第61話 水着コンテストの結果

 水着コンテストの表彰式。表彰台にのぼった受賞者たちが司会者からインタビューを受けている。一時は騒然となった会場内だったが、スタッフや参加者の中にいた冒険者たちの尽力により、イベント運営自体は正常な進行に戻っていた。


「私で良かったのかしら?」


 1位の壇上に立っているのは、オリヒメだった。その表情には、喜びよりもむしろ困惑の色が強かった。


「私個人は、水着コンを影で支える裏方のつもりだったのだけど…これは、今回重要な役割を果たしてくれたアラクネ族全体への表彰だと受け取っておくわ。みんな、本当にお疲れ様。感謝しているわ」


 同族のお針子たちから、オリヒメに向けて盛大な拍手が送られる。オリヒメも手を上げて微笑み、緊張を解いた。

 

 大いなる冬フィンブルヴィンテルの影響により、氷都市では綿花が栽培できない。絹をとるための養蚕もできない。それらを大量輸入するにもコストが大変だ。今回の水着コンでは、水着は全てアラクネ族の身体から出される糸で織られていた。

 蜘蛛の糸は、非常に高性能な素材だ。鋼鉄の5倍もの強度があり、ナイロンよりも柔軟だ。鉛筆程度の太さの糸でネットを作れば、理論上はジャンボジェットをキャッチすることさえできるという。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」にこれがあったなら、カンダタはじめ地獄の亡者たちを余裕で全員引っ張り上げてしまうだろうか。しかし養蚕のような大量飼いが難しい。蜘蛛には縄張り意識があるし、肉食性で共食いもする。


 アラクネ族なら話は別だ。元いた世界でモンスターとして扱われ、長い間迫害されてきた歴史が仲間同士で助け合う、人間的な協調性を育んだ。その上、身体のサイズははるかに大きい。ひとりのアラクネ族で、100万匹以上の蜘蛛より多くの糸をつくることができる。ただし、その分食事で大量のタンパク質を摂取せねばならないが。体内で糸のもとをつくるのにも時間がかかるので、水着コンの準備期間中は「糸を出せる者は、ひたすら出す」「糸が出せなくなった者は、休んだのち縫製作業に当たる」といったローテーションで作業に当たっていた。

 蜘蛛の糸より大量生産向きとはいえ、さすがにアラクネ族たちへの負担も考慮してオティス商会では、輸出品としては希少性の高い高額商品の扱いとすることに決めていた。アラクネの糸は蜘蛛糸と同等の性質に加え、先祖が受けた呪いに由来する微弱な魔力まで帯びており、それは他の種類の呪いに対する抵抗力となる。冒険者向けの装備としても、高い性能を発揮するだろう。


 そのアラクネの糸をふんだんに使ったオリヒメの水着は、黒のゴスロリ風ワンピース。フリルなどの装飾が多く、泳ぐのには適していないタイプだ。背中側は印象が大きく変わり、背中に大きく描かれた星獣スタースパイダーの紋章とアラクネ族の蜘蛛風尻尾を出すために大きく開いている。


「みなさん、応援ありがとうございます。でも、わたしがエルル先輩より上だなんて何だか申し訳ないですね」


 2位はミキだ。彼女の水着は、水上でも演技できる舞台衣装をコンセプトにした、フィギュアスケート衣装風のデザイン。オリヒメとは対照的な、白と青の配色が目に鮮やかだ。舞姫用のスケート靴は、靴底に刻まれた紋章から氷のブレードを形成する方式なので。水上で足元を凍らせながら滑走することも技量次第では可能だ。

 おそらくは、百万の勇者ミリオンズブレイブの中で一番最初に氷都市へ帰還した経歴による知名度の高さから、自分は選ばれたのだろうと。ミキはそう思っていた。勇者としては落ちこぼれ(だから氷都市への伝令役を買って出た)、舞姫としてもまだまだ未熟。しかし戦闘力で言えば、今の氷都市で最強クラス。そんな複雑な立場が、ミキ自身の適切な自己評価の妨げになっていた。


