第69話 巨像と巨人

 ローゼンブルク遺跡の、氷都市側が設置した最終安全ゲートの外。遺跡本来の城門前に勇者候補生と予備役冒険者たち、それにクワンダ・アリサ・ミキの試験官三人が集まっている。


「マキナ・エミュレート。ダグラス・サンダース出る!」


 ミハイルが特注のシューティンググラスをかけて、システムの起動コールを発声する。するとパイロットスーツ風衣装の各部に付いているプロテクターが膨らむように模倣を開始して、わずか数秒で頭頂高5mの人型機動兵器となった。


「各部、異常なし」

「システム、オールグリーン」


 ミハイルが操縦席で、リーフが外から手元のタブレットで機体の状態をチェックする。金色の機体には、女神の加護を示す七色の光のラインが走っていた。


 全員の視界の片隅に、極光の天幕オーロラヴェールの総量を示すA V Pオーロラヴェールパワーから計算された活動可能時間がAR拡張現実表示される。今この瞬間にも1秒ずつ、カウントダウンされている。


「上手くいったみたい?」

「テストの初期段階では等身大だったけど、本番サイズだと迫力なの」


 調整に関わったメルとモモが、ミハイルの機体を見上げている。


「おもしれぇ。こいつで氷像の連中を蹴散らせるぜ」


 ビッグたちM Pミリタリー・パレード社の三人も、実物大のマキナに見入っている。


「時間制限もある。じゃあ行こうか!」


 ミハイルの呼びかけに、全員がうなずいた。


「時間内に、レリーフ前の巨像を行動不能へ追い込むこと。では試験を開始する!」


 クワンダの合図で、全員が一斉に遺跡内へ雪崩れ込んだ。


 試験に挑むチームは三つ。ミハイルを中心にビッグ・ジュウゾウ・ポンタの四人で小隊を組んでいるビッグチーム。


 マリスが巫女役を務める、クロノ・オリヒメ・ゾーラ・リーフの五人でまとまったクロノチーム。マリスは、神道の巫女服をミニスカ風にアレンジした衣装だ。今回は女神の加護によるサポートに専念して、直接戦闘には参加しない。あくまで試験の手伝いだ。リーフはミハイルの機体をモニターしているが、小隊間の連絡要員としてこちらに属している。


 そして最後に、イーノファミリーの初期メンバー五人。彼女らはミカとそれ以外のメンバーで一旦別行動をとったが、クロノやビッグたちが市民権を得て戻ってからは先行調査班が帰還するまでの数日で急激に練度を上げていた。


 遺跡は毎回姿を変えるが、例外的に変わらない要素もある。たとえば大通りを遮るゲートと、そこを守る中型の巨像だ。今までは交戦を回避していたが、これだけ戦力が整っているならさっさと退かして通った方がショートカットになる。


「ミハイル様、砲撃で前方の巨像を釣り出して頂けますか?敵が飛び道具を使わないなら、足を鈍らせてから突っ切りましょう」

「OK、ユッフィーちゃん」


 ミハイルが榴弾砲を武装具現化する。ゼロからのイメージではなく、異神器使いの模倣技術を組み合わせた混合式だ。そして脚部には転倒防止用のスパイクが展開された。


「照準良し…撃つよ!」


 巨像の足元を狙い、ミハイルがトリガーを引く。背部の榴弾砲から放物線を描いて砲弾が射出され、足元を巻き込んで爆発を起こす。


「何だ、今のは」


 トンプソン・サブマシンガンの使い手であるジュウゾウが怪訝けげんな顔をする。妙に発砲音が小さく、また爆発の規模も大きかったからだ。


「オレの火球魔法ファイアボールの強化版ってとこか」

「発砲音なら、消音器サイレンサー代わりの紋章を組み込んでるの」


 クロノが爆発の規模を軽く見積もり、モモは自分が描いた紋章の効果に豊満な胸を張った。


「あくまでも、こっちの世界の技術や魔法なんかによる再現ってことさ。この操縦席も、地球人向けにロボット操縦系のアーケードゲームっぽい感じになってるからね」


 おかげでぼくも助かってるよと、ミハイルが笑う。ロシアでMiG-29体験ツアーに参加したことはあるが、あまり現物をリアルに再現されすぎても困るからだ。エースパイロットは、あくまでゲームの中だけ。


