第44話 本当のファンタジーは現実逃避なんかじゃない

「そうか、お前が…最近姿を見ないと思ったら」

「おぬしに、そんな才能があったとはのぅ」


 氷都市が誇る研究機関、紋章院の一室にて。

 地球流のやり方で、客人たちをもてなすため。私がアバターボディの変身機能を使い、地底の王女ユッフィーを演じていたと説明すると。

 クワンダとアリサのふたりは、疑問が解けたというような顔をしてうなずいた。


「イーノさん、旅芸人の素質がありますよ!」


 本職のミキちゃんからそうまで言われるとは、思ってなかったけど。


「私の演技など、プロの役者と比べれば。まだまだ足元にも及びませんよ」


 地球人にも、カラオケが好きな人と苦手な人がいるように。他人になりきれる人と、そうでない人がいる。

 自分の中にある人格の一部分を、誇張したりデフォルメしたり。自分の体験をもとにして役を解釈し、アウトプットする。自分の中に全く無い要素は、演じることもできない。プロは、その練度が違うのだ。


「でも、一般人ならそれで十分」


 「変身」を楽しみながら、自分の課題に取り組む助けとなりさえすれば。


「平穏な日常に暮らす平凡な主人公が、ある日突然巻き込まれた『非日常』の世界で。困難に向き合い自己を磨き、大きな試練を乗り越えて『違う自分』へ成長する。そんなファンタジーの基本構造を活かして、地球側もより良い世界にしたいですね」


 それが、私が地球から勇者候補生を招く意義。彼らにファンタジーの世界を体験させることで、人間的な成長を促すのだ。

 現実の世界には、人の持つ才能が簡単に把握できる分かりやすいステータス画面も無ければ。単純作業で稼げてしまう経験値だって無いけれど。

 人にはみんな、得意・不得意があって。だからこそ、お互いに力を合わせることで困難を乗り越えていける。そこは、RPGから学べる人生の教訓だ。


 時代の変化が、未来を不透明なものにした。不安や怒りに流され、世界規模で失われゆく寛容の精神。覇権を唱え、自らのエゴを押し通す大国。そしてテロによる、終わらない憎しみの連鎖…。

 それらが渦巻く現代の地球もまた、大いなる冬フィンブルヴィンテルに見舞われたバルハリアとは別の形での「寒い時代」を迎えている。

 だけど視野を広げれば、新たな希望も芽吹いている。こちらでの経験を活かして、「地球の勇者」たちには故郷のためにも活躍してほしい。


「ファンタジーなお話って、現実逃避とは違いますよね!」

「真の幻想は、現実を映す鏡でもあり。未来を切り開く力を与えてくれます」


 私の言葉に、笑顔で親指を立てるミキ。

 地球の日本で「異世界転生・召喚もの」が好まれる理由は、夢も希望も無くなった現実から逃げ出したいから。そう聞いて、彼女は違和感をおぼえていたらしい。


「エルル先輩、イーノさんの話をよくするようになりました。わたしも笑顔を届ける旅芸人として、応援してます!!」


 サイドテールを元気に揺らす、銀髪の舞姫。彼女にも辛い過去があったことを、私も「勇者の落日」のときに聞いている。

 

「私にも宿敵ライバルがいます。彼には負けたくありませんから」


 親指を立てて、ミキに笑顔で応じてみせる。


「イーノファミリーが本格始動となれば、あとは実地研修じゃな」


 いよいよといった感じで、感慨深そうにアリサがつぶやけば。


「初めて旧都ローゼンブルクに足を踏み入れる冒険者は、転移を利用できない。徒歩と犬ゾリで十日前後。女神の加護オーロラヴェールは直前まで使用禁止で、先人の労苦を学んでもらうぞ」


 弟子に試練を与える厳格な師のごとく、クワンダが私に鋭い眼差しを向けてくる。


 氷都市には、旧都に通じる常設の転移紋章陣があるが。それは旧都側のベースキャンプで「認証」を済ませた者でないと使用できないらしい。

 これもまた、資格無き者が不用意に迷宮へ入れぬようにするためのセキュリティ。未熟な冒険者が無断でダンジョンへ踏み込み、命を落とすのは自己責任…というだけでは、済まされない。そうなった途端、彼らは不死身の怪物アニメイテッドと化して。あの恐ろしい道化の手駒に加えられてしまうのだから。


「冒険者たるもの…不便に慣れておいて当たり前、ですか?」

「まあ、そんなところだ」


 極寒の地にありながら、ドーム都市に守られ住環境は快適。しかも女神の加護で、マイナス50度の環境下にいても防寒具なしで平気。その気になれば、氷山の漂う海を水着姿で泳ぐことさえできてしまうのだから、正常な感覚がマヒしてくる。

 その感覚のズレは、危険に敏感であるべき冒険者にとって命取りになりかねない。


「地球から来る人のために、敷居を下げる配慮として。RPGや異世界召喚もの風の演出をしてはいますが。その中で少しずつ『本物の冒険者』の知恵や経験を伝えていく工夫が要りますね」


 伝統と、新しいもののバランス。

 古参のクワンダやアリサもまた、私の考えに理解を示してくれているようだった。


「イーノさぁん、そろそろみなさんが来ますよぉ」


 そこへ、エルルちゃんがガラッと校舎の扉を開けて。


「もうそんな時間でしたか。では、私は『変身』して来ますね」

「さあ、みなさぁんドレスアップして。市民宣誓式に行きましょお!」


 紋章院の一室には、三人が残され。


「イーノさん、服でも着替えるような口ぶりでしたね」

「…ああ」

「後生おそるべしとは、このことじゃな」


 一瞬、狐につままれたようになるも。


「俺たちも、式典に招待されているからな」

「うむ」


 地球組の晴れ舞台を見届けるべく。彼らも部屋をあとにするのだった。



 

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