままじゃないの!?」


 ミカが驚きの声をあげる。ビッグたち三人の身体は眠ったままなのに、一体どうして動けるのかと。


「多重人格、あるいは解離性障害。辛い体験から逃れるための防衛反応。夢渡りから精神が戻ってこないという非常事態に際して、身体が別の人格を作り出して対応しているのです」

「それって、早く戻らないとその人格の方がメインになっちゃったりしない?」


 メルも心配そうな顔をして、クシナダに質問していた。


「今、地球の医学にも詳しいエイルとも別チャンネルで話しておりますけど。どちらとも見当がつかないそうです」

「これ以上は、ぼくたちが心配してもしょうがないかもなの」


 モモが落ち着いた様子で言う。


「あいつをほっとけないって気持ちは分かる。危なっかしくて、ほっとくと何しでかすか分かんない危うさがあるからな。言い方を変えれば、奴の持ってる魅力か」

「はた迷惑な魅力ですの」


 クロノの言うことに、ユッフィーは不思議な共感を覚えていた。まるでテレパシーで心がつながったかのような。


「それでしたら、できることはビッグさんに『今以上の笑顔』をお届けすること。たとえば…癒し系の女の子をファミリーに加入させるとか」

「ミキちゃん、それナイスアイデア!」


 マリスが表情を明るくして、ポンと手を打つ。マリスには、その人選のあてがあるようだった。


「あたしも…籍はイーノファミリーに置いたままで、行ってもいいかな?」


 メルが、ユッフィーたちイーノファミリーの面々に申し出る。この中では、メルは何かとことあるごとにビッグ・ジュウゾウ・ポンタの三人と交流がある方だった。


「あたしね、中の人が昔、MP社のゲームマスターをやってたんだ。当時、関わってたPBWの運営終了と一緒に、次回作に移ることなく引退したんだけどね」


 それでかと。地球人たちは、メルとビッグたちとの距離の近さの理由を理解した。


「わたしぃは、構いませんよぉ」

「いいんじゃないかな。行っておいでなの」


 エルルとモモは、すぐに賛成の姿勢を示した。

 ユッフィーとミカが、顔を見合わせる。そして互いにうなずきあった。


「いいわ。地球人同士でケンカしてる場合じゃないものね」

「わたくしも、異存ありませんの」


 新入りだが、自分もファミリーの一員だと。クロノもメルを見て答えた。


「もちろん、オレもだ。お前、自分で言ってる以上に女子力あるぞ。こういうことは任せた」

「…ありがとね、クロノくん」


 女子力が無い、はメルの口癖のひとつだった。実際ボーイッシュで脳筋で、戦闘時の言葉遣いは荒くて、ファッションセンスが少しおかしいところもあるが。メルにはちゃんと、女子らしい思いやりと気配りの心もあったのだ。


「そろそろぉ、お休みの時間じゃありませんかぁ?」


 エルルが、地球の時刻を概算で知らせる紋章時計に目をやる。それで今回の相談はここまでとなった。


「それでは。わたしはマリスさんと相談して、ビッグファミリーのみなさんにどうにか働きかけてみようと思います」


 ミキも、エルルにごちそうさまでしたとあいさつして席を立った。


「ユッフィー様。ビッグ様のことを気にかけてくださり、ありがとうございました」

「中の人の手前、彼にはあまり直接的には関われません。クシナダ様が頼りですわ」


 ユッフィーが一同にお礼とあいさつをして、集まりは解散になった。地球に帰る者たちは、すぐに自分のベッドに向かう。


 その翌日、探索出発の日。イーノたちとは別の場所に建てられた集合住宅の、ビッグファミリーの部屋に珍しい訪問者が訪れていた。


「ポンちゃん、おひさしぶりなの!」

「あ、あなたは…」


 玄関へ応対に出たポンタが見たのは、以前に最前線で偶然出会い、氷都市までの旅路を共にした少女パンだった。その後ろには、レティスとメルが立っている。


「あれから、パンちゃんの様子を見にちょくちょく孤児院に通ってたんだけど…冒険のお話を聞くうちに、パンちゃんも冒険者になるって言い出しちゃってね」

「パンちゃんも戦うの!あちょ〜!!」


 中華世界・江湖中原にかつてあった、ネクロス族の隠れ里。そこで見たという徒手格闘術の技を、見よう見まねで再現してみせるパン。地球人の目から見れば、それには真似事で済まないようなカンフー映画めいた迫力があった。