「敵が来るわよ。次は私たちね」

「ええ。おまかせくださいませ」


 オリヒメとユッフィーが前に出る。中型の巨像は爆発に反応して敵襲を感知し、こちらへゆっくり歩き出していた。その足取りは酷く重い。


「飛び道具は無いみたいっすね!」


 ゾーラが牽制で目から石化光線を放ち、なぎ払うように掃射する。榴弾砲でも傷ひとつ付かなかった巨像は、ゴルゴン族の石化光線すら受け付けない。しかしごく一部に変化があった。アニメイテッドの見えない糸が一部石化し始め、それによって糸が視認可能になったのだ。


「ゾーラちゃあん、すごいですぅ!」


 石化の進行速度は、非常に遅い。それでもモモの絵の具ぶっかけ紋章術のように、見えない糸に色を付ける手段がまたひとつ増えた。エルルはそれを喜んでいた。


「なるほど、考えたの」

「勇者の落日の時には、考えつきもしなかったな」


 試験官として見守るアリサとクワンダが、後輩たちの機転に感心していた。


「ミハイル先生も楽しそうですね」

「あれを溶岩洞窟に持ち込むには、また調整が大変じゃろうがの」


 狭くて通れない場所もあるだろう。そういう時は、エミュレートを一度解除すればいいと。ミキもアリサと、マキナの運用法について話していた。


「十分引きつけました。参りましょう!」

「ええ、ユッフィー」


 ユッフィーとオリヒメが左右に分かれて巨像に迫る。両方を一度に叩こうと両腕を振り上げた瞬間、二人の手から何かが放たれた。


「アラクネの糸、じっくり味わいなさい」

「武装具現化…狼縛枷グレイプニル!」


 アラクネ族の強靭な蜘蛛の糸と、夢魔法で作り出した鋼鉄の鎖。それらが複雑に絡まり合い、巨像の両足をぐるぐる巻きに拘束する。たまらず巨像はバランスを崩し、仰向けに倒れた。


「やった!ユッフィーちゃん、なんか強くなってない?」


 以前の訓練では単純な棒を具現化するにとどまっていたユッフィーが、わずか数日のトレーニングでオリヒメの蜘蛛糸に匹敵するほどの鎖を具現化した。その変化に、メルがあっけに取られたような声をあげる。その理由を知っているモモは、ニヤニヤしながら見守っていた。


「ユッフィーさぁん、カッコイイですよぉ♪」


 その変化をもたらした張本人は、後ろで手をブンブン振っていた。


 揺籃の星窟へ行っていた先行調査班が帰還するまでの、地球でイーノの両親が帰省していたお盆の、わずかな間だったが。エルルはずっとイーノと一緒にいることができた。氷都市にいる間はもちろん、地球でも。

 一緒に映画を見に行ったり、水着混浴のある海辺のスーパー銭湯へ行ったり。はたから見れば、完全に年の差カップルだったろう。中でもエルルが喜んだのは、日本ではほぼ一年中、オクトーバーフェストに類似したイベントが開催されていることだった。お酒好きの彼女らしいと言えた。


「この前と違って、まだまだ余裕ね。さあ、先を急ぎましょう」


 ミカが一同に呼びかける。冒険者たちは、その場でもがいて動けない巨像のアニメイテッドを横目に、ゲートの先へと大通りを駆けていった。


 行動可能時間が一時間を切った。試験参加者たちはそれぞれの得意とする技や術で行く手を阻むアニメイテッドを無力化するか、注意を逸らしてその隙に先へと進んでいた。全ての糸を切って行動不能にしようとすると、かなり面倒で。その上、本体への眠りや毒やマヒといった手段も全く通じない相手ではあったが。