「アスガルティアのみなさぁん、氷都市のみなさぁん、そしてイーノファミリーのみなさぁん!やりましたよぉお!!」


 3位のエルルが、一番素直に喜んでいた。可愛い後輩が自分以上の人気を得たことも、エルルにとっては喜ばしい出来事だ。もちろん友人のオリヒメにも多大な感謝をしている。

 エルルの水着は、胸元の寂しさをカバーするためにフリルいっぱいのセパレートになっていた。色は水色だ。他の二人と比べればシンプルだが、背中の蝶の羽みたいな

淡い緑の光翼とあいまって、妖精のような素朴な愛らしさを演出していた。


「みんな、謙遜しちゃって。ボクから見れば当然の結果かな?」


 観客席でクロノと一緒に見物しながら、マリスが笑って手を叩く。そこへユッフィーとミカがやってきた。


「オレの連れてきたビッグが迷惑をかけた。すまなかったな」

「いいえ、クロノ様のせいではありませんわ」


 ユッフィーが面識の無い者、しかもビッグの関係者らしき少年と親しそうに話しているのを見て、ミカがけげんな顔をしていると。


「こちら、地球人のクロノ様です。百万の勇者ミリオンズブレイブ庭師ガーデナーの戦いの最前線から来られた方で、先日バイト帰りにサウナで知り合いましたの」

「クロノのパートナー、マリスだよ。キミはさっきの…すごくステキだったけど、ビッグったら全く、ねぇ?」


 二人が顔をしかめるのを見て、ミカにも通じるものがあったのか。


「あなたたちも大変だったようね」


 苦笑いを浮かべつつも、ミカはクロノやマリスと馬が合うようだった。


 その後、一同は後夜祭会場のビアガーデンで、特別に貸し切られた席へ案内された。市長のリリアナが気を効かせて、水着コンの関係者や最前線から来た者たちを打ち上げの席へ招いたのだ。実はビッグたちも招待する予定だったのだが、彼らはアリサからお説教の最中だったため急遽、ミカ・メル・モモの三人が代わりに招待されることとなった。エルルは上位入賞者、ユッフィーは言い出しっぺの提案者として最初から招待されていた。ゾーラは招かれていなかったが、あたりを見ると別の席であの採石場で知り合ったドヴェルグのじいさんと一緒に一杯やっていた。


「それでは諸君、乾杯といこうか。皆の尽力に感謝を表して」

「かんぱぁい♪」


 リリアナとエルルが合同で、乾杯の音頭を取る。リリアナもエルルの宴会部長ぶりは聞いているので、むしろ楽しそうにしていた。水着コンには出ていなかったが、リリアナも真紅のモノキニ姿だ。オティス商会のCEOだけあってセレブ感が半端でなく、もし参加していれば上位に入っていただろう。


「市長、お招きありがとうございます」

「なに、迷惑料代わりだ。ファミリーでゆっくり楽しんで行ってくれ」


 ミカがリリアナに礼を言う。彼女も多少の責任は感じていた。同時に不可能なはずのセキュリティの穴を突いたビッグにも関心を示し、ある人物に連絡をとってもいたが。

 

「あたしたちもいいの?」

「ゴチになりますなの♪」


 メルとモモも夢中になって、料理に舌鼓を打つ。どれもはじまりの地から取り寄せた高級品だった。


「パンちゃん、はい♪」

「あ〜ん♪」


 レティスとパンも、飛び入りで水着コンに出ていた。二人とも微妙にデザインの異なる赤のチャイナ風セパレートで、レティスは腰にパレオ巻き、パンはショートパンツだった。


「ちょうどみんなもそろっていますし、ご紹介しますわ」


 ユッフィーが、マリスとクロノをイーノファミリーの面々に紹介する。ユッフィーがクロノをファミリーに誘うつもりだと伝えると、皆それぞれに反応が返ってきた。


「おお、イケメン!」

「記憶喪失ね…。氷都市はいいところよ、みんな優しくて」

「イーノファミリー初の男子!いきなりハーレムなの♪」

「わたしぃも、元難民ですぅ。困ったことがあったらぁ、相談に乗りますよぉ?」


 それぞれ順に、メル・ミカ・モモ・エルルのコメントだ。急に女の子たちに囲まれ、クロノが少々たじろいだ。


「よ、よろしく頼む」

「クロノはボクのだからね?ときどき遊びに行くよ」


 マリスが冗談めかして、クロノの腕に抱きついた。思わず顔を赤くするクロノに、皆が笑顔になった。


「氷都市の新名物、誕生かしら?ミキにもモデルを頼まないとね」

「モデルがウエイトレスの店。白夜の馴鹿亭も繁盛しそうで、何よりです」


 オリヒメが今後の商売上のことを考えている。氷都市産の水着が新たな特産品となることで、自分たちを受け入れてくれた女神アウロラや氷都市の人々に恩返しできることに。ミキは愛着のある店の売り上げにより貢献できそうな話に。二人はそれぞれ頰を緩ませた。


 後日、当初の目的であったローゼンブルク遺跡の「夏のレリーフの扉」に変化があったかどうかが、クワンダたちの調査で明らかにされたが。その結果は「変化なし」だった。一部を除いて全体的には成功と言えたイベントの成果で、アウロラの元には多くの「人々の想い」が集められ、女神としての神格も成長を見せたにも関わらず。まだまだ、力が足りないのだろうか。