「パンちゃん、かっこいいね!」


 メルが笑って拍手をしている。それを聞きつけて、ビッグとジュウゾウも玄関口にやってきて。


「とりあえず、中に入れ。ご近所迷惑になるからな」

「お邪魔します」


 ジュウゾウが三人娘を手招きする。レティスは保護者としてお辞儀をすると、三人で揃ってビッグたちの部屋へ上がっていった。


 ビッグファミリーの部屋は、純和風の古民家のような佇まいだった。といっても、氷都市では高級品になる木材は用いられておらず。紋章術を用いた壁紙で外観や木の香りなどを再現したものだ。それでもどこか、地球に帰ってきたような安心感がそこにはあった。


「なんか、落ち着くね。女子力無いあたしでも、センスの良さが分かるくらい」

「ポンタが選んだんだ。コレは正解だったと思う」


 感心するメルに、ビッグが応じる。ユッフィーの懸念とは裏腹に、普段見るよりも落ち着いた姿のビッグがそこにはいた。


「リーフさんに教えて頂いたおかげで、いい買い物ができましたよ」


 ポンタがほくほく顔で、水出し緑茶と和菓子をたしなんでいる。来客の三人娘にも、同じものが出されていた。


「茶菓子は、あのロリ婆さんからのおすそ分けだ。トヨアシハラって、マジで和風の世界だな。歴史は似ても似つかないみたいだけどな」

「アリサさんって呼ばなきゃ、怒られちゃうよ」


 言いたいことは分かるけど、とメルが苦笑いを浮かべつつ、ビッグをたしなめる。


「…で、お前たち。俺らを心配して来たのか?」


 ジュウゾウがチラッと、三人娘に視線を向ける。和風と中華で文化的に近いものを感じたのか、パンはこの部屋が気に入ったようで。先程からあたりをきょろきょろ見回したり、和菓子に舌鼓を打ったりしている。レティスもあまり馴染みの無い文化様式に、興味津々の様子だった。


「うん、まあね」


 メルが素直にうなずく。訪問して初めて分かったことだが、お世話役のクシナダ以外にも多くの人たちが、MP社の三人を気にかけてくれていたようだ。


「それで、もし良かったら。パンちゃんをビッグファミリーに入れてあげて欲しいんだけど…面倒は見るからっ」


 レティスが手を合わせて、三人に頼み込む。面倒を見るというからには、レティス自身も一緒に住み込むつもりなのだろう。


「あたしも通っていいかな?当面、籍はイーノファミリーに置いたままになるけど」


 メルも一緒に頼み込む。今までは伏せていたが、中の人がMP社の元マスターだったこともここで明かした。


「異郷の地で親切が骨身にしみますね、我々は」


 ポンタは特段、嫌そうな顔をしていなかった。ジュウゾウは社長の決めたことに従う、そういう態度だ。


「そうだな…」


 ビッグが、最前線から氷都市までの道中を思い出す。追っ手を警戒しながらの逃避行で、パンの無邪気さがどれほどの癒しになったか。このタイミングでの加入申し込みは、本人の意思もあるのだろうが。マリスあたりが気をきかせて手を回したか。


「よし、いいぞ。クシナダにも話しておこう」


 異世界テレビの画面が呼び出され、買い物中のクシナダが応答する。パンの加入の件を聞くと喜んで、声を弾ませていた。


「では、お夕食には腕によりをかけましょう」


 ビッグたちが好むのは、日本の家庭の味だ。クシナダはアウロラアバターとしての持ち前のデータ分析力を活かして、氷都市で手に入る食材で出来る限りの再現を試みていた。


「良かったね、パンちゃん!」

「ビッグちゃん、ジュウちゃん、ポンちゃんよろしくなの♪」

「あたしも何か、手伝おっかな?」


 はしゃぐパンや、笑顔のレティスを見て。メルはユッフィーの懸念がすぐには訪れないだろうと確信することができた。それでこそ、洞窟の探索にも専念できる。


「我々の出番は、おそらくまだ先。それまでは自宅待機でしょうけど、いい意味で退屈はしなさそうです」


 ポンタが穏やかな笑みを浮かべる。


 クシナダが帰ってくると、レティスとメルはパンを彼女に預け。揺籃の星窟探索の調査隊に合流すべく、ビッグたちの部屋を後にした。

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