 唯一、手足を直接縛るのは有効だった。あとは何らかの手段で糸を劣化させたり、視認可能にして足につながる糸を切る。それでかなりの時間を短縮できた。


「チッ、オレの活躍の場が…」

「社長はボスキラー。露払いはお任せください」


 脳筋な性格ゆえに、搦め手を不得意とするビッグだが。ポンタに体良くなだめられて、走る勢いを早めた。ポンタの方はというと、腰痛防止のためにミハイルの機体の腕に抱えてもらっていた。


「ホント、助かります。ミハイルさん、ありがとうございます」

「なあに、お易い御用さ」


 やがて、遠くに城門のような巨大な扉が見えてくる。ユッフィーが夢で見た、夏のレリーフの扉だ。今回は脇道に入らないので、大通りをほぼ一直線で来ていた。

 その前に立ちふさがるのは、ミハイルのマキナが子供に見えるほどの巨像。先程行動不能にしたのとは、倍以上も大きさが違う。


「いよいよ、ボス戦ね。あれが王女が見たっていう…」

「みんなで力を合わせれば、きっとうまくいくよ!」


 ミカやエルルは、走るのではなく背中の光翼を展開して羽ばたかせ、地面スレスレを飛んでいた。その横を小柄なメルやユッフィーが駆けている。ミハイルやミキは、スケートでの滑走だ。5mにもなるマキナでの滑走は、さすがにミキも驚いていた。


「先生…すごいですね」

「機体そのものがアバターボディみたいな感覚だよ。正直ぼくもびっくりさ」


 一定の範囲に足を踏み入れない限り、敵は動き出さない。その性質を利用して、冒険者たちはボスに先手を取ろうとしていた。


「リーフくん、あれをやるの」

「やりましょうか!」


 リーフが、大きな万年筆型の両手杖を構える。彼の姉ベルフラウが使っていたのと同じタイプの杖だった。隣に並び立つモモは、絵筆型の両手杖を手にしている。


「お二人の紋章術が発動するまで、ボスを刺激しないでくださいませ!」


 ユッフィーが一同に呼びかける。冒険者たちが足を止め、ミハイルも機体を後方で待機させ。二人の仕事に注目が集まっていった。


 モモとリーフが、協力して一つの大きな紋章を虚空に描いていく。リーフがペンから走る光の描線で輪郭を描けば、モモが筆で魔法の絵の具をのせていき彩色を施す。色鮮やかなそれは雲であり雨であり、そして虹であった。


「名付けて…」

「ペイントレインなの!」


 二人の合体紋章術が発動する。紋章から放たれた無数の光条が、巨像の周囲を明るく、鮮やかに照らし出していく。しかしそれは、対象に直接ダメージを与えるような性質のものではない。

 永遠の冬の世界、バルハリアではとうに失われた夏の、雄大な入道雲。紋章から投影されたその映像は、やがて実体を伴う本物となって雨を降らせる。周囲に雷鳴が轟き、雨音が凍り付いた石畳を打つ。

 降っているのは、虹のような光芒の雨だ。カラフルな魔法の絵の具が雨に溶け、巨像のアニメイテッドに降り注ぐ。雨は巨像と、巨像を操る見えない糸までも鮮やかに染めてゆき。後には前衛芸術のようにけばけばしい色彩の操り人形が残された。


「すごい!これなら蒼の民でなくても…」

「レオニダスよ、見ておるか。これが我らの育てた、新たな勇者よ」


 ミキが歓声をあげる中で、アリサは勇者の落日で犠牲となった者たちに語りかけるように。クワンダは黙して状況を見守っていたが、気持ちは相棒と同じだろうか。


「ぼくが注意を引くから、その隙に頼むよ!」


 ミハイル機がポンタを降ろし、単独で巨像へ滑走していく。脅威を感知した敵が、ゆっくりと動き出した。


「カラシニコフ・エミュレート!」


 ミハイルが5m級のマキナで扱えるサイズのAK-47を模倣し、星霊力の銃弾を乱射する。ダメージを与えるより、敵の注意を引くのが目的だ。模倣の核になっているのは、マキナサイズの短い槍だった。地球でも、紛争地域などで大量に流通している中国製のAKコピー品は「自動歩槍」と名付けられている。