 水着コンテストの開催には、意外な副次効果もあった。星獣系紋章の流行だ。


「あ、動いてるよ!」

「どんな感じですの?」


 建設工事の進んでいる訓練用ダンジョン。それは氷都市の地下に眠る遺跡群を利用して、勇者候補生と予備役候補生の増加に対応すべく整備が進められていた。そこでメルがユッフィーの背中をじっと見ている。


「オリヒメさん、もう少し近付いてみていいかな?」

「こうかしら」


 メルに言われて、オリヒメがユッフィーの隣へ並ぶ。すると、オリヒメの背中で星模様の蜘蛛がユッフィーに向かって歩くような動きを見せる。ユッフィーの背中で、ステンドグラスの蝶はそれから逃げるように反対側へ羽ばたく反応を見せた。それはまるで、本物の蜘蛛が獲物を追っているかのようだった。


 水着コンの後もオリヒメとは、良く会う機会があった。もともと勇者候補生や予備役冒険者のために、アニメイテッドの動きを糸繰り人形で再現できないか頼まれていたのだ。水着コンも終わったので、オリヒメもようやくクワンダファミリーからの依頼に専念できるようになった。


「興味深いですね…」


 水着コンの準備期間中、ずっと訓練用ダンジョンの構築に専念していたリーフが、ユッフィーとオリヒメの背中に描かれた紋章を見つめている。


「組み合わせを変えたら、反応も変わるかな?」

「じゃあ、蝶には花なの」


 オリヒメがユッフィーから離れ、代わりにモモが隣に立つ。モモの背中には、桃源郷をモチーフにした紋章が描かれており、桃の花が含まれていた。


「あら」


 オリヒメが感心したように声をあげる。ユッフィーの背中の蝶が、喜んでいるかのようにモモの方へ近付こうとしたからだ。実際に背中から飛び出すまではしないが、星獣系の紋章同士に何らかの相互作用があることをうかがわせる反応だった。


「もっと詳しく調べてみたいですね。守護紋章の性能自体も変化していそうです」

「ええ、お願いしますの」


 ユッフィーもリーフに提案する。その後、紋章院では紋章サロンで顧客の記録を元に、星獣系の紋章を持つ者に調査への協力依頼を出すことになった。


 ちなみに、騒ぎを起こしたビッグのその後だが。


「お初にお目にかかります」


 アリサに怒られた後、彼のところへやってきたのは髪と衣装を日本神話風に整えた女性だった。オーロラを模したと思われる、煌びやかな羽衣のような領巾ひれが目を引く。彼女にはどこか、どんな気性の荒い乱暴者でも素直にさせてしまうような不思議な穏やかさがあった。


「お、おう」


 誰だろうと思いながら、ビッグが返事をする。


「わたくし、ただいまよりビッグ様、ジュウゾウ様、ポンタ様のお世話役を務めさせて頂きますクシナダと申します。どうぞよしなに」


 恭しく頭を下げるクシナダ。ビッグたちも地球では社会人だ。騒ぎを起こした後ということもあり、失礼のないようにあいさつする。

 クシナダは、女神アウロラのアバターのひとりだ。アウロラは多数のアバターボディを同時並行的に管理・運用し、個体ごとに異なる姿と人格を付与して使い分けている。まるで、オンラインRPGの持ちキャラのように。そうすることで、氷都市に招いた勇者や英雄の性格に応じて、対応を変えているのだ。


 クシナダの名前の由来は、日本神話の櫛名田比売クシナダヒメだ。怪物退治のエピソードとして名高い、あの八岐大蛇ヤマタノオロチの生贄にされそうになったところを須佐之男命スサノオノミコトに救われ、後に彼の妻になった女神。そのモデルに相応しい役割を、クシナダは担っていた。

 それは、乱暴狼藉をはたらいて高天原タカマガハラを追放されたスサノオのような乱暴者、あるいはトラブルメーカーといった素行の悪い者を。オロチ退治を成し遂げるような真の英雄へ導くこと。


 氷都市に招かれるような勇者や英雄は皆、過去に大変な困難に見舞われたり大きな挫折をしており、その経験から人格者であることが多い。しかし中には精神的に未熟だったり、極度の人間不信に陥っているケースもある。そういう者にはクシナダが対応に当たり、上手く手綱を握るのだ。彼女はこれまでに数多くの問題人物を更生させた実績があった。

 クシナダは、水着コンでの事件を同じアウロラのアバターであるエイルから聞いていた。リリアナからの口添えもあった。それでビッグの担当になることを申し出たのだ。


 ビッグは独身者で、地球に妻子はいない。彼が面倒を起こしそうなときは周りの社員、特にポンタやジュウゾウがストッパーになっていた。氷都市ではクシナダが加わることによって、彼らの苦労も少しは軽減されるだろう。たぶん、ビッグの頭髪の後退も。

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