「開発者のミハイルさんを悲しませないよう、ここでは人々の未来のために使おうじゃないか!」


 ミハイル・カラシニコフが設計した、信頼性の高さで知られる旧ソ連の伝説的なアサルトライフル。特に極寒の地や砂漠地帯で重宝されたこと、部品に多少の誤差があっても動作することから、この場でマキナ用に拡大して使うには最適だった。もちろん、開発者の名前が自分と同じで親近感を抱いたという理由もあるが。

 巨像の足に星霊弾が着弾し、小規模な打ち上げ花火のように弾けて消える。ミリタリー好きのビッグたちからすれば奇妙な光景だったが、雑念を払って駆けてゆく。


「こっちにもいるぞ!」

「爆雷符っ!」


 女神の加護オーロラヴェールの効果範囲の関係上、ミハイルからあまり離れられないビッグたち三人も攻撃を開始する。ジュウゾウがドラム式マガジンの銃トンプソン・サブマシンガンを掃射し、ポンタが雷の呪符を投げつける。

 轟音と雷鳴が轟き、巨像を操る糸の一部に損傷を与えた。その部分だけ、モモたちが色をつけた塗料が剥がれ落ちている。


「オレっちにおまかせっすよ!」


 ゾーラがゴーグルを操作し、遮断していた邪眼を解き放つ。目からレーザーの如く石化光線がほとばしって、色が落ちた部分の糸を徐々に石化させてゆく。


「足を止めるわ!」


 オリヒメが蜘蛛糸を放つ。白い網が巨大な柱にも見える巨像の足に絡みついて、可動部の動きを鈍らせた。アニメイテッドと化す以前から、この巨像は自律行動型の兵器だったらしい。誰が持ち込んだかは不明だが、この都市の住人だったクワンダやミキには見覚えの無いものだった。


「今だよ、ビッグさん!」

「おうよ!」


 頃合いを見計らって、脳筋コンビのメルとビッグが脚部の糸に切りつける。巨像はその巨体ゆえに、接近戦しか攻撃手段の無い者たちには足しか狙えない。けれども、二人にはそれで十分だった。


「ダブル!」

「チェーンソー!!」


 いつの間にか、ビッグもメルの技を教わったのか。あるいはその場のノリで、即興で再現して見せたのか。二人がそれぞれの愛剣をチェーンソーに変身させ、糸というよりも綱引きのロープのような極太の糸に回転する刃をねじ込んでいく。暴力的な駆動音が唸りをあげ、接触部から火花が散った。それでも糸はたやすく切れない。


「爆ぜろ!」


 その切り込みを支援すべく、クロノが巨像の顔あたりを狙って爆炎魔法ファイアボールを放った。


霰弾ハガルのルーンですぅ!」


 続いて、エルルもルーン魔法を放つ。爆炎とこぶし大の氷弾を浴びて、衝撃で巨像がのけぞった。


「いいぞ!この隙にやっちゃえ♪」


 今回は直接戦闘に参加しないマリスだが、いつの間にか用意していたポンポンを取り出して地球人たちを応援していた。巫女さんチアガールである。ハイキックも様になっていて、マリスのしなやかな肢体の魅力を引き立てていた。


「あやつ、何をやっておるのじゃ」

「地球の戦意昂揚の踊りですよ、アリサさん」


 アリサが怪訝そうな顔をしていると、地球の芸能関係にも多少の知識があるミキが笑って説明する。


「…直接戦ってはいない。まあ、よしとするか」


 応援自体は、好ましいことだと。クワンダも温かい目で見守っていた。


「参りますわ!」


 愛用の夢刃杖ヨルムンドを戦斧形態に変化させたユッフィーが、その斧をあたかもハンマー投げのようにグルグル振り回している。そして回転の回数と速度を増すたびに、ルーンの刻まれた刃が雷電を帯びつつあった。


「戦刃快響、無双なる巨斧を掲げよ…雷哮一閃!ムジョルニア!!」


 アバターボディがドワーフ族の剛力を発揮して、斧が投げられた。まばゆく帯電した斧は雷鳴を轟かせながら、ブーメランのように飛んだ。そしてその軌道上にあった色のついた糸をガリガリと削っていく。

 一撃で断ち切るほどの威力は無いにしても、複数箇所の糸に当たっては弾かれ、弾かれた先でまた糸に当たって削り。一度の攻撃で広範囲の糸に損傷を与えたことが見て取れた。


「やったですぅ!」


 エルルが歓声をあげる。ユッフィーの杖に雷神のルーンを刻む手伝いをしたのは、アスガルティアの魔法に通じていた彼女だった。

 やがて飛翔しながら、勢いを減じた斧がゆっくり戻ってくる。アバターボディの身体能力を活かし、ユッフィーはそれを難なくキャッチした。


「名付けて、猛翔轟雷斧トマホーク・ムジョルニア。エルル様のおかげですわ」

「うんうん、愛の力なの」


 モモが二人に微笑んでいる。愛の力と聞くと、エルルもユッフィーも少しだけ照れたように頰を染めた。


「私も王女に続くわ!」


 今度はミカが盾を構え、光翼を最大限に展開して飛翔する。巨像は両腕を振り回してはたき落とそうとするが、戦乙女ヴァルキリーの如く勇敢に宙を舞うミカには当たらない。そのまま鎌状剣ハルパーを振り上げ、すれ違いざまに傷ついた糸へと斬りつけていく。


 そのとき、巨像の足元でブチッと大きな音がした。クロノたちがラッシュをかける間にも、メルとビッグは極太の糸を刻み続け…ついに断ち切ったのだ。バランスを崩した巨像が尻餅をつくように転倒し、巨大な地響きが遺跡を大きく揺らした。


「やったね!」


 メルがビッグに笑いかけようとした、そのとき。


「気をつけて!巨像のコアが…光ってる!?」


 空中で巨像を見下ろす形になっていたミカが、緊迫した警戒の声をあげる。

 それから数秒もしないうちに、巨像の胸から青い光の柱が立ちのぼって…何本にも分散し、周囲の冒険者たちへと矛先を向けた。


「やばっ、あれは…!」


 危機を察したミハイルが、機体に蓄積された星霊力と女神の加護を全開にして生身の仲間を守ろうとする。他の冒険者たちも、とっさに考えうる限りの防御手段を取ろうとし。


 視界は、青い光で塗り潰された。


「予想外の切り札か…!」


 飛び道具があるなら、最初から使ってくる。誰もがそう思っていた予想の裏をかく出来事だった。

 自身は離れて見守っていたため射程外だったクワンダが、見込みの甘さに歯噛みする。飛び道具さえなければ、鈍重な巨像は駆け出し冒険者が自信をつける相手にちょうど良かったと考えていたのだ。


「みんなは…!」


 勇者の落日の時とは違う。今回は転移紋章石という緊急離脱手段があり、いざとなれば自動的に起動し、強制的な退避が行われる。だから同じ結果にはならない。そう分かっていても、ミキは内心の不安を隠せなかった。


 やがて視界が晴れ、戦況が明らかになってくる。それを待って、アリサは閉じていた目を開き。周囲の状況を見極めようと視線を走らせる。


「あ〜あ、衣装がボロボロ。結構可愛かったのになぁ」


 マリスがあられもない姿で立っている。ミニスカの巫女衣装はかろうじてずり落ちない程度に残るだけで、あちこちから素肌がのぞく刺激的な格好となっていた。


「魔人化すればこのくらいは何ともないけど、ボク程度のオーロラヴェールじゃ貫通されちゃうダメージだったね」


 なお、服だけが損傷し素肌に傷ひとつないのは、素肌に描いた守護紋章の防御障壁が機能した証だ。守護紋章は本人を守るが、服までは守ってくれない。地球人から見れば、何とも都合の良い設定と思われるだろう。


「マリス、さっさと服を修復しろ。敵もまだ倒れちゃいないぞ」


 武装具現化の応用で、夢魔法によるドーム状の防御障壁バリアを張って身を守っていたクロノがマリスをたしなめる。


「クロノくん、ありがと!あたしら防御はからっきしだからね」

「余計なことしやがって。あれぐらい…」


 メルとビッグも、クロノが防御障壁の傘に収める形でとっさに守っていた。メルは素直に感謝していたが。ビッグは片手半剣バスタードソードを盾代わりに構えて致命傷となる部位だけは守る、多少のダメージは気にしないという脳筋の構えだった。


「お前に死なれちゃ困るからな。地球に帰って罪を償え」

「なになに?宿命のライバルって感じ?」


 なんかカッコいいね、とメルがはやし立てる先で。マリスが唐突にクロノへキスしていた。クロノの目が驚きに見開かれている。


「きゃーきゃー!」


 エルルが黄色い声をあげる。本職の巫女だけあって、彼女の女神の加護オーロラヴェールは強靭。ユッフィーが側でとっさに大盾を武装具現化してかばったこともあって、衣服にも破れひとつない。


「夢渡りの民…なるほど、サキュバスですわね」


 ユッフィーの見ている先で、マリスの巫女衣装がみるみる修復されていく。夢の力が豊富な地球人から、パワーを分けてもらっているのだろうか。


「正確には、ボクはダイモニオン。夢渡りの民の力は、ボクのダイモンとして身に宿してる『マリカちゃん』のものだよ」


 唇を離すと、マリスは夢魔法で自身に宿る別人格の姿を投影してみせる。マリスに瓜二つだが、どこか引っ込み思案な雰囲気のある箱入り娘。そんな印象だった。


「服を修復しろとは言ったが、人の見てる前で」

「なぁに?ユッフィーちゃんが嫉妬するとでも思った?」


 ばつが悪そうなクロノと、あまりに明け透けなマリスに。ユッフィーは思わず吹き出してしまう。


「お二人は、パートナーなのでしょう?わたくしもクロノ様の『家族ファミリー』なのですから、いちいち気にしません。だいたい氷都市は、多夫多妻制ですし」

「そうそう。クロノくんはハーレムの主だしね?」


 モモまで一緒になって、クロノを茶化す。クールなはずのクロノは、見た目相応の純粋な少年のように顔を赤くしていた。リーフはどこか、そんなクロノに同情の視線を向けている。


「そこの少年少女諸君。青春してるところ悪いけど、ボスが起き上がり始めたよ」


 ミハイルが警告を発する。見ると、彼はマキナのエミュレートを解除したパイロットスーツ姿だ。機体に損傷を受けたのだろうか。


「当たりさえしなければ、どうにかなったんだけどねぇ」


 ミハイルは、武器のAK-47を本来の人間サイズに縮小して模倣しているだけで、他の武装は無い。エネルギー残量を考慮して、節約のために解除したらしい。

 不意打ちの範囲攻撃さえなければ、機体は最後まで持つと思われた。もう討伐も完了していただろう。でも実戦では、何が起こるか分からないものだ。


「私とミハイルさんのおかげで、味方への損害は無しよ」


 地上に降りていたミカは、盾だけでなく光翼そのものを通常の倍以上に大きく展開して、武装具現化の要領で味方を守る盾としていた。オリヒメもゾーラも、その傘の下にいて難を逃れている。エルルはミカの姿を、まるで女神のようにまぶしそうなまなざしで見ていた。まるで神に似たる者ミカエルのようだと。


 本来の光翼族ではこんな芸当は不可能で、中の人が夢魔法に適性のある地球人だからこそ可能になったアバターボディならではの大技と言えた。


「でも、残りの行動可能時間が30分を切ってるわ。速やかにけりをつけましょう」


 全員が視界の片隅に目を向ける。非常に緩慢な動作で巨像が立ち上がろうとして、足をやられたために再度転倒する姿をよそに。残り時間の数字は危険域を示す赤色になっていた。


「ここからは総攻撃っすね!」


 ゾーラが接近戦用に携行していた戦鎚を取り出し、巨像へ突撃する。片方はツルハシになっているハンマーだ。その隣ではオリヒメが、星霊力の糸で操る人形を走らせている。人形の手足には折り畳み式の刃が仕込まれていた。


「腕や頭に通じる糸も損傷してる。ぼくたちで何とかしよう!」

「仕掛けるか」


 ミハイルが、残弾を気にせずフルオートでAK-47を上方の糸へ乱射する。近接攻撃では届かない部位ゆえに、味方への誤射の恐れもない。カートリッジの星霊力残量はこのために全て注ぎ込んだ。ジュウゾウもトンプソン・サブマシンガンで一緒になって弾幕を張る。

 銃で糸を撃ち抜くのは通常困難だが、巨像を操る糸は特別に太く色も付いている。圧倒的な物量でもってすれば、多少非効率でも問題はないだろう。ボス戦なのだから出し惜しみは要らなかった。


 ミカが鎌状剣を振るい、メルがもう片方の足に通じる糸を断ち切る。リーフが蔦の紋章を描いて巨像の腕を拘束すれば、モモは赤い絵の具を飛ばす。糸に付着した絵の具は炎上し、紅蓮の炎で腕に通じる糸を焼き切っていく。


「あと一押しですの!」

「その首、刈らせてもらうぞ」


 ユッフィーが夢刃杖ヨルムンドを薙刀形態に変化させて、糸に斬りつける。クロノは自身の杖から闇色の刃を具現化させて死神の大鎌のように振るい、ユッフィーが損傷させた巨像の首に通じる糸を刈り取った。支えを失った首がガクリとうなだれる。見事な連携に、マリスも声援を送った。


「さすが、ユッフィーちゃんはプリンセス。心が広いね♪」

「…マリスのことは、あまり気にしないでくれ」


 どういたしまして、と微笑むユッフィー。クロノにも笑顔を見せて、わだかまりが無いことを示した。


 最後の悪あがきとばかりに、巨像の胸部に青い光が集まり始める。あの光線をもう一度食らうと、さすがに転移紋章石によるオートでの強制帰還が発動しかねない。とどめはオレがとばかりに、ビッグが前に躍り出た。


「ぶっ飛べ、爆帝剣レーヴァテイン!」

「ちょ、その技は!」


 ビッグが燃え盛る爆炎を剣にまとわせ、渾身の一撃で残りの糸を薙ぎ払おうとする。あわててポンタが呪符を追加で数枚投げ、ビッグの周囲に結界を張った。

 次の瞬間、ビッグを中心に巨大な爆発が起きた。しかしその爆発はポンタの張った結界に遮られて、威力が限定空間に密閉される。その破壊力で巨像を操っていた糸は完全に焼き滅ぼされた。ビッグ本人も巻き添えにして。


「きゃっ」


 爆煙の中から出てきたビッグに、ミカが顔を背ける。ポンタがやれやれといった顔で、呪符をビッグに飛ばす。目立った負傷こそ無いが爆炎によって軽鎧が焼け落ち、素っ裸になっていた彼の股間を隠すために。他の女性陣も顔を背けたり、苦笑いを浮かべていた。


「危ないところだったぜ!ガハハ」


 迷宮から帰還した一行が、男女別にサウナで身を清めている。いつもは混浴なのだが、今回はミカが強硬に男女別を主張していた。


「巨像を倒せ、とは確かに言ったが」

「レディへの配慮がねぇ」


 クワンダとミハイルが、困った顔をお互いに見合わせている。当の本人は、守護紋章に守られ五体満足で火傷も無いが。身体を張ったコントのオチみたいに、髪の毛はアフロ状で肌は煤けて真っ黒けだ。


「まあ、細けぇこたぁいいんだよ」


 ビッグが悪びれた様子も無く、のほほんとしている。実際ああでもしないと、あと一歩のところで強制帰還になっていたかもしれない。それが彼の言い分だった。


「とっさにポンタが結界を張らなきゃ、周囲を巻き込んだぞ」

「後でクシナダさんの雷が落ちますよ?」

「そいつは勘弁な!」


 いつもいつも、ビッグの暴走の後始末をしているジュウゾウとポンタ。クロノもさすがに、同情の念を禁じ得なかった。


「お前らも大変だな」


 話題を変えようと、リーフが口を開く。


「残り時間で歩いて帰れるか、かなりギリギリでしたけど…結局使っちゃいましたね、無料体験分の転移紋章石」


 巨像のアニメイテッドを行動不能に追い込んだ時点で、女神の加護オーロラヴェールの残量から概算された行動可能時間はわずか数分を切っていた。それだけ、想像を上回るギリギリの戦いだったのだ。

 あとは、走っても間に合わないので。転移紋章石が作動するまでの数分間、一行は勝利の記念として夏のレリーフの扉を思う存分眺めていた。


 転移紋章石は紋章院が製造、オティス商会が販売とレンタルを担当している。そのシステムはこうだった。通常は冒険者が割り勘でレンタル料金を払い、そのまま未使用で返却すれば預かり金が返還される。もし遺跡内で緊急事態に陥り、転移紋章石が作動して強制帰還となった場合は、預かり金はアイテム利用料金として徴収され返ってこない。

 ただし、初回の利用料金だけは無料。これは冒険者に転移紋章石の有用性を理解してもらうための普及策だった。もっとも、転移紋章石の携行は義務化されているので選択権は事実上無い。オティス商会が冒険者を経済的に支配…良く言えば統制するための手段にもなっていた。


「誰がとどめを刺そうと同じ。望んだ結果さえ得られれば、それで良いのですが…」「やんちゃな悪ガキっていうか、ね」


 女性用サウナで、ユッフィーとメルが談笑している。


「…あんな汚いもの」

「ミカちゃん、カッコ良かったですよぉ♪」

「ミカも、好きな人ができれば変わると思うの」


 ミカはまだ機嫌が悪そうで、エルルがヴィヒタで肩を叩いてリフレッシュを促していた。モモも一緒になって、ミカの足をマッサージしてあげている。


「でも、みんな無事で良かったです。これも転移紋章石のおかげですね」

「じゃが、揺籃の星窟では使えぬぞ。今後は気を引き締めることじゃな」


 ミキとアリサが、勇者候補生と予備役冒険者たちの予想以上の成長を喜びつつも、勝って兜の緒を締めるよう後輩たちに言い聞かせている。


「マリりん、小悪魔な魅力っすね!たまには、ヒメのあんな姿も見てみたいかも?」

「もう、何言ってるのよ」

「キミたちってホント、仲良し夫婦だね♪」


 一方でゾーラとオリヒメは、冗談を言い合いながらもじゃれていた。マリスに宿っているダイモン「マリカちゃん」は、こういった親愛の感情やイチャイチャからもエネルギーを得られるようで。他人には聞こえない心の会話で、マリスとの内緒話を楽しんでいるようだった。


 こうして巨像の討伐ミッションは完遂され、あとは選抜試験の結果発表を待つのみとなった。


 冒険者たちが去った後の、ローゼンブルク遺跡。すでに時間経過によって道中や、門の前の巨像アニメイテッドも元通りの配置に戻っている。その巨像を遠隔映像で眺めながら、何者かが考えを巡らせていた。


「幻星獣からのメッセージに、巨像の討伐。夏の扉が開かれる日も近いでしょう。遺跡内に潜伏を続ける、道化への対抗戦力となり得るでしょうか…」


 その喪服の女性は、冒険者たちの戦いの一部始終を異世界テレビフリズスキャルヴを通して静かに見守っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る